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音楽展望
吉田ヒレカツ

[エミリー・バイノンのCD]


2000/7/15


 横浜に最近出来たホールで、エミリー・バイノンのリサイタルがあるというので、出かけてみた(7月14日)。
 エミリー・バイノンというフルーティストのことはご存知だろうか。オランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者で、最近めきめきと名前が知られるようになってきた若くて美しいウェールズ出身の女流奏者である。

 会場の横浜みなとみらいホールというのは、2年程前に出来た大きなホールだが、私は生憎行ったことはなかった。省線の桜木町の駅を降りると、目の前にランドマークタワーという、70階建ての巨大な建物が聳えている。ここへはかつて何度か来たことがあるが、この辺りは大規模な開発が進行中とのことで、その周りにさらに建物が増えているようだ。そのうちのひとつが、目指すホールなのであろう。
 すっかり観光客と化した私は、動く歩道とやらに乗ってランドマークタワーのモール街まで行ってみた。そうしたら、驚いたことにそのモールがずっと先まで伸びていて、そのままホールまでたどり着けるようになっているではないか。オフィスビルやショッピングビル、そしてホールやホテルの間が歩道のように結ばれていて、全体があたかもひとつの巨大な建造物であるかのようにつながりあっているのだ。私が行った日は平日の午後でさして人は多くはなかったが、休日などにはここは群集でごった返すのであろう。出来ることなら、そのような時に遭遇するのは避けたいものだ。

 さて、そのホール、一歩中に入ると、ほのかに木の香りが鼻を突く。床も木張り、椅子もクッション以外は木製でなかなか暖かい感じだ。正面にはパイプオルガン。格子にかもめの模様が施されているのは、「横浜」ということなのか。収容人員は2000人ということだが、それほど広い感じはしない。ステージと客席もそんなに遠くなく、見るからに音のよさそうなホールである。
 ところで、今回のコンサートはバイノンとハープの安楽真理子とのデュオリサイタルとなっている。実は先ほど東京でも行われたのだが、その時はもっとこじんまりとした小さなホールが使われたと聞いている。確かにこの二人の音楽性に疑問の余地はないものの、いかんせん知名度がそれほどあるとは思えず、このような大ホールでやると聞いたときには集客に一抹の不安をおぼえたものだ。しかし、この日の客層を見て、その疑問は氷解した。主催者は某新聞社の販売店関係のようで、殆どが招待客だったのである。したがって、演奏を聴く態度も、静かなところで咳払いをしたり、堂々と居眠りをしたりと、必ずしも快いものではなかった。

 いささか前置きが長くなってしまったが、演奏について報告させていただくことにしよう。プログラムはこの編成の定番、ドップラーの「カジルダ幻想曲」に始まって、ニーノ・ロータのソナタ、武満徹の「海へV」、ボルヌの「カルメン幻想曲」、そして間にドビュッシーやラヴェルの小品の編曲ものをはさむという、いささか焦点のボケた構成ではあった。しかし、今までさまざまのフルーティストを聴いてきた私だが、バイノンの演奏によってフルート本来の繊細さというものに気付くことが出来たのは大きな収穫であった。フレーズの隅々までに細やかな配慮がなされていて、聴いているだけで音楽にどっぷり浸りきることが出来た至福の瞬間を、いったい何度体験できたことだろう。フォーレの「シチリアーノ」や、ビゼーの「メヌエット」といった通俗名曲が、これほど音楽的に聞こえたことはなかったのでは。もちろんテクニックは完璧だから、技巧的な「カルメン」などはいとも楽々と吹いていて爽快感すら感じられた。しかし、私見だが、彼女の最大の魅力は弱音の美しさなのではないだろうか。オーケストラ奏者というものは、時として必要以上に大きな音を出したがる傾向にあるものだが、バイノンにはそのような弊害は全く見当たらない。この弱音、しかも先ほど述べたような豊かなフレーズ感でもって演奏されると、カルメンのハバネラのテーマなどは、かつて私が聞いたこともないような素晴らしく表情豊かなものになっていた。
 アルトフルートで吹かれた武満作品では、武満が本来持っていた「うた」への憧れが余すところなく表現されていた。アルトフルートという楽器があれほど官能的な音色だったとは。

 ホールの音響は、予想していたとおり適度の残響を伴った心地よいものであった。しかしながら、フルートとハープという編成にはあまりにも広すぎる感は否めない。私は前から3列目という席だったため、アンコールで演奏されたフォーレの「コンクール用小品」のとてつもないppを心ゆくまで味わうことができたが、この繊細さが果たして後ろのほうまできちんと届いていたかどうか、気になるところではある。
 もうひとつ気になったのは、「デュオリサイタル」と銘打っていても、ハープは殆ど伴奏にまわっていたので、安楽真理子を目当てに訪れた人には不満が残ったのではないかということ。もっとも、私にしてみればバイノンにあれだけ堪能できれば、これ以上望むものはないのだが。


当コラムの執筆者のペンネーム「吉田ヒレカツ」は、高名な音楽評論家吉田秀和氏からインスパイアされたものですが、コラムの内容も含めて、吉田氏ご本人とは何の関係もありません。

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