旅行・旭川エリア
 

旭川、平和通りの買物公園(93年7月)

旭川は北海道第二の都市であり、寒暖の差が激しいことでも有名である。
最低気温はマイナス41℃というのが公
式記録として残っているそうで、それを名前にしたお菓子も有るほど。
(「氷点下41℃」)

93年に初めて行った。層雲峡に行きたかったのと「北斗星」に乗りたくての旅だったが、生憎と青森県内での集中豪雨によりレールが冠水してしまい2時間近くも遅れて札幌に着き、予定を大幅に変更するハメになった苦い思い出の場所である。

札幌から特急の「オホーツク3号」に乗る予定で指定席を取っていたのだが2時間近くも遅れてしまっては乗れる訳もないし、かといって2時間以上遅れないと払い戻しはされないし何ともワリの合わない話しだった。
仕方無いので札幌で途中下車して時計台を見に行くが、曇っていて風は有るし半袖では寒い。
温度計を見ると
15度である、寒い訳だ。地元の人間は皆,長袖で、半袖で歩いているのは私達のような”内地”から来た人間だけである。
(因みにこの年は冷夏だった。)

札幌から乗り遅れた指定券を使って「スーパーホワイトアロー11号」の自由席に乗っていると、車掌が検札に来て訳知りな顔をするので憮然として、よほど文句を言ってやろうかと思ったが我慢する。
旭川に着いても予定が狂っ
てしまったので層雲峡には行けず、仕方なく駅の周辺を散策し常磐公園とか寄ってみる。
旭川は札幌と違って25
度と、打って変わって暑いくらいである。
昼飯と思って途中に有ったラーメン屋に入る。(『西山軒』)醤油味を食べた
が、ここのラーメンは汁がすこし濃い味だが中々美味かった。見ると店内に芸能人の色紙等が一杯貼って有る。
結構有名な店のようである。それから酒屋に入り、以前「菊水」を送ってくれた新潟の人に「男山」の「復古酒」というのを買って送った。
それから暇をつぶして宿にチェックインしホテルの中のレストランで早めの夕食を摂る。

明日の朝は富良野にまわる予定なので朝食の予定を聞くが、思っていたより遅いので電車に間に合わない為キャンセルする。
(食事の始まる時間が7時のため、食事をしてからだと駅まで歩いて行く時間を計算すると電車に間に合わない)


旭川駅(1996年)

翌日は4時に目が覚めてしまった。5時頃のTVはBSくらいしかやっていない。(^^;) それから富良野に向かった。
 
その後2年経って今度は弟と2人で行くことになった。
この時は私が山形に出張していたため行き帰りとも別行動で
ある。
弟は羽田から旭川へ直行,私は山形から千歳に飛び、そこから滝川を経由して北竜町のヒマワリを見て旭
川で合流である。
しかし
、ここでも計算違いが起きてしまった。飛行機の時間を間違えていたのである。
航空券を手配した時に比べ発着が遅くなっていたのを気づかず接続列車の指定券を取ってしまったのである。
オマケに地方からの便のためターミナル接続ではなく、バス輸送になってしまいホームに着いた時には指定席を取っていた電車はタッチの差で出てしまった。(;_;) 

北竜町
千歳で降りて特急[スーパーホワイトアロー」に乗り換え、旭川に行く途中の「滝川」で降り、そこからバスで45分走ると北竜町である。
全国的に有名な「ヒマワリ」の里である。中学校で降り、そこから歩いて行くと「ヒマワリ迷路」
というのが有ったが、帰りのバスに間に合わなくては困るのでパスしてきた。
話のタネには入ってみたかった
が..

ヒマワリの数はハンパじゃないくらい有った。もう何日か後には「ヒマワリ」の祭りが有ったようである。
ヒマワリ畑を写真に撮ってきたが何かの加減でフィルムに光が入ってしまい、折角の写真が台無しだった。

  北竜町の「ひまわり迷路」
 

層雲峡
それから再び特急に乗り旭川に向かう。自由席でたまたま空いていて座った所の同席が同じ会社の運動部だったようである。
よほど何部か聞こうかと思ったが止めた。当日は旭川に泊まり、飯はホテル内で食べた。
行ったら混ん
でおり空いたら連絡してもらうとの事で出直した。
北海道といえばビールは「サッポロ」と決まっているのだが、ここ は掟破りの「サントリー」だった。(^^;)

その晩は早めに寝たのだが空調の具合が悪く、涼しくて4時頃に目が覚め寝不足だった。朝飯は米がパサパサしていて甘味が無く不味いし、北海道の米はこんなものかと思う。
翌日はバスで層雲峡まで行った。片道2時間くらい
掛かったと思う。
層雲峡では「銀河の滝」や「流星の滝」ではバスから降りて見ることが出来た。しかし小函だか大函
だかはバスの場合はトンネルを通るため景色はあまり見る物が無く残念だった。
自転車を借りれば景色が充分見
られたそうだが、そこまでの余裕は無かったので...

