中華の技法。.... 渋谷塔一

(04/10/31-04/11/12)


11月12日

Holy Season... It's a Love Story
Naturally 7
東芝EMI/TOCP-66334(CCCD)
ついこの間日本でのデビューアルバムをご紹介した時には、まさかこのグループがこれほどの知名度を持つようになるとは、正直思いませんでした。確かなテクニックに裏付けられた実力のあるアーティストが、正当に評価されるのは、本当に嬉しいものです。そうではない、別のファクターによる人気というものが、この世界ではなんと多いことでしょう。
この、通算3作目にあたるアルバムは、クリスマスアルバム。彼らの先輩でもある「テイク・シックス」や、そのまた先達(と位置づけても構わないはず)である「シンガーズ・アンリミテッド」も、極めて良質なクリスマスアルバムを出していますから、コーラス・グループとして、これは当然の流れでしょう。輸入盤が出ていないので、もしかしたら日本からのオファーによって作られた「準国内盤」なのでは、という疑問も持ったのですが、現物を見る限りきちんとした彼ら独自のプロジェクトによるもの、そもそも、「ウィンター・ラヴ・ストーリー」などというお馬鹿な邦題を付けるのは、ちゃんとしたオリジナルがあってのことでしょうから。それにしても、いまだにCCCDというのは理解できません。
まず、これは彼らの本質的なものでは決してないのだと、私は思っているのですが、「見た目」強力なインパクトになっているのは紛れもない事実なので一応述べさせて頂くと、前作で完成された「声だけ」による楽器の模倣のテクニックは、さらに円熟の度合いを増しています。例えば、ギターのアルペジオの間に、実際の楽器ではポジションを変える時にどうしても出てしまうフレットのきしむ音までも、忠実に再現しているなどという細かい技には、「参りました」という他はありません。
しかし、彼らの本領は、あくまでア・カペラの見事なハーモニーと、卓越したドライヴ感です。そのどちらの特性も完璧なまでに追求した結果出てきたアレンジの見事なこと。なじみ深いクリスマスの定番チューンが、こんなテイストに変貌できるなんて・・・というのは、例えばトラック5での「Little Drummer Boy」の、全く原曲が想像できないボイパによるイントロが聞こえてきた時の印象です。トラック1822Silent Night」を、英語、ドイツ語、日本語(!)、フランス語、スペイン語で歌うだけではなく、それぞれにプランを変える(日本語は6/8に、フランス語はマイナーに、そして、スペイン語はスウィングにと)という発想も素敵。トラック26では、なんと「We Wish You a Merry Christmas」が、もろヒップ・ホップになってしまうのですから!
そんな昔からの「クリスマスソング」の中に、オリジナル曲もしっかり入っています。トラック3の「Love Story」は、アルバムタイトルにもなっている、いわばリード・トラックですが、パッヘルベルのカノンを下敷きにした、まるであの山下達郎の「クリスマス・イブ」のような世界、しみじみとしたメロディーをサポートする細かいリズムの変化の心地よさは絶品です。それにしても、黒人にしか出せないこのファルセットは、とことん魅力的、あんなに締め付けて、良くこんな声が出るものです(それは「コルセット」)。

