休日・後編





なりゆきでツアーガイドをやることになってしまったマーティ。
2人がやってきたのはコルナに一番近い、港町バロア。

この町は船で渡ってくる人の中継地点になっており、
市場はいつも多くの人でにぎわっている。

海の向こうの町の商品が豊富な市場は町の住民の台所になっている。
果物屋の店先も、色とりどりの果物であふれかえっている。
思わずミューズの手が果物に伸びる。

「こんなにたくさんの果物始めて見たわ。おいしそうね。」
きれいな黄色の果物を手に取り、口を開けた。
「あ、ミューズさん!いけません!」
「どうして?」
「ああああ・・・」
時すでに遅く、果物にはミューズの歯形がついていた。

「代金をを払わなくちゃだめじゃないですか」
「代金?」
「お金・・・持ってないんですか?」
「お金ってなによ」
「・・・もしかしてお金を知らないんですか?」
「あたくしに知らないことがあるとおもって?
お金というものの存在は存じてましてよ。
ただ、使ったことがないだけよ」
「・・・使ったことがない?」
「必要なものはお付きの者がみんな調達してくれるのよ」

二人の間に沈黙が流れた。

「おーい、どうでもいいが勘定してくれよ」
「あ、すみません。いくらですか?」
「10ロゼ」
「た、高い・・・」

「どうみても4ロゼですよ」
「冗談じゃないよ。その姉ちゃんが歯形つけちまったからもう売りもんにならんぜ」
「姉ちゃんとは失礼ね・・・」
マーティは話がこじれるのを恐れてミューズの口をふさいだ。

「でもそれは高すぎですよ。」
「こっちもこんなとこまで運んでくるのたいへんなんだから」
「その果物の産地における価格としては2ロゼくらいとして、ここまで運んでくるための費用が・・・」

マーティは値切りの交渉を始めた。
貧乏学生でお金のないマーティと、商人のかけひきが続いている。
珍しいものを見るような目でその様子を見ているミューズ。
自分がまいた種だということはまったく認識していない。

数分後。

「では6ロゼ」
「兄ちゃんにはかなわんなぁ・・・いいよ、6で」
「ありがとう」
マーティは財布を取り出して果物の代金を支払った。

ミューズは無事自分のものとなった果物をかじりながら言った。
「下々の者というもは不便なものね・・・お金がないと何も出来ないなんて」
「それが当たり前なんです!」
「この国からお金をなくそうかしら」
「そんなことできませんよ」

「それに、今更物々交換の世の中ですか?それはあまりに不便だと思いますが」
「ふむふむ・・・お金は不便だけど必要なものっと・・」
ミューズはメモをとっている。

マーティは呆れながらつぶやいた。
「・・・いったい今までどういう暮らし方をしていたんだろう」


その後もミューズはあれこれと手をつけるので、
そのたびにマーティが代金の支払いを受け持っていた。

ミューズとマーティの2人はバロアの町を後にした。
マーティの財布は、すっからかんになっていた。


バロアからギアに向かう道の途中、少しわき道にそれると広い原っぱに出た。

「このあたりで食事にしましょう」
さきほどバロアで仕入れてきた食べ物を広げ、即席のピクニック気分である。

「わたくし、ちょっと手を洗ってまいりますわ」

マーティは草むらに消えていくミューズを見送る。



ミューズが川べりで手を洗っていると、うしろでガサッという音がした。
魔獣が現れた。
「このわたくしを襲うとはいい度胸をしてますわね」

ミューズは腰に手をやる。
しかし、その手は空をつかむ。
いまさらながら鞭をおいてきたことに気がついた。
「しまった・・・わたくしとしたことが・・・」

魔獣はじりじりとミューズに近づく。
背中に冷や汗が流れる。


「おそいですね・・・」
なかなか戻ってこないミューズを探しにマーティは草むらに分け入った。


草を掻き分けるマーティの眼に入ったものは、
魔獣と対峙しているミューズであった。

「えっと・・・この魔獣は・・・」
ぱらぱらと本をめくっているマーティ。
そのとき魔獣の手が振り上げられた。

「きゃあああ!」
ミューズの悲鳴が響いた。

その声にマーティは思わず本を投げ捨て、腰に差した短剣を手に魔獣に立ち向かっていった。
「ミューズさん!」

魔獣の関心はマーティに移った。
マーティは短剣で応戦するが、短剣では魔獣の体に傷ひとつつけられなかった。
これでは埒があかないと理解したマーティは、ミューズに向かって突進した。

「テレポート!」
マーティはミューズを胸に抱えてテレポートした。

近くの岩陰に二人が出現した。
じっと息を潜めている2人。

どきどきどき・・・
ミューズの心臓は早鐘のように鳴っている。

不意に獲物が消え、戸惑っていた魔獣も、あきらめてその場を去った。


「よかった・・・まにあって」
マーティは安堵の声を漏らす。

「丸腰で立ち向かうなんてあんまりムチャですよ」
「ほっといて!ムチさえあればあんな魔獣、わたくしの相手ではありません!」


ひやりとした空気が2人の頬を撫でた。
「日が暮れてきましたね」

「また魔獣に襲われるといけないから送っていきますよ
家は・・・どこですか?」

「わたくしの家は・・・」
ミューズは気がついた。
自分は王女であり、いまは視察のためにこの地にきていること。
たのしかったひとときはこれでおわり、明日からは再び王女としての公務が待っている。
この次はこう上手く脱出できないかもしれない。

ふっとさびしそうな目になった。
「家は・・・いえ、わたくし今旅行中なので神殿にいるのよ」

「ではコルナですね」
「いえ・・ここでいいわ。ひとりで歩きたいの」

コルナ村に向かって歩き始めたミューズ。
それを見送るマーティ。

ふと足を止めて、ミューズはマーティのほうを振り向く。

「マーティ」
「はい?」
「本を捨ててわたくしを助けようとしたときのあなた、カッコよかったわよ」


マーティとミューズが出会う3年前のことであった




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