―天使の絵― 大木 惣一郎氏、アンドレ・グランディエについて語る

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勇(ゆう)へ

 君がこれを読む時には、ぼくはこの世にはいないと思う。
このことは君が17歳になったら直接話すつもりでいたから。
本当に残念だけれど分かっていた事だから仕方ないね。

 さて、君は今もあの「天使の絵」(今もこう呼んでいるのだろうか?)を大好きかい?
これから書く事はこの「天使の絵」に関係しているんだよ。
いや、正確に言うとこの絵の持ち主だった人物についてだ。
彼の名はアンドレ・グランディエ。君はもちろん知っているね。
彼については、君が幼い時に何度も話したことがあるからね。
ぼくがアンドレと出会ったのは、今から20年程前のフランスだった。

 おれはふられた。
「私のこと一番好きだって言うの、彼。」
まったくもって意味不明な理由で、(聞いたけど「勇は違うでしょう?」って言われて・・・余計意味が分からないぞ!)半年間の交際は幕を下ろした。だけど仕方ない、人生なんかそんなものだ。だけど!
留守電話はないだろう!

おれは学校の寮に入ってる。つまり普段は家にいない。だから当然留守電を最初に聞くのはおれの母親で・・・クソ!あいつだけには知られたくなかったのに! ばれたらいじめの材料をわざわざ提供するようなものなのに!それなのに彼女は別れ話を留守電に入れたのだ。(おれがいったい何したって言うんだよ!向こうが男作っておれは被害者なのに!何故だ!!!)

ところが、今回に限って母は何も言わなかった。会うたびにおちょくられるのを覚悟していたのだがそんなことはなくて、きっとおれをかわいそうに思ってくれたのかな?などと、ちょっと見直したのだけれど、それは大きな誤りだった。

 終業式の日、おれが学校から帰って来ると珍しく母がいた。母はお帰りの挨拶もそこそこに 「明日の8:30発エールフランス パリ行き 234便に乗るから。」 と言った。母は西洋古美術の買付けの仕事をしている。だから海外へ行くのはいつものことだった。

「で、いつまで?」
「8月いっぱいになるんじゃないかな?」
母は考え込みながら答えた。

という事は・・・おれは夏休み中、自由じゃん!やったね!思いっきり!遊べる!いや!その前に彼女だ。彼女作る!だけど、夏休みに見つける彼女って最悪なんだよな。始業式まで持ったことないし・・・いや、だけど今度こそまともな子を・・・・・

「いい勇?始業式には必ず間に合うようにがんばるのよ。」
おれは母を見た。母はテーブルの上に置いてあったノートや辞書や地図、それとパスポートを差し出した。
「荷物は今日中にまとめなさい。スーツケースは出してあるから。そうそう、変なものは持って行くんじゃないわよ!それから・・・」
「母さん!」
「何?」
「まさかと思うけど・・・おれも行くの?」

母はびっくりした様子でおれをみたがすぐに思い出したのか、 「そう言えば話してなかったわね。」 と呟いた。まったく!毎度のことながらいい加減だ。だけど母はそんな事など少しも気づきもせず、すました顔でおれを見た。

「これはね、お父さんの遺言なのよ。」
「遺言?」
「勇が17歳になったらフランスに行ってお墓を捜してもらうの。」
「お墓!!誰の?」
「アンドレ・グランディエ。」
「はあ?なんでおれがアンドレの墓を捜さなきゃならない訳?それに、いきなり明日からって言われてもおれにだって色々予定が・・・」
「無いでしょう?」
母はにっこり笑った。
「何も無いはずよね?」
母は更に強調した。なんか・・・やな感じだ。

 「山田さんには他に男ができて捨てられちゃったから、夏休みはなーんにもすることないでしょう。それに新しい彼女見つけてもお金の無駄だしねえ。だって夏休みに見つけて来た子には、貢ぐだけ貢いですぐにポイされちゃうから。でもま、捨てられるあんたに原因があるから仕方ないわね〜〜。だけど、それに気づかない所が情けないわね。本当にかわいいそうね、哀れよね。ほーほほっほ!」

母の高笑いが部屋中に響き渡った。