11月10日

BEETHOVEN
Triple Concerto,Choral Fantasy
Pierre-Laurent Aimard(Pf)
Thomas Zehtmair(Vn)
Clemens Hagen(Vc)
Nikolaus Harnoncourt/
Chamber Orchestra of Europe
WARNER/2564 60602 2
(輸入盤)
ワーナーミュージック・ジャパン
/WPCS-11793(国内盤)
もしかしたら、私はベートーヴェンが苦手なのではないか?と思う瞬間がしばしばあります。例えて言えば、大食い選手権で、目の前に餅入り最中が山と積まれたような気持ちです。どっしりとしたあんこがたっぷりの最中をお腹一杯になるまで詰め込まされる・・・これは快感を通り越して苦痛でした。有名な「運命」や「田園」そして「合唱」これらの作品も同じ事、聴いていてお腹一杯になってしまうのですね。
今回のトリプルコンチェルトと合唱幻想曲。ピアノ協奏曲や、ヴァイオリン協奏曲に比べるとCDの数も少なく、そのせいか耳にする機会もあまり多くありません。で、このアルバム。私はとりあえず「合唱幻想曲」から聴いてみました。いつものCD屋さんで掛かっていたら、レジでどこかのおぢさんが「今かかっている曲は何?“合唱”にそっくりだよね」と訊いてましたから。合唱幻想曲は、御存知の通り、「合唱」と良く似たメロディを持つ作品ですが、オケ、合唱のほかにソロ・ピアノも必要とする独自で自由な作風。さまざまなメロディが現れては消えていくという、まさに幻想曲そのもの。こういうちょっと地味な曲を面白く聴かせてくれるのが、あのアーノンクールです。誰もが知っている曲は、あざと過ぎる解釈をしでかして、聴き手を翻弄するか、はたまた怒らせてしまう彼ですが、比較の対象が少ない曲なら大丈夫(何が?)。ピアノを受け持つのが、最近アーノンクールとセットのように語られるエマールです。すっかりベートーヴェン弾きとしての活動に焦点が当てられる彼ですが、最近は現代音楽を弾くのを止めてしまったのでしょうか?
重々しい前奏、そしてそれが終わってから出現するベートーヴェン自作の歌曲「愛の答え」からのメロディ。ここでのエマールのピアノ、そしてそれに呼応するかのような各楽器の変奏。躊躇いがちなフルート、オーボエ、クラリネット、バスーン、そして弦楽四重奏。ここが何とも素晴らしいではありませんか。行進曲の部分を経て少しずつ力を増していく音楽。そして最後にこれでもか!とばかりに出現する合唱!いい曲だな。と自然に感激してしまうのがベートーヴェンの策略でしょう。
もう1曲のトリプルコンチェルトも、ベートーヴェンの作品の中ではあまり人気のある方ではありません。名手を三人揃えるのが難しいのかもしれませんし、曲が地味なのかもしれません。ここでのソロは、エマールと、ヴァイオリンのツェートマイヤ、そしてチェロのハーゲンという豪華なものです。何より最初に出てくるハーゲンのチェロの美しさ。幅広く揺蕩う音がたまりません。そしていつものヨーロッパ室内管弦楽団の良く溶け合った透明な響き。そしてヴァイオリン、ピアノが固有の歌を奏でながら、絡まりあう様を聞いているのは本当に快感そのものです。20世紀の音楽にはない純正な響き。「ベートーヴェンは苦手」などといわず、このまま年末の第9の「アーレ・メンシェン」まで、テンションを保てそうな気分です。

11月8日

Baltic Voices 2
Paul Hillier/
Estonian Philharmonic Chamber Choir
HARMONIA MUNDI/HMU 907331
第1集に続く「バルティック・ヴォイセス」の第2集、ご存じポール・ヒリアー率いるエストニア・フィルハーモニック室内合唱団のプロジェクトです。あ、何かいやらしい想像、しませんでした?「エロティック・ヴォイセス」って。とんでもない。今回は「宗教曲」というカテゴリーで曲が集められているのですよ。バルト海を巡る国々、地理的には近いとはいっても、宗教的な面ではその背景は大きく異なっています。逆に、それだからこそこのようなヴァラエティに富んだ作品が集まることになるのでしょう。音楽監督であるヒリアーが選んだのは、カトリックであるエストニアの作曲家シサスクとトゥレヴ、プロテスタントであるデンマークの作曲家ネアゴー、そして、ロシア正教の文化圏であるウクライナのグリゴリエヴァと、ロシアのシュニトケです。もちろん、それぞれの宗教行事に実際に使われるという実用的な面もあって、各々はっきりとした特徴を備えているものではありますが、それよりも、やはり作曲家個人の技法的なアイデンティティが前面に出ていることは、言うまでもありません。
この中で、私がもっとも共感を持って聴けたのは、以前フルート協奏曲をご紹介したシサスクです。ここで取り上げられているのは、全部で24曲から成る「Gloria Parti」という曲集からの5曲。なんでもシサスクという人はアマチュアの天文学者だそうで、彼の作品には天文学にちなんだものが多く見られますが、これもそんな手法によったものらしく、「惑星による旋法」という、5音階がベースになっているということです。ただ、別にそのような仕掛けを知らなくても、短いモティーフの繰り返しによるミニマル的な構成は、容易に親しみがわいてくるものです。ここでの4曲目(曲集全体では18曲目にあたります)では、その5音階が、まるで日本の子守歌のような響きを見せて、静謐な世界が展開されています。細かいニュアンスを完璧に伝えきっている奇跡のような演奏も、見逃せません。同じエストニアの作曲家でも、トゥレヴの場合は作風はかなり尖っていて、その不安定な和声の連続は、このアルバムの中ではちょっと存在感の薄いものです。
デンマークのネアゴーは、おそらくこの中ではもっとも知られている作曲家ではないでしょうか。「Winter Hymn」という英語の歌詞による作品は、あくまでヨーロッパの中央に目が向いた音楽、その意味で「バルティック」というコンセプトに対するアクセントとして位置づけられるものでしょう。
グリゴリエヴァとシュニトケという、もろロシア正教のテイストが前面に押し出された曲になると、この合唱団の響きそのものがガラッと変わって「ロシア正教風」になるのには、驚かされます。なによりも、30人に満たない人数にもかかわらず、まるで100人ぐらいで歌っているのではないかと思わせられるほどのヴォリューム感が伝わってくるのには、圧倒されてしまいます。その分、女声パートでは他の曲に見られた滑らかさが失われているのは、もしかしたら意図したものだったのかもしれません。シュニトケの「3つの聖歌」などは、その厚ぼったいハーモニーから、ラフマニノフあたりからの伝統にしっかり根ざしたものであることがよく分かります。

