1789年 7月13日 パリ デュランのアトリエ

 「それでは確かにお渡ししましたので。」
オスカルの使者は、金貨と1通の手紙をデュランの元に置いて帰っていった。

金貨は絵の代価としてはあまりに大金であったので、受け取る受け取らないで一悶着あった。
しかし使者は 「必ずお渡しするようにオスカル様から言い付かってきた。」 の一点張りで、とうとうデュランが折れて “とりあえず預かっておく” ということで収まった。

 「まったく!後で返しにいかねばならん・・・こういうのを二度手間というのだ!」
文句を言いつつデュランは手紙を開いた。

そこにはオスカルの堅苦しいほどきっちりとした筆跡で、絵に対する礼が書かれていた。
代金の件についても触れてあり、時間がなかったのと故人の肖像画を描かせるという非常識な依頼であったので
 “これは妥当な金額であるのだから是非受けとっていただきたい。返しに来られても私は屋敷にはおりません、ご時世ですから。”
と続き、最後にデュランの今後の活躍と健康を祈る言葉で締めくくられていた。

デュランは手紙を睨んだ。
何がご時世だ。まったくもってあのお方は!屋敷にいなければ職場まで押しかけて・・・・
そしてデュランは、彼女の署名の下に何か書かれているのに気が付いた。そこには

 これで私は臆病者にならなくてすみます

と一言添えられていた。

 「・・・屋敷にはおりません・・・・・私は臆病者にならなくてすみます・・・・」
デュランはその言葉を何度も繰り返し、それが意味するであろう事に辿り着いた。
 「臆病者でよろしかったのですぞ・・・・」
彼はぽつり呟いた。

その日の午後、デュランはチュイルリー宮広場で暴動が発生し、鎮圧に向かったオスカル率いるフランス衛兵隊が民衆側に寝返ったことを知った。

―The end―