贈り物


−1−


「ほほぉ・・・いい匂いがするのう」

ウーナの家から漂う甘い香りがマクベインの鼻腔をくすぐる。
そのにおいに引き込まれるようにマクベインはウーナの家に入っていってしまった。

「ウーナ、なにをしとるんじゃ?」
「あ、マックじいさん!」
ウーナの前には大小のボール、泡だて器、絞り袋・・・
ボールの中には茶色い液体。
「え、えっと、これは、そのぅ・・・」
ウーナは焦って真っ赤になっている。

「わかっとるわかっとる。わしとフォルトにじゃろ?
うれしいのぅ、この年になってもチョコをもらえるとはなぁ」
「えっ!?あっ、うん、そうなのぅ・・・」
口ごもりながら肯定するウーナ。

「おお、そうじゃ。わしのにはこいつをたっぷりと入れてくれんか?」
そういってマクベインはふところから茶色の小瓶を取出し、
テーブルの上においていった。

ウーナは内心冷や汗をかいていた。
「・・・マックじいさんの分、忘れてた・・・」
予備にとっておいたチョコレートをあわてて溶かし始めるウーナ。

その間に、ウーナは茶色の小瓶を開けてみた。

「あ・・いい香り」
甘く、わずかにほろ苦さを含んだ香りがあたりに漂った。

ためしにマクベインの分のチョコに一滴たらしてみる。
「ちょっと足りないかな・・・」

数滴たらしたところで、フォルトのチョコにも足してみようと思いつく。

「フォルちゃんのチョコの方が大きいんだから、
ちょっとくらい多く使ってもいいよね・・・」

フォルトのチョコにも瓶の中身を足して味を見るが、
チョコレートの量が多いので普通の味しかしない。

「全部入れちゃえ〜!」
ウーナは瓶に残ったものをぜんぶチョコに入れてしまった。



ふたり分のチョコレートを完成させたウーナはフォルトの家にやってきた。

「フォルちゃん、いる?」
出てきたのはフォルトではなく、マクベインであった。

「おっ、ウーナ、できたのか?」
「うん。これ、マックじいさんの分なのぅ」
「おおっ、ありがたいのぉ。さんきゅーな、ウーナ」
無邪気に喜んでいるマクベインをみて、
預かった小瓶の中身はほとんどフォルトのために使ってしまったことなど
とてもいえず、話を別の方向に振る。

「あの・・・マックじいさん・・・フォルちゃんは?
「フォルトならキタラの練習するとか言って灯台のほうにいったぞ」
「灯台ね。ありがとう」



フォルトは灯台のヘリに腰掛けてキタラの練習をしていた。
それをしばし見つめ、心を落ち着けようとしているウーナ。
どきどきどきどき・・・
心臓が頭の中にあるんじゃないかと思うほどに鼓動が大きく聞こえる。

ウーナはフォルトの後ろに立ち、声をかける。
「フォルちゃん」

「・・・・・」
返事がない。

「フォルちゃん!」

フォルトの体がびくっと跳ね上がる。
ふりむくと、ウーナが後ろ手に何かを隠し、もじもじして立っていた。
「あ、ウーナじゃないか。どうしたのさ」
フォルトはウーナの存在にまったく気がついていなかったらしい。

ウーナはフォルトの横に並んで腰をおろし、
きれいにラッピングされた包みをおずおずと差し出す。
「フォルちゃん、これ・・」
「あ、ありがと、ウーナ」

がさがさと包みを開け、
出てきた大きなチョコをぱきっと割って口に運ぶフォルト。
「あ・・おいし・・」
「ほんとぅ?よかった!」
「うん、ホントにおいしいよ」
フォルトはチョコをぱきぱき割って次々と口に放り込んでいく。

チョコのかけらを6つほど食道に送り込んだころ・・
「あれ・・・?顔が熱くなってきた・・
なんか体がふわふわする・・・」
「フォ、フォルちゃん、顔が真っ赤よ!」
「え・・・そう・・・?
なんだろ、すっごくきもちがいいんだぁ・・」
フォルトの目は焦点を結んでいない。