11月7日

Tchaikovsky's Greatest Hit
The Ultimate Nutcracker
Various Artists
RCA/82876-62871-2
日本ではそれほどでもありませんが、ヨーロッパのクリスマスと言うと、「くるみ割り人形」と「ヘンゼルとグレーテル」が定番なのだそうです。で、そのクリスマス用にと発売されたのが、この「ULTIMATE NUTCRACKER(究極のくるみ割り人形)」、RCAレーベルお馴染みの「100%シリーズ」の最新作です。御存知「パッヘルベルのカノン」や「G線上のアリア」などと同じ扱い。前作はヴィヴァルディの四季で、そのあたりからこのかわいいジャケに変更され、同時に以前のアルバムもこの路線にリニューアルされているという、ロングセラー商品でもあります。
このCDは、いつものお店で流れていました。なんと、オーマンディと、モダン・マンドリン・クァルテットの演奏が交互に聴こえてくるのです。やっぱりオーマンディはこういう音楽が上手いよな・・・としみじみ聴いていたところに、突然哀愁を帯びたマンドリンの音色が聞こえてきて、あれよあれよという間に引き込まれてしまうという、なかなか新鮮な体験でした。CDを手に取ってみたところ、きちんと曲通りに収録されていたので、これはお店でプログラミングしたのでしょうね。
他にはスパイク・ジョーンズのアレンジという変わり種まで入っているという優れ物でした。スパイク・ジョーンズと言ってもこれは、あの「マルコヴィッチの穴」の監督ではありません。もちろん、「お尻の穴」の監督でもありません(それは、「スカンク・ジョーンズ」・・・本気にしないでね)。日本でもフランキー堺や谷啓等に多大なる影響を与えた元祖冗談音楽の大家です。名前は知らずとも、彼の音楽は、ある程度の年代の人だったら知らず知らずのうちに体に染み付いているのではないでしょうか?ピストルや、洗濯板、犬の声、叫び声、笑い声など本当に雑多な音が詰め込まれた賑やかな世界は、あのアニメ「トムとジェリー」を彷彿とさせるものがあります。ほんと、こんなところで出会えるなんて・・・そんな感慨と共に、ついつい家に連れ帰ってしまいました。で、家でしみじみ、このスパイク・ジョーンズの「くるみ割り人形」を聴いてみたところ、ほんと良いのです。この懐かしい味わいは何と表現したらよいのでしょうか。ドタバタを繰り返しながら、最後の花のワルツでジーンとさせる・・・まさに50年代のアニメやドラマの味わい深いモノクロの世界。録音は1945年。でも音のよさにはびっくり。当時のRCAの技術を改めて目にした思いです。
オマケのように収録されている「ファースト・ピアノ・カルテット」の演奏にもびっくり。「葦笛の踊り」と「花のワルツ」の2曲だけですが、最初、普通のピアノ四重奏だと思い聴き始めたところ、どうも様子が違う・・・これは何と4台のピアノによる編曲物でした。最近、DVDで見たヴェルビエ音楽祭の6台のピアノの壮観な眺めを思い出しました。こちらも1947年と50年というモノラル録音ですが、ピアノの華やかな響きが絡み合う美しさは本当に素晴らしいの一言です。特に花のワルツの冒頭などは、まさに音が雪崩落ちるかのよう。
親しい人へのプレゼントにしたい。そんなステキな1枚です。

