The sweetest voice 4


The lowest of the low.......because you loved her


 優李が本を探しながら歌を口ずさむのを勇は黙って聴いていた。
彼女は気が向いた時、それも気分がいい時だけ好きな曲のフレーズを口ずさむ。だから、いつも長くは歌ってはくれなかった。
もっと聴きたいのに、何故ちゃんと歌ってはくれないのだろう?
彼はそれから慌てて自分に言い訳した。
だけどそれは!おれが聴きたいのはオスカルが歌うのがジョス・レイスの曲だからだ。オスカルの歌を聴きたいんじゃない。 おれはジョスが好きなんだ。オスカルの声がジョスに似ているから聴きたいのであって・・・・逆はありえない。
勇はもう一度、自分に強く言いきかせた。
おれは、アンドレじゃない!アンドレならジョスがオスカルの歌を歌う時の声に似ていると言うかもしれないが・・・おれはそうじゃない。おれはああいう声が好きなだけだ。
彼女は相変わらず歌を口ずさむ。彼は歌に耳を傾けた。


Your entreaty was ignored
But you love her for all that

懇願は無視された
それでもお前は愛しているのだな


だけど・・・・このままずっと歌ってくれたらいいのに。
勇は思った。
今優李が口ずさんでいるのは、ジョス・レイスの曲の中でも勇のお気に入りの一つだった。特にこの先は一番好きな所で、多少歌詞は所々途切れたりしていたが歌が続いたので、勇は少しだけ希望を持って彼女の声に耳を澄ませた。


If I was her, I wouldn't make to be hard on you
But you can't see that I love you.

私ならそんな辛い思いをさせない
お前を愛しているのに気づいてくれない



オスカルは普段はもっと低い声、だけど歌う時は違う。それでもジョスより少し低い声で、その上抑えて歌う、感情は出さない。甘くない。だけど柔らかくて優しい声。そしてずっと・・・切ない。


I really need you
I mean it

どれだけお前が必要か
私がそれを望んでいるのに



彼女の低い声は尚も続いた。優李は本棚の本に指をなぞらせて探しながら歌った。勇は彼女の指先を目で追いながらその低い声を聴いた。


For the love of Heaven, show me
お願いだから私を見て



それは先程よりもっと抑えた歌い方だった。
オスカルは我慢するから言わないから。そうじゃない、オスカルはただ歌ってるだけだ。だけど、ああ畜生!なんでこんなに痛くて痛くて・・・・・切ない、ホント切ない。


Only a few of words, please tell me
I hope the sweet words even if it should be a lie.

一言だけでいい・・・
たとえそれが嘘であっても・・・・



切ない。切ない、オスカルの・・・声。だけど!


For God's sake,say to me......
どうかお願い 私に言って・・・



勇は間違っても “愛している” などと言わないように、口をぎゅっと引き締めて待った。
しかし、いくら待っても次の歌詞 “I love you ”は歌われなかった。彼女が本棚から本を引き出そうとした時、勇は我慢しきれずに声をかけた。
「もう歌わないのか?」
彼女は振り返りもせず 「ああ。」 と一言だけ答えると、本を引き抜いてそれを開いた。
「どうして?」
優李は本から目を離さずに「歌いたくない。」と答えた。
「なんで?」
優李は少し考え込んで、それから本から目を離すと勇を見た。
「私の勝手だろう?」
勇は慌てて目を逸らしながら 「だよな。」 と答えた。
その様子に優李は苦笑すると、本を閉じて元の場所にしまいながら言った。
「アンドレ、CDかけていいぞ。聴きたいのだろう?ジョス・レイス。」
「いや、そういう訳じゃ・・・」
「別にいい。私も好きだからな。それにしても、お前は本当にジョス・レイス フリークだな。」
優李は本棚から勇に視線を移すと面白そうに彼を見たが、すぐにまた本棚を向いた。
「オスカル、おれフリークじゃないよ。」
「では、あれは何だ?私がジョス・レイスを口ずさむと、いつも聴きたそうにするぞ。携帯の着信音といい、寮の部屋の壁のいたる所には・・・・ジョス・レイスのポスターが張ってあるのだろう?」
優李は本の背表紙に指先をなぞらせて探しながら言った。
「1枚も張ってない!おれはジョス・レイスの歌が好きなだけだ。だから・・・」
「それよりCDかけてくれないか。私も聴きたい。そうだな・・・」 彼女は探す指を暫し止めると 「『ザ ボディセッションズ』 がいい。」 と言った。
仕方なく勇はCDを探すとそれをかけた。部屋にはジョス・レイスの声が流れた。



Your eyes reflected the only her figure
You need only her,don't you ?

瞳に映るのは彼女だけ
彼女の他に何もいらないとでも思っているの?



「やはり愛している人の声の方がいいだろう?アンドレ。」
勇を見ず、優李は言った。それに対し勇は不機嫌に答えた。
「だから!愛してなんかいない。ジョスは一番好きな声と似てるから好きなだけだ。」
優李は本を探す指を止めると怪訝そうに勇を見た。
「一番好きな声?」
「だ・・・だから!こう・・・あるだろう?こういう声がいいなって、理想の声みたいなのが!」
「そんなものはない。」
優李はきっぱり言い切ったので勇は慌てた。
「お、おれは・・・あるんだよ!ジョスみたいに低くてそれでいて柔らかくて優しくて、だけどもっと抑えた低い声でおまえの声みたいに・・・」
勇は気づいて黙り込んだ。優李は勇を不思議そうに見つめた。
背後にジョス・レイスの声が流れる。



You need no words
She will be yours only if you smile at her
You smile me with gently eyes, but the eyes doesn't reflect my figure

言葉はいらない
微笑むだけで彼女はあなたのもの
私にも優しい瞳で微笑んでくれるけど 瞳に映るのは私じゃない



優李は突然嬉しそうに笑った。
「な・・・なんだよ?」
「今映っているのは私だけだ。」
優李はそれだけ言うと再び本棚に向かって、今流れている曲を歌いながら本を探し始めた。その声はジョス・レイスのそれと重なったが、勇の耳には優李の声だけしか聞こえなかった。
彼は優李の歌うのを聞きながら、本を探す彼女の後姿だけを黙って見つめた。

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