「うわぁ〜〜、世界がぐるぐる回ってるよ〜〜〜
あははははは・・・」
「フォルちゃ〜ん、どうしちゃったの!?しっかりしてよぅ!!」
「あれ、ウーナ、ウーナが二人いる〜〜・・
何でウーナが・・・二人も・・・いる・・・」

言葉が途切れると同時にフォルトの頭がウーナの肩にもたれかかった。
しかし、ウーナの肩ではその重みを支えきれず、頭はウーナのひざに落下した。

「フォルちゃん!!??」
ウーナはもはや耳どころか体全身が真っ赤になっている。

「くーくーくー」
そんなウーナの様子は露知らず、
フォルトはウーナの膝枕で気持ちよさそうに眠っていた。

その頃マクベインは、ウーナからもらったチョコレートを食べていた。
「ウーナの奴・・・ぜんぜん酒がきいとらんじゃないか
たっぷり入れてくれと言っといたのに・・・」





−2−


今日もウーナは染料工場の手伝いをしている。
染料の原料になる貝を煮立てている間はウーナの自由時間。
少し前にラコスパルマで開発された染料の評判がかなりよく、
あちこちから注文が来て忙しい日々が続いていた。
その疲れが出たのか、少しうとうとしていたウーナの耳にキタラの音が響いてきた。
「これって・・・」

ウーナは音に引き寄せられていった。
フォルトがいつも釣りのポイントにしている桟橋からキタラの音が聞こえてくる。

桟橋では、フォルトが釣り糸をたれながらキタラを弾いていた。
しかし、フォルトの弾いている曲はウーナの聴いたことのないものだった。

「フォルちゃん?」
「あ、ウーナ」
「その曲って・・・」
「僕さ、曲を作ってみたんだけど、聴いてみてくれる?」
「へぇ、フォルちゃんが作った曲だったんだ。どおりで聴いたことがないと思った」

フォルトはキタラを爪弾き始めた。
軽快な、やさしい調べがキタラからはじき出される。
しかし、その中にもある種の違和感をウーナは感じ取った。

「ねぇ、フォルちゃん・・・」
「ん?」
「よくわかんないんだけど・・・それってキタラじゃないほうがいいんじゃないのかなぁ」
「ウーナもそう思う?」
「うん・・・なんとなくなんだけどね」

「じゃあさ、ちょっと吹いてみてよ」
いきなりの提案に少々驚くウーナ。
ウーナは仕事の空いた時間にいつでも練習できるようにスカートのポケットにピッコロを入れていた。

「え?でも・・・」
「いいからいいから」
「うん・・じゃ、やってみるね」

ポケットからピッコロを取り出し、口に当てた。
ラコスパルマの海をピッコロの音色が風のように吹き抜ける。

吹き終わったウーナは思わず
「いい曲・・・」
とつぶやいた。

「うん。やっぱりピッコロに合うね。
この曲、ウーナにあげるよ」
ウーナはあまりにびっくりして
「えっ、この曲、フォルちゃんのオリジナルじゃないの?」
「んん、これはウーナにあげようと思って作ったんだ」
「!!」

「こないだのチョコには今日お返ししなきゃいけないんだってじいちゃんに聞いてさ。
でも何をあげたらいいのかわかんなかったし・・・」
フォルトはうつむいて頭を掻きながら言い訳する。
おそるおそる顔を上げると、涙がいっぱいたまったウーナの目があった。

あわててあやまるフォルト。
「ご、ごめん!やっぱり別のものの方がよかったね・・・」
「ち、違うの!」
こんどはウーナがうつむいてしまった。
そのまま、なかなか返事をしないウーナにフォルトは慌てる。

「ウーナ?ウーナってば」

「フォルちゃん・・・ありがとう。すっごく嬉しい・・・」
やっとそれだけ言うと、ウーナは再びピッコロを吹き始めた。





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