11月6日

RACHMANINOV
The Piano Concertos,Paganini Rhapsody
Stephen Hough(Pf)
Andrew Litton/
Dallas Symphony Orchestra
HYPERION/CDA 67501/2
つい最近まで、さんざん聴いていたラフマニノフのパガニーニ・ラプソディ」。あの時もちょっと触れた、シュテファン・ハフの演奏についてもお伝えしましょうか。こちらは、何と言ってもピアノ協奏曲4曲全てと、この「パガニーニ」が収録されているという重量級のアルバム。もちろん2枚組なので、簡単に「ちょっと聴いてみるか」というわけにはいきません。比較的時間に余裕のある、休日の午後にでもゆっくり味わうことにしました。
先ほど重量級と書いてはみたものの、演奏は全くその正反対。こちらを聴いて、ルガンスキーに立ち返ってみると、やはりルガンスキーはロシアの正統派ピアニズムの流れを汲む人なんだな・・・と感慨にふけってしまうのです。ルガンスキーの音はとにかく一つ一つに芯があり、輪郭がはっきりしていますが、ハフは本当に軽やか。どのパッセージも、まるで羽のようにふわふわしていて、捉えどころがありません。妖精が美しい夢の粉をまいているような美しさ(キザだな)。もちろん技術的に上手すぎるからこそできる芸当で、「超絶技巧」ピアニストとはこういう人のことを言うのだな・・・とこちらも改めて感慨にふけってしまうのです。
こちらのバックを務めるのは、私が密かに愛好しているアンドリュー・リットンとダラス交響楽団。いつぞや、マーラーでの絢爛豪華な響きで耳を楽しませてくれた指揮者です。ルガンスキーでのオラモが、各楽器を縦横無尽に動かすとしたら、リットンは全体的に響きの底上げを図るとでも言いましょうか。ラフマニノフのピアノ協奏曲の持つハリウッド的要素、これをここまでカッコよく演奏してくれるのは、まさにさすがのぎっちょんです(意味不明)。
有名な第2番の冒頭もびっくりです。普通なら、ひたすら重々しく鳴らすであろう、あの「鐘の音」を模した分厚い和音の連打。これをハフはまるで無造作に音を投げて寄越します。思わず「おおっ」と呟いてしまうほどの衝撃的な始まり方。その後に続く、あの滝のような音の奔流も、まるで雪解けの小川のような軽やかなせせらぎに聴こえます。こんな第2番は本当に聴いたことがありません。もちろん第2楽章などの「泣かせどころ」はしっかり押さえていますが、全体的にテンポは相当速め。まさにライトなラフマニノフです。ただし、例のフルートソロや、その他もろもろの聞かせどころはどうもいけません。ハフの毒気に当てられたのでしょうか。混沌とした響きから浮き上がってくるはずの歌が大味なのはちょっと寂しい気がします(ちなみに、これはライブ録音)。
第3番も全く苦労知らず。本当はピアニスト泣かせの難曲のはずなのに。最もハリウッドらしい第4番に至っては、まさに映画音楽並の豪華な世界が目の前に広がります。
肩の力を抜いて聴きたいラフマニノフ。そう思い改めてジャケ写を見ると、そこには咥えタバコのラフマニノフがいて・・・・。ああ、やっぱりそういうアルバムなんだな。と妙に感激してしまったのでした。

