冷却期間



「ミッシェルさん、最近アヴィンが冷たいんだ・・・」
「は?」


ここはフィルディンにある宿屋。
エル・フィルディン各地を点々としているミッシェルがフィルディンの宿屋にいるのは
偶然ではなく、作者の陰謀である。

多忙な朝の雑事もひと段落し、お茶を楽しもうという時間。
ミッシェルもまた平穏な朝のお茶を楽しんでいたのだが、
たまたま現れたマイルによってその安息は破られた。


エル・フィルディンからバルドゥス神、オクトゥム神が消えてから数ヶ月がたち、
神という運命から解き放たれた人々はそれぞれの道を模索していた。

トーマスはガガーブを超えるため、船の改造に余念がない。
ミッシェルもまた、エル・フィルディン中を飛び回って
もう1つの世界についての手がかりを収集していた。

アヴィンはアイメルとふたりで見晴らし小屋に住むことになった。

マイルもウルト村に戻り、アヴィンと旅に出る前と同じ日常の生活が戻りつつあった・・・
ハズなのだが。


「アヴィンくんが・・どうかしたんですか?」
話そうかどうしようか少し迷っている表情の後、マイルは話し始めた。
「こないだも村でとれた野菜を持って行ったのに・・・」


話は2週間ほど前にさかのぼる。
マイルはウルト村でとれた野菜を持って見晴らし小屋にやってきた。

「アヴィ〜ン」

返事がない。
マイルは勝って知ったる見晴らし小屋のドアを開ける。
と、軽快な笑い声がマイルの耳に飛び込んできた。
声の主はアヴィンとアイメルであった。
「フフフフ・・・」
「な、笑っちゃうだろ?」

マイルは一向に自分に気付く様子のないアヴィンにたまりかね、声を掛ける。
「アヴィン、野菜を持ってきたよ〜」
「おう、サンキュ。そこに置いといてくれ。
それでさ、アイメル・・・」
アヴィンはちらっとマイルの方を見ただけで、
再びアイメルとの話に戻ってしまった。
わずかに不快そうな表情を見せるマイルに気付き、マイルにすまなそうな表情をするアイメル。
マイルは苦笑する。


「それは仕方ないですよ。
アヴィンとアイメルさんは8歳のときに離れ離れになったんですから。
ふたりの間には9年の空白の年月があるんですよ」
「9年・・・」
「今、その年月を埋めているんです。
まあ、少々いきすぎなきらいもありますがね・・・
もうしばらく見守ってあげたらいかがですか?」
「・・・そうだね。9年は長いよね・・・」
マイルはアヴィンとすごした9年間に思いを馳せる。

「僕はこの9年アヴィンと一緒だったんだから・・・
アイメルに返してあげなくちゃいけないんだ」
「アイメルさんにヤキモチなんて、あなたらしくありませんよ?」
「そんな、ヤキモチなんて・・・僕は、別に・・」
真っ赤になって否定するマイルをミッシェルはやさしく見つめる。

「わかってますよ。誰かに聞いてもらいたかったんでしょう?」
「・・・ミッシェルさんにはかなわないな・・・」


数時間後、ミッシェルの前にアイメルが現れた。

「ミッシェルさん、ちょっと相談があるんですけど・・・」
「おや、アイメルさん」
少々驚いたような表情をアイメルに向けるミッシェル。
この場合の驚きは相談事があるということではなく、
アイメルが1人でいるということに他ならない。

「あなたもですか?」
「あなたも?」
「いえ、なんでもありません。先ほどもよく似た相談を受けたものですから。
アヴィン君は一緒じゃないんですか?」
「そのことなんですけど・・・」
アイメルは少しためらいがちに話し始めた。

「最近お兄ちゃんがべったりでちょっと困ってるんです。
マイルさんが斡旋所の依頼を受けてきても・・・」


話は10日ほど前にさかのぼる。
マイルはフィルディンの斡旋所でガーデンヒルまでの届けものの依頼を受けた。

「アヴィン、ガーデンヒルまでの届け物の依頼を受けたんだけどさ、
ひさしぶりに一緒に行こうよ」
「悪い、今日はアイメルとプレアウッドまで薬草を採りに行くんだ」

「お兄ちゃん、私なら大丈夫だからマイルさんと一緒に行って?」
「何を言うんだ!森の中は魔獣がうろついているんだぞ!」
「プレアウッドなら何度も行ってるから・・・」
「いや、だめだ!俺も一緒に行く!マイルなら1人でも大丈夫だしな」
「でもそれじゃ・・・」
マイルに悪い、といいかけたアイメルの言葉をマイルがさえぎる。

