食卓





ぷしゅっ・・・

夕方。
プラネトスII世号の食堂。
冷蔵庫に手が伸び、ドアが開けられる。
手は牛乳のビンを探し出し、再びドアが閉められる。
手の主はミッシェルだった。

ミッシェルが牛乳のフタを開け、ビンの口にその唇をつけようとしたそのとき。

「ラップ・・・その飲み方はなんだ?」
ミッシェルの背後から声がした。

「もっとこう男らしく出来ないのか?
せっかく船に乗ってるんだからさ」
「船に乗ってたら飲み方も変わるんですか?」
あきれながら返事するミッシェルにかまわず、
トーマスは冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「そうだ、海の漢の正しい飲み方を教えてやる!」
ミッシェルは
「・・・けっこうです」
「いいからいいからやってみな」
わけのわからない講義を受けることになってしまったミッシェル。

トーマスは足を広げて仁王立ちになった。
「足は肩幅に広げてふんばるんだ」
ミッシェルもトーマスに倣って足を広げる。

「腰にこう手を当ててだな・・・」
「こう・・・ですか?」
「でもっていきおいよくのどに流し込む!」
ぐいっ!

トーマスはビールを一気にあおった。

「ぷは〜〜〜っ!
仕事の後のいっぱいはうめえ!」

その後ろをルカが通りかかる。
その目は白かった。

「キャプテン、何バカなことやってるんですか。
もうじき夕食なんですからあんまり食べないでください」
まるで親が子供にいうようなセリフである。

「夕飯の当番はルカか。メニューは何だ?」
「久しぶりに鍋にしました」
「中身は?」
「カニです。今日は大漁だったんですよ」

ルカは手にもっていた箱をトーマスとミッシェルに差し出した。
「クジをひいてくださいね」
「クジ?」
「鍋のときの席順ではいつも苦情が出ますので。
クジなら公平ですからね」

「なるほど、たしかにそうだな。
なぁ、ラップ」
「・・・あなたのことですよ、トーマス」
トーマスに続いてミッシェルが箱に手を入れ、小さな紙片を取り出した。



「はぁ・・・」
食堂では大きなため息が漏れていた。

テーブルの上には大きな土鍋が2つ、でんと置かれている。
そして、土鍋をはさんでトーマスとミッシェルが向かい合って座っていた。

「まったく・・・キャプテンとミッシェルさんは別々にすればよかったんだよ」
「それじゃキャプテンの箱からくじを引く人はいないですよ」
「うっ・・・」
ふたたび船員の間でため息が流れた。

しかしひとたび鍋パーティが始まってしまえば重苦しい空気は吹っ飛んだ。
トーマスと同じ鍋にあたった船員たちは、
トーマスの食べるスピードに追いつこうとするが、誰もおっつかない。
「なんだ?おまえたち、食べないのか?」
「キャプテン、早すぎるっすよ〜〜!」
そんな会話が交わされる、和やかな風景であった。

しかし、ついとトーマスがカニミソに手を伸ばしたとき。

「トーマス・・・そのカニミソは私のですよ」
ミッシェルの言葉が飛んできた。

「最初っから目をつけてたんですから」
「いいじゃないか、1つくらい。
まだたくさんあるからさ」
「そういうわけにはいきませんよ。
みたところこれが一番イキがよくておいしそうなんです」
「そんなもんを独り占めしようとしてたのかよ」
「はやいもの勝ちですよ」

トーマスがカニミソに箸を伸ばす。

ぴしっ!
ミッシェルがトーマスの箸を捕まえた。

「む゙っ!」
2人は身じろぎひとつしない。

「はっ!」
トーマスの箸がミッシェルの箸を切り替えす。

「なんの!」
ミッシェルも負けじと応戦する。
カニミソの上で箸チャンバラが始まった。

ミッシェルの箸の力の強さに、トーマスが作り笑いを浮かべて言う。
「居候、3杯目にはそっと出し、というだろ」
ミッシェルはにっこり微笑んだ。
「まだ2杯目です」
「さっきは海の漢の正しい飲み方を教えてやったじゃねえか!」
「それとこれとは話が別です」

「海の漢の正しい飲み方ってなんだ?」
「さあ・・・」
「またヘンなものを開発したんじゃねえのか?」
船員たちがひそひそ話をしている。
が、無論、トーマスとミッシェルはそれにかまっている余裕はない。
一進一退を繰り返す2人の箸。

と、ミッシェルの指先が光った。
「はっ!」
「うおっと!」
ぴしっ!

小さい光の玉がトーマスの手元に飛んだ。
「くそっ、やりやがったな!」

その様子を見ていた船員の1人が言った。
「そろそろやばいんじゃないか?」
「では、移動しましょうか」
冷静に土鍋、食材、調味料、カセットコンロ、テーブルを甲板に移動し始める船員たち。
それをよそにトーマスとミッシェルの間では魔法合戦が開始されていた。


甲板。
冷たい夜風が吹き渡り、まさに鍋日よりである。
トーマスとミッシェルを除く船員たちはのんびりと鍋をつついていた。
「やっとゆっくり食えるぜ」
「しかしだな・・・」
「なんだ?」
「あんなことしてるあいだに俺たちがカニミソ食っちまうってことは考えないのか?」

ぐつぐつぐつぐつ・・・

鍋の煮える音以外は何も聞こえない。
しばしの沈黙のあと、船員の1人が口を開いた。

「・・・ミッシェルさん相手にだな・・・」
別の船員がその言葉を引き継ぐ。
「ほんとにできるか?おまえ・・・」

ぐつぐつぐつぐつ・・・
あいかわらず鍋ではカニミソがゆれている。
「うっ・・・」

「ゴキブリ並みの生命力を誇るキャプテンだから耐えられるんだぜ」

鍋ではカニミソが煮えすぎになりつつあった。

食堂ではミッシェルが戦利品のカニミソを口に入れ、幸せそうに微笑んでいた。






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