11月5日

FAURÉ
Requiem
Petr Fiala/
Czech Philharmonic Chorus of Brno
Prague Chamber Philharmonic Orchestra
ULTRAPHON/U 0002-2 231
チェコの「ウルトラフォン」というレーベルのCDです。かつて「東側」だったチェコには、準国営企業の「スプラフォン」というレコード会社がありましたが(今でもある?)、これは「スプラ=スーパー」の向こうを張ったネーミングなのでしょうか。ビロード革命以後の「民主化」から現在まで、この国のレコード産業がどのように変わってきたのかは、私あたりには殆ど分かりません。ただ、流通はすんなりいっているとは到底思えません。このCDにしても、リリースされたのは1998年ですが、フォーレのレクイエムマニアであるマスターのリストにも掲載されていなかったぐらいですから、日本の市場に現れたのは今回が初めてのはず、殆ど「新譜」といっても差し支えないでしょう。
演奏しているのは、「ブルノ・チェコ・フィルハーモニック合唱団」、「ブルノ」というのはチェコ南部の都市、女子用の短パンではありません(それは「ブルマ」)。1994年に創設されたといいますから、録音当時はまだ4年のキャリアしかなかったということになります。とは言ってもチェコを含めたそれこそ「旧東欧」は、合唱に関してはなかなかのものがありますから、そこのプロの合唱団、かなりのものは期待できるでしょう。ただ、写真を見ると、メンバーは80人近く、こんな大人数ですと、精度の方がちょっと気にはなりますが。
しかし、曲が始まるとその確かな実力には、ちょっと驚いてしまいました。「洗練」というには程遠い音色ではありますが、その素朴な肌触りはなかなか魅力的です。そして、いかにも訓練が行き届いているという感じ、大人数による音の濁りや、アタックのいい加減さなどは、微塵も見付けることが出来ません。一人一人の声が完全にならされて、「マス」としてパートのまとまりとか、ハーモニーの確実さが心地よく伝わってきます。その特質は、一つのパートだけで演奏する部分、いわゆる「パートソロ」ではっきり味わうことが出来ます。1曲目、「Requiem aeternam〜」というテナーによるパートソロを、これほど安定感をもって歌っているのを聴けたのも久しぶり、しかもカンニングブレスという大人数の利点を最大限に生かした歌い方で作り上げられていた、文字通り息の長いフレーズも素晴らしいものです。これは、5曲目の「Agnus Dei〜」でも味わえるもの。そして、2曲目「O Domine〜」の、今度は2つのパートの掛け合いも、やはり安定したものが聴かれます。
フィアラの指揮ぶりも、そんな合唱を充分にドライヴして、淡々と歌っているようで、実は大きな世界を感じさせてくれるという心地よい演奏を展開しています。そして、この合唱団ともども、柔らかい響きのオーケストラも、ちょっと侮れないものがあります。ソリストも、バスのフメロの深刻ぶらない、しかし深みのある歌い方や、ソプラノのパーヴコヴァーの、極力ビブラートを押さえた発声には好感が持てます。
カップリングとして、ヤナーチェクの合唱曲が3曲収録されていますが、これはテナーソロのドレジャルに問題があって、全面的には楽しめませんでした。最後の「主よ哀れみたまえ」などは、なかなか素敵な曲なのですが。