「じゃ、しかたないね。うん、僕なら1人でも大丈夫だから・・・」
「すまないな」
ここでもアイメルはマイルにすまなそうな表情になる。


「その後も何かと理由をつけてはマイルさんの誘いを断るんです。
このままじゃマイルさんにまで迷惑掛けそうで・・・」

アイメルにやわらかい微笑みを向けるミッシェル。
「それは仕方ないと思いますよ。
アヴィンくんは9年の間、あなたに兄らしいことを何一つ出来なかった・・・
9年前、あなたを守ってあげられなかったことを今でも悔やんでいるんですね・・・」

そういうミッシェルの言葉に、
アイメルは無理やりアヴィンと引き離されてしまった9年前の出来事を思い出す。


「アイメルは俺が守るんだ!」

その言葉を最後に引き離されてしまったアヴィンとアイメル。
荒々しい獣車の車輪の音のなかからアイメルの耳に届いたアヴィンの言葉を、
アイメルはいまでもはっきりと思い出すことができる。


「やっと再会がかなったんですから、
しばらくの間はお兄さんと二人で水入らずというのも悪くはないんじゃないですか?」
「そうですね・・・
お兄ちゃんが私のことを思ってくれてるのはすごくよくわかりますし・・・」

「まぁ、少々心配が過ぎるところもありますがね」
「お兄ちゃん、昔からわたしのことにはすごくいっしょうけんめいだから・・・」
「ではあきらめましょう」
にっこり笑うミッシェルにつられてアイメルもおもわず顔がほころんだ。


さらにその数時間後、ミッシェルが午後のお茶を楽しんでいたところ、
今度はアヴィンが現れた。
「ミッシェルさん、最近マイルが冷たいんだ・・・」

苦笑を通り越して呆れ顔になるミッシェル。
「・・・今日はいったい・・・どうしたんでしょうね」
「今日は?」
「いえ、なんでもありません。
ミッシェルは気を取り直してアヴィンに尋ねる。
「で?アヴィンくんは何をお悩みですか?」

「こないだマイルと木を切りに行こうと思ったんだけど・・・」


話は一週間ほど前にさかのぼる。
見晴らし小屋の薪がそろそろなくなってきたので、アヴィンはマイルを誘いにきた。

「マイル、薪にする木を切りに行こうと思うんだけど、一緒に来てくれないか?」
「ごめん、今日は野菜の取り入れをすることになってるんだ」
「木を切りに行くときは他の仕事ほっといてもいつも一緒に行ってたじゃないか」
「今日どうしても取り込まないと熟れすぎになっちゃうからね」
「そうか・・・じゃ、しかたないな」


「そのあともなんだかんだ言って俺を避けてる気がするんだ」
ミッシェルは、はぁ〜っと大きくため息をついた。
「マイル君は、あなたがアイメルさんにばかりかまっているから気を使っているんですよ」

「アイメルは妹だぞ。9年も離れ離れになっていたけど・・・」
「そのとおりです。大事な妹さんです。
だからアイメルさんを守ってあげるのは当然です。
でも、アイメルさんと離れていた9年間、
あなたのさみしさを紛らせようと一生懸命努力してくれたのはマイルさんですよ?」
「!!」

「アイメルさんが帰ってきたらもうマイルさんは要らないんですか?」
ミッシェルの言葉にアヴィンは大きくかぶりを振る。

「あいつは親友だ!アイメルとは違う!
アイメルは俺が守ってやらなくちゃならないけど、あいつは・・・」
「あいつは・・・なんですか?」

「・・・俺と一緒に闘って・・俺のことを一番理解してくれて・・・
俺を守るためにベリアスに・・・」
そこまで言うと、アヴィンの声は詰まった。

「そのことをマイルさんに分かってもらう努力が必要だと思いますよ」

アヴィンはアイメルが見晴らし小屋に来てからのことを思い出す。

アイメルとノトスの森に入ったり、薬草を取りに行ったことは思い出すのだが、
その中にマイルはいなかった。

「・・・そうだ。俺はアイメルにばっかり気を取られて
あいつのことはほったらかしにしていたんだ・・・」

アヴィンは宿屋を飛び出し、ウルト村に向かう。
「やれやれ」
ミッシェルはお茶をひとくちすすり、ぱりんとせんべいをかじった。


マイルはウルト村の畑でにんじんの収穫を手伝っていた。

「マイル・・・」
「アヴィンじゃないか。どうしたんだ?」
「え・・と、その・・・」

マイルの目が真っ直ぐアヴィンに向けられ、アヴィンは口ごもる。
「マイル・・・すまなかった。
アイメルのことで頭がいっぱいになって親友のおまえをほっとくなんて、
ちょっとうかれていたみたいだな。
ミッシェルさんにいわれて気がつくなんて・・・」

「アヴィン・・・僕のほうこそ・・・
アイメルがアヴィンのたった一人の妹だってこと、頭の中ではわかってたはずなのに・・・
アヴィンがどんなに嬉しいかわかってると思ってたのに」
「それがアイメルを束縛していたのかもしれないし」
「無理ないよ。たった二人の兄妹が別れて暮らすには9年は長すぎるから・・・」