大函に着き、土産物を買った後でそのまま帰ってしまうのも勿体無いし、かといって何もしないでいるにはバスの待ち時間が長すぎるので博物館を見て、それから黒岳に登ることにした。
5号目までロープウエーに乗り、さらにリフトで7号目まで上がる。
途中で雨が降ってきてしまい折り畳みの傘を広げる。7号目からは営林署に入林届けを出し(ノートに住所,氏名,電話番号等を記入)登山開始。
登山のもようについては「山」を参照されたい。


大雪山の層雲峡からの入り口・黒岳の頂上

やっとの思いで降りてきて食堂に入り、4時頃に遅い昼食でラーメンを食べる。なかなか美味かった。
層雲峡の土産物屋で記念にとネクタイピンを買う。それからバスに乗って旭川に戻った。  

層雲峡の大函にて
(95年7月)

層雲峡・流星の滝

夕飯はまたしてもラーメンだった。ラーメン屋が2軒並んで有り、空いている方に入ろうとすると弟が止める。
何故だと聞くと『空いている店は不味いから空いているんだよ』という。
なるほど、それも一理有る。と言うわけで混 んでいる方の店に入った。
ミソ味だったが美味かった。ラーメンといえば札幌であるが、個人的には旭川のラーメン の方が美味いと思う。

翌日は富良野に行ったが、ホテルの朝飯が混んでいて遅くなり電車に間に合うかヒヤヒヤものだった。


 旭川・98年夏

旭川、石狩川に掛かる『旭橋』

旭川・常磐公園近くの石狩川河川敷

98年の7月に三度めの旭川行き。仕事を終え、慌てて会社を出て朝食も食べず10時過ぎの新幹線で東京に向かう。
北海道は降らないとの予報だったので傘は用意していなかったのだが、関東は雨降り。
仕方なく折り畳みの傘 を持って出る。早足で駅に向かい、新幹線の中でサンドイッチを食べて、やっと人心地がつく。

東京から山手線に乗り換え、浜松町へ。浜松町で早めの昼食にする。
ソバ弁当を食べるが新幹線の中でサンドイ ッチを食べたばかりで腹が苦しくなる。
浜松町からモノレールで羽田へ向かう。チェックインしてから売店に行き、
JASのグッズを買う。搭乗口に行き手荷物検査をするとフイルムの袋がX線検査で引っ掛かり、中身を確認されてしまった。(フイルムが5本入って膨らんでいたためか?)

搭乗ゲートに行くとリムジンバス。バスに乗って飛行機まで移動、随分と離れているぞ...
機体はA300、乗って定刻になったが動かない。そのうち『航空路線が混雑していて待機命令が出ている』とのことで離陸したのは定刻を30分以上も過ぎた14時20分。
結局到着時間も20分遅れ。今回は電車でなかったから良 いものの、電車なら乗れないところであった。

空港で予約してあったレンタカー(トヨタ)を借りるが、空港内にはカウンターしかなく少し離れた場所に営業所が有り、そこまで受け付けのお姉さんの車(3ドアのターセルか何か)で連れて行かれる。
見ると他のレンタカーも同じ場所に営業所が固まって有る。車は24時間で借り、地理不案内なのでナビ付きにした。

ナビに旭川駅を設定し宿に向かう。
車はスターレットだが走行距離700Km程度の新車である。使い勝手の良い5ドアだがATは3速でイマイチ(料金が安いのだから贅沢は言えないが...)
気のせいか、運転のせいかブレーキ の効きが甘く、助手席に乗っていても足に力が入ってしまい疲れてしまった。
(ABS、エアバック付きだが..)

宿に着き、近くに有るラーメン屋(例の『西山軒』)にラーメンを食べに行く。私は醤油味のチャーシューメンを食べたが美味かった。
野菜ラーメンを食べた弟は、それほど美味いとは思わないと辛口の評価だったが...

その後、「平和通り買い物公園」を散策し100円ショップで小物を買ったり、コンビニと勘違いして入ったスーパーでビール(北海道限定の『サッポロクラッシック』)とツマミ他を買って帰った。旭川は曇っており半袖では肌寒かった。
宿に戻って風呂に入りテレビを見ながらビールを飲んで21時には寝てしまったが、ベッドがスプリング入りで落ち着かなかった。

朝は早めに出ようと思ったがホテルの駐車場が9時からでないと開かないとのことで誤算だった。仕方なく近くの常磐公園を散策する。
池の回りに鴨がおり、人に慣れているせいか近づいても逃げなかった。

ナビに麓郷を設定して走ったが、このナビ(アルパイン製)は少し古い型とみえ、オマケに地図も全国版らしくて目的地を設定しづらく、地図のスケールも400m以外には1.6Km以上しか無い。
しかも400mスケールは方向が変化するのに対し1.6Km以上は北が上に固定されており使い勝手が良くなかった。
ボイスナビが付いていて曲がる所では地図も拡大されて便利なのだが、推奨ルートを外れると一切案内は無し...

富良野〜美瑛を見て空港に戻る前にガソリンを入れようと指定のスタンドを探すが、レンタカー屋で貰った地図が分かりづらい。
土地勘の無い旅行者泣かせである。散々捜し回ってしまった。あれなら直接、空港に行った方が早かった。

空港の中で遅い昼食にステーキ弁当を食べる。
ステーキは美味いが飯が固く美味くなかった。私だけかと思ったら天丼を頼んだ弟も同じ意見だった。
それから売店で土産を買ったが、六花亭(帯広市)のホワイトチョコレートやマルセイバターサンドに洞爺湖名物の「わかさいも」等が売られているのには興ざめであった。
旅行先では地元でしか 手に入らない物だからこそ価値が有るのである。
何処でも手に入るような物では貰っても嬉しくないし、行ってもいない土地の物を土産に持って行くというのは失礼というもの。
搭乗手続きの後で見学デッキで飛行機を見た。
(JASのMD−81やANAの767−300等)そのうちMD−81が離陸準備を始めたので写真を撮っていると、私た
ちの乗るA300が到着。
着陸するA300と、離陸するMD−81がすれ違う。MD−81が飛び立ってから搭乗が始まり乗り込んだ。
今度はゲートから直接である。東京にも定刻で到着。19時過ぎのため夕闇迫る中を『翼よ、あれ が東京の灯だ』とばかり着陸した。
それからは一目散に帰途に着き、20時12分の新幹線にも間に合って熊谷ま で。
着いたら夕立というか雷雨。行きも帰りも雨の旅だった。  

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