11月4日

RACHMANINOV
Rhapsody,Variations
Nikolai Lugansky(Pf)
Sakari Oramo/
City of Birmingham Symphony Orchestra
WARNER/2564 60613-2
(輸入盤)
ワーナーミュージック・ジャパン
/WPCS-11781(国内盤)
自らを「ラフマニノフ弾き」と公言しているという、ロシアのマザコンピアニスト、ニコライ・ルガンスキー(それは、「オカンスキー」)。彼の資質を存分に堪能できると評判なのが、このラフマニノフアルバムです。私にとってラフマニノフとは、普段耳にする機会は多いのですが、積極的に聴こうというところまでは行かない人、・・・自分でアルバムを購入してまで聴きたいわけでもないな・・・・その程度です。まあ若い頃は良く聴きましたし、特に今回のパガニーニ・ラプソディなんかは、途中の美しいところで最高にぐっと来てたので、聞き飽きてしまったのかもしれません。
しかし、このルガンスキー、レコ芸でも高い評価を受けていましたし、何よりバックを務めるのが、注目のサカリ・オラモ&バーミンガム市響です。久し振りにじっくり耳を傾けるのもいいかな。と軽い気持ちで手を出しました。(なんだか、いつぞやのムター&プレヴィンみたいな動機です)そうなると展開はお決まりですよね。そう、久し振りにじ〜んとしてしまいました。
このアルバム、ラフマニノフの作った変奏曲が3曲収録されていますが、オケとピアノのための「パガニーニ・ラプソディ」とソロのための2曲は、どれも難易度の高い技巧を駆使しているとは言え(超絶技巧ではない)、曲の趣きはかなり違います。とにかくスピーディで派手派手な「パガニーニ」は、あの有名なテーマを色とりどりのペンやタッチで書き比べたようなもの。それにに比べると、ソロのための曲は、ひたすら一つの主題を掘り下げていくといった感じ。あくまでも鉛筆1本で書上げていく細密画のような味わいです。
「パガニーニ」は、最近シュテファン・ハフ盤もリリースされています。こちらはとにかく軽やかで流麗、違う曲ですか?と問かけたくなるような味わいでした。しかし、ルガンスキーの方は、ロシアピアニズムの流れを汲むのでしょうか。決して重厚さを失うことはなく、それでいて切れ味は鋭いと言った、あくまでも伝統を踏まえた上での新しさ。もちろん力任せに押しまくるなんてことは一切ありません。そして、やはり素晴らしいのがオラモの指揮。以前、シベリウスやグリーグを聴いた時にも感じたのですが、彼の音つくりは本当に鮮やか。各楽器の聴かせどころを充分に知り尽くしているからでしょうか。大きな流れのなかに、ふっと浮かび上がるソロのメロディを聞き取るのが楽しく、「ピアノの音色よりオケばかりに耳が行く。」なんてこともしばしばでした。
その華麗な曲をたっぷり味わった後に置かれた2つの変奏曲。こちらはルガンスキーの面目躍如と言った感じ。ここで「コレッリの主題による変奏曲」のテーマとして選ばれているのは、どこかで聴いたメロディです。このテーマ、本当はコレッリの作品ではないようで、あのヘンデルの「サラバンド」の元ネタも実はどこから来ているのかが良くわからないのと同じ、「17世紀風の舞曲」と思っていただければいいのでしょう。単純なメロディラインがどのように変化していくか。これを耳で追うのは本当にスリリング。最後はとても静かに終りますが、そこに行き着くまでの紆余曲折がたまりません。「ショパンの主題」も重々しい曲がテーマとして選ばれています。(これは、葬送行進曲風の前奏曲第20番)第1変奏からとりとめのない呟きのような音の羅列。そこに見え隠れするお馴染みのメロディ。これらをルガンスキーはきちんと汲み取り、結び付け聴き手に突きつけるのです。
正直、これらをしみじみ聴いたのは20年ぶり、なんだか得した気分です。

