「僕もこの部屋に入るのは初めてなのだ。」
金色の髪の子供はそう言って、天蓋付きの古風なベッドに腰を下ろすと興味深げに部屋を見回した。
それから何かに促されるようにして話し出した。
 「・・・悪かった。えーと、どこまで話した?・・・そうだったな。それで年に数回しか使わないこの城をホテルにする事にしたのだ。建築屋が城へ来てありとあらゆる場所を測ったが・・・あれは面白かったな。」
子供はその時のことを思い出したのか、嬉しそうな顔をした。
 「そうだ。城の図面が無くて新たに書き直して、それでおかしな事が分かったのだ。だからもう一度調べて・・・ああ、この部屋の両隣の部屋の中の寸法と外側の壁の長さが合わなかった。それで壁を壊したらこの部屋が出てきた。気づかないものだな。僕もまったく気づかなかったぞ。理由?そんなの僕は知らない。父上だってご存知なかったのだ。」
子供は不機嫌そうに答えた。
 「昔と同じ内装にしたのは・・・・先程話さなかったか?そうか、悪かった。つまりホテルのコンセプトが 『日本人観光客をターゲットにロココ時代の優雅な城の面影を再現する』 だからだ。いつも城の周辺を・・・特に革命記念日前後は大勢の日本人観光客がやって来るからだろう。」
子供は首を振った。
 「知らない。そんなの僕は興味ない。・・・・ああ、とにかくこの部屋は出来るだけ18世紀末の当時の面影を残すように再現された。特にこの部屋は、家具は磨き直しただけだし・・・床も壁も修復した。カーテンなどは新しいものに変えたが・・・・」
子供は驚いた様子で言った。
 「ああそうだ。カーテンと寝台の天蓋の布は前とは違う。最初は同じものを作り直す予定だったが、父上の話からするとあまりにも重苦しい感じだからとか・・・・・・決めたのは父上じゃない。」
突然、子供は機嫌が悪くなった。
 「建築屋だ。それが彼らの仕事だからな。・・・・いい趣味?これが?・・・いいや!僕はそうは思わない。悪趣味だ。あの女は・・・」
子供は言いかけたが口篭った。
そして、決まり悪そうに 「エイレンが・・・このホテルの内装デザインを担当したが、僕は彼女と趣味が違うからな。」 と、言い直して黙りこんだ。
暫くすると子供は睨みつけるような顔をした。
 「・・・・僕は子供じゃない!父上の再婚相手がどんな女でも・・・だから!反対なんかしない。それは父の自由だ。大体、母上もとうに再婚しているし・・・・」
子供は俯いた。
 「別に。・・・寂しくなどない。それに・・・・仕方ないだろう。ずっと愛し合っているなんてあり得ないからな。」
子供は顔を上げた。
 「お前・・・今笑ったな。ではお前は信じているのか?」
子供は馬鹿にしたように言った。
 「まったくおめでたいな。来るはずなどないだろう?結婚記念日か何か知らないが・・・・ああ。僕は来ない方に賭けるぞ。」
子供は自信ありげに答えた。
 「当たり前だろう。大体いつ約束したのだ?ずっとずっと一緒にいたのは聞いた。・・・・絶対来る?何だその根拠のない自信は!」
子供は呆れた様子で言うとすぐに不思議そうに尋ねる。
 「だが結局10年前に別れたのだろう?・・・・別れたのではない?」
子供は暫く待った。それから部屋にあった置時計に目をやると、仕方ないという様子をした。
 「いいか?あと30分だけ付き合ってやるが・・・それを過ぎたらおしまいだからな。僕は忙しい。12時過ぎたら、13日になったら、僕は部屋に帰るからな。」

■■■
 「・・・7月14日の革命記念日にね、その人は・・・そうだよ。うん、そう。バスティーユで勇敢に戦って死んじゃったんだって。だからみんなすごく悲しんで、特にその人のお母さんがいっぱい泣いて・・・うん、あんまり悲しくて、ドアを外して壁にしちゃったんだって。それが理由みたい。」
それから黒い髪に黒い大きな目の愛嬌のある子供は首を振った。
 「・・・・違うよ、母さんじゃない。シャトレさんが・・・シャトレさんは母さんと一緒に仕事をしてる人で・・・うん、あの人は知りたがりだから一生懸命調べたみたい。昼間会った時教えてくれたんだ。」
子供は頷くと、誰もいない廊下を進んだ。暫くして壁に突き当たると右の方向を見ながら尋ねる。
 「中庭の反対側だったよね?そうすると、パーティやってる広間の横を通り抜けないといけないんだよね。」
それから子供は困ったような顔をした。
 「・・・でも、子供はこんな時間まで起きてちゃいけないんだよ。・・・うん、分かったけど・・・・それとね。」
