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〔017〕 テレサ・テンがたたえたのは「中華民族」か「中華民国」か
【2002/12/14】

 テレサ・テンが歌う「中華民族」について質問が寄せられた。この曲は、日本で発売された彼女の作品には収録されていないために、ほとんど知られていない。

 テレサ研究の第一人者だと豪語する音楽評論家が台湾や中国事情にうとく、この種の曲の重要度を理解できないまま、日本ではヒットしないという理由で発売させないようにしてきたためだという噂を聞いたことがある。

 もし事実なら、売れる曲こそ良い音楽だとする利益至上主義におかされた音楽産業の思い上がりで、テレサにとってもファンにとっても悲劇だ。

 「中華民族」は曲名や歌詞に微妙な違いがあり、この微妙さゆえに重要な意味を持つ。テレサの真の姿を知るうえでも欠くことのできない一曲だ。

 この曲が収録される代表的な作品は、1982年に香港ポリドールから発表された『演唱会 encore』で、同年1月、香港のクイーン・エリザベス・スタジアムで行なわれた3日間のコンサート・ライブだ。

 高山族(台湾の先住民族)を歌った「高山青」という曲で、<テレサ・テンこそ一番の美人>と自分で歌詞を変えて歌い、笑いを誘った後に「中華民族」が登場する。

 テレサが聴衆に次に歌う曲をつのると、客席から「中華民国頌」をリクエストする声があがる。彼女もすかさず「中華民国頌」と曲名を口にする。「頌」は中国語も日本語も同じ意味だ。やがて、無伴奏にちかい状態で朗々とこの曲を歌い上げ、会場は大きな拍手でつつまれる。

 テレサとはライバルであったという発言をことさら繰り返す歌手が今もいるが、それがいかにたわごとであるかを証明する歌唱力の確かさを印象づける歌いっぷりだ。

 <青海の草原は果てしなく、ヒマラヤは天まで届く。先人たちはここに国を作り……中華民国は永遠に不滅なり>

 テレサや聴衆が口にした曲名の意味そのままに、国民党政権の中華民国をたたえる歌詞が、この歌には綴られる。ところが、当時発売された『演唱会 encore』では「中華民族」と曲名が表記されている。わずか二文字違いだが、「中華民族」と「中華民国頌」とでは、メッセージはまったく違う。

 「中華民族」とされた理由として、中国をマーケットと考えたためではないかという説がある。しかし当時の中国といえば、文化大革命は終わったものの、翌83年からは反精神汚染運動が始まり、テレサが歌った「何日君再来」が「黄色歌曲」として批判をあびる政治状況だけに、香港ポリグラムが中国をマーケットと考えていたとは考えにくい。

 この曲の作詞・作曲は台湾の劉家昌で、彼の作風からすれば中華民国をたたえる「中華民国頌」が正式の曲名と考えるのが妥当だ。

 数年後、中国でもこの曲はよく知られるようになるが、曲名は「中華民族」、歌詞も<中華民族は永遠に不滅なり>として流行する。

 80年代半ば、上海でテレサの曲をコピーしたテープを持つ複数の人たちに、テレサが<中華民国は永遠に不滅なり>と歌っていることを知っているかと尋ねたが、誰も知らなかった。彼ら上海人がこの曲を歌う歌手として名をあげたのは張明敏、親中国派として知られる香港の男性歌手だった。

 香港でのコンサートの2年後、テレサは台北でコンサートを開催し、「十億個掌聲」と題してテレビ中継された。全39曲を熱唱するコンサートの感動的なフィナーレとして歌ったのは、やはり「中華民国頌」。後にビデオで発売されたが、曲名表記はそのままに「中華民国頌」だった。

 中国人は出身地を尋ねるとき、あなたは何人かといった聞き方をする。このコンサートでも司会者が同じ質問をし、テレサはすかさず河北人と答えている。河北人とは河北省出身者という意味。中国人は父親の原籍を引き継ぐためだが、台湾で生まれ一度も大陸に入ったことがないテレサが、迷わず河北人と答えるあたりは外省人としての姿勢がはっきりとうかがえる。

 アンコールでステージに登場したテレサは、「中華民国頌」を歌う前にこう述べている。

 「私が大好きな曲を歌います。国外にいる時には、とりわけこの曲に誇りを感じ、多くの華僑が私といっしょに歌ってくれます。 皆さんも『中華民国頌』を歌ってください」

 最近、香港特別行政区政府が新法の立法措置を検討中だと報じられた。しかしこの新法は表現の自由を脅かすおそれがあるとして言論団体が反対を表明した。

 香港が中国に返還された現在、もしテレサが香港でこの曲を歌うとすれば、「中華民族は永遠なり」と歌詞を変えて歌うだろうか。それとも中国政府からのコンサート開催要請をかたくなにこばんだ彼女だけに、中国に返還された香港でのコンサートを拒否したのだろうか。

 たかが曲一曲といえばそれまでだが、香港、台湾、中国では、曲名や歌詞にも時の政治情況がにじみ出る。


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