11月3日

BACH
Lieder ohne Worte
Albrecht Mayer(Ob)
Sinfonia Varsovia
DG/476 047-2
(輸入盤)
ユニバーサル・ミュージック
/UCCG-1211(国内盤)
多くの人が、「バッハ」というと、厳格な対位法を駆使した、極めて格調の高い曲を思い浮かべることでしょう。彼の作品の代名詞とも言えるオルガン曲、「トッカータとフーガニ短調」が、常人には近寄りがたいほどの威圧感を備えているからこそ、「♪鼻から牛乳〜」と茶化した時には、そのあまりの落差の大きさによって、笑いを取ることができるのではないでしょうか。
しかし、そんな厳格さは、バッハの一つの側面に過ぎません。このアルバムを聴いて彼の作り出す流れるようなメロディーの魅力を知った時、その人は今までなんともったいないことしていたのだろうと悔しがるに違いありません。タイトルは「言葉のない歌」、これと同じタイトルを持つメンデルスゾーンの有名なピアノ曲の場合は「無言歌」と訳されていますね。バッハにそんな作品があったのかなどと思われるかもしれませんが、もちろん、そんなものはありはしません。これはバッハの数多くの作品の中で、キャッチーなメロディーを持っている曲を選び、ベルリン・フィルの首席オーボエ奏者、アルブレヒト・マイヤーがとびきり美しく歌い上げているという、ちょっと目が離せないアルバムです。早く買わないと、入手できない人が出てくるかも(それは「アブレルヒト」)。
そんな素敵な「歌」は、「カンタータ」や「受難曲」といった、いわゆる宗教曲の中に数多く見付けることが出来ます。多くは、伴奏の楽器によるオブリガート(助奏)、つまり、イントロとフィル・インを伴ったアリアです。中には、このオブリガートがメインのアリアを食ってしまうほど存在感のあるものあったりして、それも魅力。そんな曲の代表が、トラック5の「マタイ受難曲」の中のアルトのためのアリア「Erbarme dich」でしょう。ここでソロ・ヴァイオリンのオブリガートを担当しているのが、あのナイジェル・ケネディ、切々とうっかえかける哀愁に満ちたヴァイオリンの前には、アルトの声域をカバーするマイヤーのオーボエ・ダモーレも心なしか影が薄く聞こえてしまいます。トラック7の「マニフィカート」からのやはりアルトのアリア「Esurientes implevit bonis」も、フルート2本によるオブリガートはしっかりキャラが立っていますから、やはりマイヤーはおとなしめ、しかし、最後のトラック16に収められた「ロ短調ミサ」の大アリア「Agnus Dei」では、まさに本領発揮、心の底から絞り出すような感情の吐露を、見事にオーボエ・ダモーレで聴かせてくれています。
インスト・ナンバーでも、バッハがたぐいまれなメロディ・メーカーであることを知ることが出来ます。トラック12に入っているのが、オルガン曲「トッカータ、アダージョとフーガ」の中間部の「アダージョ」。バスのオスティナートに乗って淡々と進行する装飾の世界の、なんと美しいことでしょう。
一歩間違えると「バッハ名旋律集」で終わってしまいそうなこのアルバムから、これほど確かなメッセージを受け取ることが出来たのは、マイヤーの名人芸と共に、バックを務めるシンフォニア・ヴァルソヴィアの、確固たる様式感に裏打ちされた引き締まった演奏に負うところが大きいはずです。

11月1日

STRAUSS,WALTER,MARX
Lieder
Emma Bell(Sop)
Andrew West(Pf)
LINN/CKD 238
イギリスの女性歌手といえば、真っ先に名前があがるのはやはりキャスリーン・フェリアーでしょう。格調の高さと豊かな表現力、そして何より、そのキャリアの最盛期にこの世を去ってしまったこと・・・まさに伝説の歌手であり、今でも彼女を賛美する声がやむことはありません。彼女が亡くなったのは1953年。その3年後の56年から彼女を記念して開催されている「キャスリーン・フェリアー賞」。これは国際コンクールではなく、イギリス国内の歌手のみが参加するコンクールで、現在活躍するイギリスの歌手はほとんどがこの賞を受賞しているとのこと。逆に言えば、この賞をとれば、大歌手への道が開かれたといっても間違いないのかもしれません。
最近この賞をとった歌手、サリー・マシューズとエンマ・ベルの2枚のCDがリリースされました。2人とも、まだ日本ではほとんど知られていませんが、いろいろなオペラに出演予定もあり、大ブレイクの可能性もあるでしょう。そのエンマ・ベル(ちょっと怖い名前。閻魔様にベロを抜かれる・・・)の、これは、ドイツ後期ロマン派歌曲を歌ったCDです。このページではお馴染み、R・シュトラウス、マルクスに加え珍しいブルーノ・ヴァルターの歌曲までが含まれているところが嬉しいではありませんか。
さて、まず彼女の声です。しっとりと水分をたっぷり含んだような艶のある響きが、ロマンティックな歌曲にぴったり。ちょっと軽やかさに欠けるかな?と思う部分もありますが、(R・シュトラウスの「私の父さんが言いました」など・・・)情感に満ちた歌声は、そんな不満など一瞬にして解消させるだけの力を秘めています。そして、LINNレーベルの録音の優秀さにも改めて感動です。歌声の響きを余す事なく記録、もちろんピアノの音色の陰影もきちんと聞き取れます。何より、そのホールの空気の移ろいまでが聞き取れるかのよう。私の貧弱な再生装置(ははは。普段はウォークマンです)でも、ここまで美しく聴こえるのですから、本格的なSACDのシステムで聴けばどれほど素晴らしいことでしょう!
で、歌曲についてです。3人の作曲家の作品をバランス良く並べてありますが、私にとっては、すでに耳に馴染みのあるR・シュトラウスの歌曲を縫って聴こえてくる、未知の作品の味わい深いこと。プログラムの真ん中に置かれたマルクスの作品、これは聴いた事がなかったものですが、いつぞやも書いたとおり、書かれた時代に「こういう様式」が流行していたのだな。と思わせてくれる想像通りの作品。と言うか、こちらも耳に馴染んだアルマ・マーラーの歌曲に良く似た響きと書法です。大元はツェムリンスキーなのでしょうか。
ヴァルターの作品はもう少し素朴です。決して目新しい音を使うこともなく、民謡調で懐かしいメロディを駆使した作品は、師グスタフ・マーラーの影響より、もっと昔の歌・・・そう、シューベルトを彷彿させるもの。ただ、ピアノが上手かったヴァルターのことですから伴奏の書法はとても凝っています。
このように、未知の作品と未知の演奏家に出会えることは、とても大きな喜びと言えましょう。そんな楽しい1枚でした。