「これからはあまりアイメルを束縛しないようにするから」
「ムリしなくてもいいからね」
そう言って笑うマイル。
「大丈夫だったら!」



それからしばらく後、アイメルはバロアまでお使いに行くことになった。

バロアの宿屋の窓からミッシェルがお茶をすすっているのが見える。
アイメルは宿屋に入っていった。

「ミッシェルさん」
「おや、アイメルさん」

1人でいるアイメルに、ミッシェルは今回はさほど驚く様子もない。
ミッシェルは湯飲みをテーブルに置く。

「最近アヴィン君の様子はどうですか?」
「なぜか、最近しょっちゅう私に1人でお使いに行ってこいって言うんです」
アイメルの話を聞きながら、ミッシェルはふと窓の外の何かに気付いた。

くくっと笑いをかみ殺しているミッシェル。
「ミッシェルさん?」
「いえ、なんでもありません」

「相変わらず極端ですね。でも、少しは進歩したということでしょうか?」
「それが・・・そうでもないみたいなんです」
「そのようですね」
「あら・・・」

と、そのときトーマスが宿屋に入ってきた。
「お、アイメルちゃんじゃないか。いつもかわいいね」
「こんにちは、トーマスさん」

トーマスはミッシェルとアイメルのいるテーブルにくる。
「トーマス、いつバロアに?」
「物資の補給のためにちょっと立ち寄ったんだ。
全部積み込むにはもう少し時間がかかりそうだから、
アイメルちゃん、ちょっとデートしようぜ」
「え・・・でも・・・」

「トーマス・・・どうなっても知りませんよ?」
「今日はお兄ちゃんは一緒じゃないんだろ?」
「それはそうなんですけど・・・」
「なら、お茶くらいいいじゃないか。さあ、いこうぜ」
と、トーマスはアイメルの肩を抱いた。

その瞬間、トーマスの体が宙に飛んだ。
その後、ばきっという音が響いた。

「アイメルに何をする!」
「お兄ちゃん!!」
アイメルの前にアヴィンが立ちはだかる。

「やっぱり・・・こんなことだと思いましたよ」

「ってて・・アヴィンじゃないか。あとをつけてたのか?」
「ごめんなさい・・・お兄ちゃんが見張っているはずだからって言おうとしたんですけど・・・」

「アイメルはかわいいからな。トーマスさんみたいなのがいるから
一人でお使いにやらせるのは心配だったんだ」
「おまえ・・・幼稚園児のお使いじゃないんだから・・」
それまで笑いを抑えていたミッシェルが、とうとうこらえきれずにぷっと吹き出した。

「お兄ちゃん、私のこと心配してくれるのは嬉しいんだけど、
いきなりトーマスさんのこと殴るなんて、ちょっといきすぎよ。
トーマスさんに謝りなさい!」
「だ、だってアイメル、あいつはおまえを・・・」
「お兄ちゃん!!」
「はいっ!」

アヴィンはアイメルとミッシェルとトーマスを交互に見る。

アイメルの強い目に押され、アヴィンはトーマスに頭を下げた。
「・・・ごめんなさい」
「よろしい」
そう言ってアイメルはトーマスのほうに向き直る。
「トーマスさん、お兄ちゃんのこと、許してあげてくれませんか?」

アヴィンとアイメルのやり取りを吹きだしそうになるのをこらえながらみていたトーマスは、
生真面目な顔で仰々しく咳払いをして言う。
「よし、許してつかわす」
それを受けてアイメルも仰々しくお辞儀をする。
「ありがたく存じます、トーマスさん」

「さ、お兄ちゃん、そろそろ帰らないと日が暮れちゃうわ」
「ああ・・・そうだな」
「では、私たちこれで失礼します」


そんなこんなでアヴィンとアイメルはふたりで見晴らし小屋に戻っていった。
あとにはミッシェルとトーマスが残された。

「トーマス、血が出てますよ」
殴られた時に口の中を切ったのか、トーマスの口元から血が出ていた。
トーマスはそれを手の甲でぬぐう。

「つぅ・・・あいつ、本気で殴りやがった」
「今日のことは自業自得ですよ」
「あの性格も少しは治ったかと思ったんだがな・・・」
「相手があなたじゃ無理もないですよ」
「何だと?」
「なんにしても、しばらくは治りそうにはないですね」
「アイメルちゃんとのデートは当分ムリだな・・・はぁ」

バロアの宿屋にミッシェルとトーマスのため息がこぼれた。





お待たせしてしまいました。
500番のキリ番を踏まれた澪様のリクエストでアヴィンメイン・・・のつもりです。
日常的なひとコマ(どこがじゃー)・・・というものに挑戦してみたのですが、みごと玉砕しました。
結局はこのオチかい!というお叱りの声が聞こえてきそうです。
ああ、まだまだ修行が足りません。




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