cocktail 「このカクテルは・・・・癖があるというか・・・かなり・・・個性的ですね。」
ジェローデル大尉は、それでも表情は変えずにセロー大佐に告げた。
年末恒例の軍の懇親会で、セロー大佐が持ち込んだ“ジン”と“ベルモット”を使ったカクテルを振舞われた面々は一部の例外を除いて、差こそあれ、皆ジェローデルと同じ意見のようだった。

「酒と酒でカクテルを作るという発想があなたらしい。」
ほとんど無色に近い黄金色のそれを見つめてオスカル・フランソワは言った。
「お褒めの言葉ありがとう、ジャルジェ大佐。と言いたいところだが、考案者は私ではない。」
セロー大佐は言った。
「アメリカ人だ。このカクテルは、独立戦争従軍中に流行ってね。ジンはどこにでもあったし、ベルモットは・・・・・祖国の酒は、ブランデーもシードルもベルモットすらなかなか手に入らなかった。しかし、このカクテルはベルモットをほとんど使わないから人気があったのだ。」
そういうとセロー大佐はグラスを持ち上げて、
「マティーニは・・・・ベルモットの量を少なく、つまりドライにするほど粋だ。“エキストラドライで”と注文するのが最高なのさ。」
「超辛口?つまりジンの量をかなり増やす訳ですね。」誰かが言った。
「普通はジンとベルモットの割合を2:1ぐらいにするのだが、それを15:1にするとかね。私は“リンススタイル”が好きでね。ベルモットを少しだけグラスに注いだあと、壜に戻す。そしてグラスにわずかに残ったベルモットにジンを加え、レモンピールをする。」
「それは、カクテルではなくて・・・単にジンではないのですか?」
他の誰かが聞いた。
「それが、マティーニだ!もっとすごい奴もいる、ベルモットの壜を眺めて飲むとかね。」
ジェローデル大尉は尋ねた。
「大佐、そのカクテルにはそこまでして飲む・・・何か・・・理由でも?」
「あの当時は・・・望郷の念もあった。」
マティーニを飲みながらセローは言った。
「 “ベルモットを眺め、祖国フランスを思う” か?おまえらしくもない。」
「ランドン、私ではない。他の連中さ。フロとかウィイク、それからフェルゼンとかね・・・私は純粋にこれを愛している。」
2杯目のマティーニを飲み干してセローは言った。

「確かに“マティーニ”にはそれだけの魅力がありますな。」
セロー大佐を除き、唯一2杯目を頼んだオスカル・フランソワは言った。
「オスカル・・・君は・・・よくこんなひどいものを飲めるな。」
それを聞いてセロー大佐は言った。
「マティーニは癖のある酒さ。誰にでも好かれるものではない。ベースがジンだからな。ジンをストレートで飲むなら今の季節、外に出しておいてきんきんに冷やすのが一番だろう。」
「それもいいですね。」彼女は笑った。
「ほう・・・嬉しいね。これのよさがわかるなんて・・・そういえば?確かもうすぐ君の誕生日だったな?それではとっておきのジンをプレゼントしよう。」
「それは!楽しみにしております。セロー大佐。」
「十分期待してもらっていいよ、ジャルジェ大佐。ああそうだ!ついでに究極のマティーニ、エキストラドライの飲み方を教えよう。」
「ベルモットの壜を眺めて飲むのでは?」
彼女は面白そうに尋ねた
セロー大佐は笑いながら、彼女だけに聞こえるように小さな声で話した。
「そこまですると・・・・滑稽ですぞ、セロー大佐。」
オスカル・フランソワは呆れて言った。
「男は惚れたものに対していくらでも滑稽になれる、他からどのように見られようともな。」
マティーニを飲みながらセロー大佐は続けた。
「マティーニには“ベルモット”がいる。たとえどんなことがあっても!」

ジン
ライ麦、トウモロコシ等の原料とする、ジュネバー・ベリーと呼ばれるネズ(松の一種)の実等を漬け込んだ無色透明で、さわやかな香味をもった蒸溜酒。
ベルモット(ヴェルモット)
ワインに西洋よもぎ等の薬草を漬け込んだもの。
マティーニ
考案されたのは19世紀末といわれている。いわずと知れたカクテルの王様。