10月31日

BACH
L'Art de la Fugue
André Isoir(Org)
CALLIOPE/CAL 3719
カリオペとアンドレ・イゾワールという組み合わせだと、私あたりは1970年代に発表された「フランスのオルガン全集」というLPを思い出してしまいます。最初は輸入盤で出たのですが、見開きの立派なジャケットで、表に印刷してあったのがオルガンの内部構造や部品を描いた緻密な設計図、お金が許せば、10枚以上あったその全集を全部買ってしまいたい衝動に駆られたものでした。ビクターから国内盤も出ましたが、それはただのシングルジャケット、日本とフランスのセンスの違いをいやと言うほど思い知らされたものです。ジャケットだけではなく、録音がとびきり良かったのも、衝撃的。それまであった、このあたり、クープランとかダンドリューのレコードは、ミシェル・シャピュイあたりの古ぼけた音のものばかり、そこへ、全くランクの違う明晰この上ない録音が現れたのですから、「カリオペ」というこのレーベルは、「音の良いオルガンの録音」という印象で私の中には刷り込まれていました。その直後に出たメシアンの全集(演奏はルイ・ティリー)も、やはり素晴らしいものでしたし(これが、ステレオによる初めての全集録音)。
その後、イゾワールはバッハの全集も録音、しかし、CD時代になると、このレーベルはあまり目立たなくなってしまい、いつしか私の記憶の彼方へ遠ざかってしまったかに見えた頃、こんなCDを見付けてしまいました。そのイゾワールによるバッハの「フーガの技法」、もちろんオルガンのみによる珍しい演奏ですが、まだこのレーベルも、そしてもうすぐ70歳を迎えようとするこのオルガニストも健在だったのですね(まだ、現役として居座〜る)。正確には、このCDは録音されたのは1999年、2000年に1度リリースされたもので、今回再発されたものになっています。おまけで最新のカタログが付いているというのが「ウリ」なのでしょう。
「フーガの技法」と言えば、(一応)19曲あるとされるフーガやカノンの、その最後の曲は、途中でバッハが息絶えてしまったために未完に終わっているという、文字通り彼の最後の作品です。それまで培ってきた対位法のノウハウを注ぎ込んで、殆ど彼自身のために作られたようなものですから、楽器の指定はおろか、どのように演奏するか、といった指示すらも記されていないので、演奏家は実際の音にするために、それぞれ独自の解釈でレアリゼーションを行わなければなりません。そんな、ある意味無機的なものになってしまう恐れもあるこの曲の楽譜から、イゾワールはファンタジーあふれる豊かな音の世界を導き出してくれました。「対位法の見本」といった趣はさらさら無く、バッハの他の作品、ある時は壮大なプレリュードであったり、ある時はかわいらしいパストラーレであったりと、どこかで聴いたことのあるサウンドが響き渡ります。フランスのオルガンに特有の「トレモロ」というストップによるフワフワとした音や、リード管による特徴的な「目立つ」音などが出てくると、あたかもコラールプレリュードのよう、フーガの断片のそちこちに、あのバッハの親しみやすいメロディーが宿っています。
そして、豊かな残響の中での明晰に分離して聞こえてくるストップたち。このレーベルの優秀な録音も、また健在でした。

おとといのおやぢに会える、か。


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