hard liquor  「軽快な風味と・・・・さわやかな香りだ。それが喉を通って胃に落ちていく感触が・・・・たまらない。」
オスカルは幸せそうに微笑んだ。
そして、自分を見つめているアンドレに気がついて尋ねた。
「どうした、アンドレ?」
「いや・・・・あんまり旨まそうに飲むから・・・・」
そういうと彼は残りを一気に飲み干した。
「ストレートなんて、強すぎだぞ!それに・・・これは本当にジンなのか?おれの知っているのは褐色でもっと香りが強くて・・・確かに強い酒だがここまで強くは・・・」
「ジンの中でも一番強いらしい。わたしも2週間前初めて飲んだからよくわからないが・・・・味は、万人向けとはいい難いがな。」オスカルは答えた。
「なあ、もしかしてこれは・・・・セロー大佐が懇親会で出したというカクテルの・・・・・」
「そうだ。マティーニのベースの酒だ。」
「なるほど、確かにこれがベースなら優雅さには欠ける酒だな。」アンドレは笑った。
「なんだ?」
「大尉が、ジェローデル大尉が言っていたんだ。“優雅さに欠けるカクテルだ”と。」
「“優雅さに欠ける”・・・か。確かにそうかもしれない・・・・しかし・・・」
彼女は一口飲んだ。
「マティーニは繊細だった。たぶん、ベルモットとの比率で表情をまったく変えてしまうような・・・・」
「ベルモット?」
「ああ、ジンとベルモット。マティーニはこの2つさえあればいいそうだ。」
「ベルモットは、ここにないぞ。持ってこないと・・・」
「家には無い。明日に・・・・いや、もう今日か。10時にならないと届かない。」
オスカルは言った。
「それでは仕方ないな。ジンはご馳走になったし、そろそろもう・・・」
「マティーニを飲ませてやると言っただろう?アンドレ。」
「でも、ベルモットはないぞ。」
「セロー大佐に言わせると、マティーニはベルモットの量が少なければ少ないほど粋らしい。」
「・・・・なくてもいいのか?」
彼女はグラスを見つめた。
「独立戦争の時・・・当時アメリカではベルモットがなかなか手に入らなくて・・・・皆、手に入った貴重なベルモットを眺めながらフランスを懐かしんでジンを、いやマティーニを飲んだそうだ。誕生祝いのパーティの席でフェルゼンも同じような事を言っていた・・・」
彼女はそういうと残りを飲み干した。
「ベルモットは・・・・絶対必要か。」アンドレは言った。
「ああ・・・・」オスカルは答えた。

アンドレは突然立ち上がった。
「ベルモットの空壜でも探してくる。1つぐらいは調理場に残っているだろう。」
「残念ながら・・・空壜もないそうだ。」
「じゃあ・・・・・」
「まあ座れ。今作るから。」
オスカルは笑った。

オスカルはグラスにジンを入れて、レモンピールの液をふり入れた。
そしてそれをアンドレに渡した。
アンドレは黙って受け取った。
それから彼女は立ち上がると、机を隔てて反対側にいるアンドレの側へ来た。
右手をアンドレの髪に差し入れる。
目が合った。
オスカルは微笑んだ。
「超辛口のマティーニだ。」
彼女は、耳を隠していた髪を差し入れた指でそっと動かすと
身を屈めて、アンドレの耳元に囁いた。

「ベルモット」

アンドレは、呆然と彼女を見つめた。
オスカルは “飲め” と彼に目で合図した。
それに気づいて、慌ててアンドレはグラスの液体を飲み込んだ。

「どうだ?」
オスカルは興味深げに尋ねた。
「あ、ああ・・・ちょっと・・・効き過ぎだな。」
アンドレは照れくさそうに笑った。
「先程とは・・・まるで・・・別の・・・酒だった・・・・・」
溜息混じりに言うと、アンドレは残りを飲み干した。
「そんなに違うのか?」
「・・・・ああ。」
両手で持ったグラスを見ながらアンドレは言った。
「それは楽しみだな。」
面白そうにオスカルは言った。
アンドレはオスカルの顔を見た。
「おれも・・・・・するのか?」
「当たり前だ。なんだ?困ったような顔をして・・・・」
「いや、そういう訳では・・・」
アンドレは苦笑した。それから、ベットで眠っている祖母を見た。
「アンドレ?」
「ああ、すまない。今作るから・・・・」
アンドレは彼女のグラスにジンを入れて、レモンピールして渡した。
そして彼は身を屈め、オスカルの耳元で囁いた。
彼女には触れず。
声はいつもより、低めではあったが。

「ベルモット」

オスカルは一口飲んだ。
しばらく間があった。
そして彼女は・・・笑い出した。

「オスカル?」
「こんな事は、滑稽以外の何物でもないと思ったが・・・わたしもセロー大佐と同じだな・・・・くっくっく・・・
確かに旨かった!最高だ!・・・・そうだアンドレ!おまえもだぞ。くっくっ・・・」
「おまえもって・・・オスカル、一体何のことだ?」
彼はオスカルに聞き返した。
「惚れたものに対していくらでも滑稽になれる、こんな飲み方でも最高だと思えるくらい。」
彼女は笑って答えた。
「・・・・おれはこの酒を愛してる訳じゃない。」
「そうか?普通のマティーニすら飲んだ事がないのに・・・・くっくっく・・・あの様子はどうみても・・・くっくっく・・・・惚れているとしか言いようがないぞ!」
オスカルは笑い続けた。

「・・・・・・・・・ああ、そうだな。」
笑い続けるオスカルを見て、アンドレは認めた。
そして彼は付け加えた。
「・・・・愛している・・・な。」
「だろう、アンドレ。ベルモットがきたら、おまえにもちゃんとしたマティーニを飲ませてやるからな。」
オスカルは嬉しそうにそう言って・・・・
残りの・・・・超辛口のマティーニを飲み干した。

―The end―