その子供は言いにくそうに口にした。
 「こんな事は言いたくないけど・・・・あんまり期待しない方がいいと思うよ。その・・・」
子供は言いかけて慌てて首を振った。
 「ううん!そうじゃなくて・・・・約束したのは分かったけど・・・でもね、10年もずっと連絡もしなかったのでしょう?あなたの離婚した奥さんも・・・違うの?・・・・でも・・・」
子供は黙って何度か頷いて、それから考え込んだ。
 「会う為に会わなかったってどういう意味?おれ・・・よくわかんないよ。」
子供は不思議そうな顔をした。
 「・・・・うん。とにかくそこへ行けばいいんだね。」
それから子供は思い出して言った。
 「でも大丈夫?・・・うん。案内は出来ると思うけど、目が見えないんでしょう?そうしたらその場所が・・・・覚えてるの?お城の中の全部!階段の数も?・・・すごいね〜!おれなら絶対無理だなあ。」
子供は感心した様子で言った。それから何かを考え込むような仕草をしたが、すぐに顔を上げると驚いて尋ねた。
 「どうして分かったの?・・・うん、“見えなくても分かるなら案内しなくてもいいかな”って思った!・・・・え〜!そんなの無理だよ。だって!おれが考えてる事が何でも分かるなんて・・・・・・・うそ!ほんとに!どうして!」
子供は心底驚いた様子で叫んだ。
 「そりゃ驚くよ!あのさ、マジシャンとか・・・違うの?じゃあ何故?」
子供は不思議そうに尋ねた。
 「・・・だけど・・そりゃ気になるに決まってるよ!だけど・・・・ああ、当たってるよ。母さんが再婚するんだけど・・・そうなんだ、おれより1つ下の女の子らしい。すごく反対してるって。母さんを嫌ってるみたい、財産目当てだとか思ってる。」
子供は首を振ると悲しげに答えた。
 「母さんからじゃない、他の人。母さんは何も言わないんだ。 “すごくいい子よ。” って笑うだけ。」
それから子供は黙って歩いたが、そのうちため息を付いた。
 「うん。おれ心配なんだ。そう、明日会うんだ、ここで。ホテルのオープンの式典が終わってからだって言ってた。」
子供は暫く黙って歩いた。長い廊下は子供の歩く足音だけがこつこつと響いた。
 「・・・・おれもさあ、あなたの奥さんみたいな・・・さっき話してくれたでしょう?すごく気が強いけど・・・うん、そういう感じだったらいいなって思う。・・・うん。おれそういう子、好きだよ。だけど意地悪なのは・・・うん、そうだといいと思うけど・・・」
子供は少しだけ笑った。
 「そうだね。考えても仕方ないよね。会ってみてからだよね。」

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 「もういい!それはさっきも聞いたぞ。そうではなくて、僕の聞きたいのはお前の夫が・・・だから!それも聞いた! 『私の分身』 だの 『なしでは生きられない』 とか・・・・よく恥ずかしげもなく口に出来るな!」
金色の髪の子供は呆れたような顔をして、それから不機嫌に言った。
 「余計なお世話だ。子供らしくなくてどこが悪い!僕はジャルジェ家の跡取りなのだぞ。もし父上に何かあったら僕が跡を継がなければならないんだ。だから!」
子供は睨んだ。
 「うるさい!僕を女だと思って馬鹿にしてるのか?お前だって女だろう。それなのに!なんだ、その口の聞き方は!そんなだからお前の夫に逃げられたのだろう!だから・・・・ああ・・・・分かった。分かったから!僕が悪かった。・・・だが、会う為に会わなかったという意味がさっぱり理解できないぞ。」
子供は納得いかない様子で言った。それから仕方ないといった様子で尋ねる。
 「・・・答える気はないようだな?まあいい。とにかく!明日はすごく忙しいのだ。だから早く・・・お前・・・何故知っているのだ!」
子供は思わず叫んだ。
 「誰から聞いた!僕の事なら何でも分かる?気持ち悪い事をいうな!・・・・うるさい!僕はそんな事心配なんかしてない。・・・ああそうだ!僕には関係ない。」
それから子供は黙り込んだ。少ししてからようやく口を開く。
 「・・・ああ。少しも関係ない。だから!さっきも言ったろう!父上が誰と結婚しようが僕の知った事じゃない。・・・ああ。少しもだ。僕は子供じゃない・・・・平気だ。」
子供の声が小さくなる。
 「・・・誰が僕の義理の兄になろうが全然気にしてない。・・・・少しもだ。」