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〔033〕 SARSが露呈させた中国農民の過酷な現状
【2003/06/05】

 新型肺炎(重症急性呼吸器症候群・SARS)は、中国政府の相変わらずの情報隠蔽体質を露呈させるとともに、中国社会の歪みをも浮き彫りにする。最近、朝日新聞(2003年5月31日付)に興味深い記事が掲載された。

 その記事によると、北京市当局は、北京でSARSの疑いのある地方からの出稼ぎ労働者が治療費の負担恐れて病院から逃亡し、警察官らが出動する騒ぎがあったことを明らかにした。男性は捕らえられ、通常の肺炎であることが確認されたが、同じような逃亡事件が中国各地で相次いで報道されているという。

 在日中国人の多くは、逃げ出した地方からの出稼ぎ労働者は農民だとみる。そうであれば、「治療費の負担恐れて病院から逃亡」という悲しい行動は、中国農民の状況を端的に現している。

 社会主義国家・中国では、医療費は無料だと思い込まれていることが多い。確かに、新中国建国直後から都市の公務員や労働者を対象とする公費医療や労働保健医療が開始され、個人にはほとんど医療費はかからなかった。

 しかし、1980年代に入り、医療費の急増により、国家財政や企業の負担が増大し医療保険制度は破綻する。現在では、医療費自己負担割合の増加や医療費の高騰も重なり、貯蓄する主な理由に医療費支払いのためとする人が圧倒的多数を占める。

 一方、住宅や車などの購入に対してはローンが組めるため、貯蓄理由に挙げる人は減少している。だが、これはあくまでも都市戸籍を持つ住民に限られる。

 農民には、1950年代から農民の分担金と村や人民公社などの補助金による農村合作医療制度が用意された。ところがこの医療制度がしだいに機能しなくなり、80年代以降、壊滅状態にある。

 農村合作医療制度が医療保険制度の一種であっても、かつては国や企業が医療費を全額負担して手厚く保護してきた公務員や労働者と違い、農民は建国以来、常に医療費の自己負担を強いられ、現在は全額負担となる。このため、高額の治療費支払い請求を恐れ、農民が診察をこばむ例が以前からあった。

 中国の医療関係者は、今回の「病院からの逃亡」ついて、「農民が病気になっても治療さえ受けられない、これが中国農民のおかれた現状だ。治療費の負担を恐れての病院からの逃亡は、農民の本能的な自衛という悲しい現実を内外に露呈させた」

 上海市統計局は、2002年の上海市農村居住者の一人当たり平均収入が6200元に達したとするデータを公表した。しかし、上海市人の感覚では、一人当たり1回の診察ごとの平均医療費は500元前後、入院の場合には2000元前後はかかるという。計算では、入院すれば年収の3分の1が必要となる。

 今年3月、温家宝総理は「中国の人口13億人のうち9億人が農民。1人当たりの年収が625元以下という貧困から脱却していない層は3000万人に上る」と述べた。この数字、とりわけ、貧困層3000万人という人数をまともに受け止める人は少ない。

 かつての文化大革命時の勇ましいスローガンはすでに消えたが、今も国内には「為人民服務」(人民に奉仕する)という5文字をよく見かける。毛沢東も好んで口にした中国共産党の一貫したスローガンだ。

 共産党は中国の労働者階級の前衛と自己認識する。だが、先の医療関係者は「共産党にとって、人民の中に農民は含まれていない」と述べる。

 SARSが根絶されたわけではない。農村部への感染の広がりが懸念される中で、今後、農村でのSARS感染者の治療どころか、検査さえまともにできなくなるのではないか。こうした状況が出現することが一番恐いと、医療関係者は言う。


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