願い

「ジュリオ、クリス。これを見てくれ」
ハックは手にした緑色の物体をジュリオとクリスの目の前でひらつかせた。

細長く、細い筋が平行に幾筋も表面を走っている。
「・・・葉っぱ?」
「見たことのない葉っぱね」
首をかしげるジュリオとクリス。

「今日、私の家の庭に落ちてきたんだ。
おそらく突風とか竜巻で舞い上がったものがここまで飛んできたんだろうな」
「でもさ、こんな形の葉っぱ、見たことないよ」

「これは『ささ』というものらしい」
「ささ?」
「笹という植物の葉っぱで、実際はこういうふうになってるそうだ」

ハックは絵を描き始めた。
しかし、それを絵と称してよいものかどうかは専門家の間では意見の分かれるところであろう。
ハックの絵というのは・・・
一本の直線に楕円がいくつか散らばっていた。
それを見たジュリオとクリスの脳の中に疑問符が散らばった。

「これ、草なの?」
「・・・ハックおじさん、絵が下手・・・」
「まぁそれはいいとしてだ」
ハックは咳払いをした。

「古い文献で読んだんだが、昔、おまじないに使われていたものなんだ」
「おまじない?」
「7月7日に笹に願い事を書いた紙を下げて燃やしたらその願いがかなうらしい」
「どんな願いでも!?」
「もちろん!」
「すごいや!」
「なにを頼もうかしら・・・」
「僕は・・・えっと・・・えっと」
すっかり夢見る表情になってしまった2人に、ハックが慌てて付け足す。

「おいおい、夢見るのはいいが、まだ笹は見つかってないんだ。
それに今日は何日かわかってるか?」
「えっと今日は・・・」
「7月6日」
「じゃあ・・・」
「あしたじゃないの!」
「急がなきゃ!」

「7月6日に笹の葉が落ちてきたのも、避けられぬ運命のいたずら。
ジュリオ、クリス、笹を探しに行くぞ!」
「お〜〜〜っ!」
2人は元気に歓声を上げた。


「さてと、どこに行くかだが・・・」
「葉っぱといえば・・・」
ジュリオは腕組みをしている。

「木を隠すなら森の中というからな」
とハック。
「森というと・・・」
「迷いの森ね!」
「よし!そこだ!」
ジュリオは半分呆れていた。

「安直なんだから・・・さすがおじさんと姪だなぁ」
「何か言ったぁ!?」
すぐさまクリスの言葉が矢のように飛んできた。
「・・・なんでもない」
「そう?
じゃ、すぐに出発よ。
ジュリオ、早く支度しないと置いてくわよ!」
といって自分の家に戻っていくクリス。
それを見ながらジュリオはひとりごちた。
「いつもこのパターンなんだよな」


昼なお暗い迷いの森。
3人は落ち葉を踏みしめながら歩く。
森の木々を見渡しても、落ち葉を見ても、ハックの拾った笹の葉は見当たらない。

「なかなか見つからないわね」
「森にきたら一本くらいはあるかもと思ったのになぁ」

森にきたときにはまだ頭上にきていなかった太陽が、すでに西に傾いたころ、
きれいな水をたたえた泉を見つけた。

「ちょうどいい。ここで一服しよう」
「賛成〜」
「はぁ〜もうクタクタよ」

泉のそばにハックとクリスが腰をおろしている。
クリスは鏡のように滑らかな水面を見つめていた。

「これだけ探してもないなんて」
「まぁ、すぐに見つかってしまったらありがたみも薄れてしまうからな」
「それもそうね・・・あら、ジュリオはどこに行ったの?」

水面にかすかな波紋が浮かんだ。
そのすぐあとにハックの描いた笹の絵が流れてきた。
紙の流れてきた方向を見ると、ジュリオが泉を覗き込んでいた。

「ジュリオ、なにしてるの?」
「うん・・・これを落としたらさ、
もしかしたら泉の精が出てきて本物の笹に変えてくれないかなと思ってさ・・・」
「ジュリオ・・・それ、違う話よ。
それにそんな絵じゃホントに泉の精が出てきてもこれがなんだかわかんないわよ」
「やっぱりダメかなぁ」
「あたりまえでしょ」
「おまえたち・・・いったい何の話をしとるんだ」


こんなバカバカしい話をしていると、クリスの視界の片隅を、何かが横切った。
「え?」
「あ!」
ジュリオも同時に声をあげた。
彼も同じものを見たらしい。

「あれは・・・」
「まさか・・・」

ジュリオとクリスはうなずきあった。
「行ってみよう!」
「そうね!」
駆け出すジュリオとクリス。
「ああっと、待ってくれ!」
2人の後を追ってハックが慌てて走り出した。


3人は森の中を走る。
きらきらと光るものが木の影に隠れた。
光を追う2人と、少し遅れて1人。

「あ・・・」
遠くに佇む、光る人影を認め、ジュリオとクリスは足を止めた。

それは・・・
白い光の中に、わずかに紫がかった銀色の長い髪。
ゆっくりとこちらを振り向く。
と同時に、人影の足元は透明になっていた。

「待って!」
駆け寄るクリスの声が届かなかったかのように、人影は消えた
長い髪で、はっきりとはわからなかったが、その表情は確かに微笑んでいた。

消えた人影のあとには一本の木とも草ともつかない植物が立っていた。
それにはたしかにあの葉っぱがついていた。
「これ・・・」

やっとクリスに追いついたハックが言った。
「これが笹だ、間違いない」

「白き魔女が教えてくれたのね」
クリスは笹を手にとった。

笹は朝露がついたようにみずみずしく光っていた。
「きれい・・・ゲルドみたい」

やわらかな沈黙が3人の間に流れた。

「ハックおじさん・・・
願い事を書いた短冊は・・・」

ハックは何も言わずに笹を見つめていた。

しばしのち、ハックはジュリオとクリスに微笑んだ。
「私の願いは・・・もうかなってしまったよ。
だからジュリオ、クリス。おまえたちが願い事をしなさい」

「わたしは・・・」
クリスは言葉が詰まった。

「ううん、わたしもかなってしまったわ。
だからジュリオ・・・」
「僕もおなじだよ」

3人は顔を見合わせた。

「それじゃ・・・」
「願い事は来年にまわそうか」
「そうね」

再び微笑みあう3人。

ゲルドの笹を手に、3人はラグピック村に向かって歩き始めた。








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