晴れていた。 たとえようもなく晴れていた。これ以上はないというくらいに晴れていた。 のどやかな午後。凪いだ海上を海の白鷲プラネトスII世号はゆったりとその雄姿を浮かべていた。 プラネトスII世号の甲板では洗濯物がひるがえり、 船長であるトーマスをはじめミッシェルを含めた乗組員全員が日向ぼっこをしていた。 ミッシェルはトーマスの古くからの友人であるが、最近はプラネトスII世号に入り浸っている。 トーマスは海をボーっと眺めていた。 「のどかだなぁ〜」 トーマスの言葉にミッシェルの相槌ものほほんとしている。 「のどかですね〜」 「これだけ気持ちがいいとなんだか歌いたくなってくるよな」 「カラタルですか?いいですね」 そばにいた副長のルカがその言葉を聞きつけ、 「じゃあ、早速タルを持ってきましょう」 ルカと船員数名が船倉に消え、数分後にはタルを抱えて上がってきた。 「さて、誰からいきますか?」 「一番は俺な!」 トーマスが真っ先に名乗りをあげる。 が、すぐさまルカをはじめ、船員全員の反対にあってしまった。 「キャプテンは最後ですよ!」 「真打は最後って決まってるじゃないっすか」 「お楽しみは最後までとっときましょうぜ」 「そ、そうか?」 口々に言いくるめられてトーマスは引っ込んだ。 「では最初は・・・」 プラネトスII世号船上はカラタル会場と化した。 「ひゅ〜〜〜〜〜〜〜〜!」 どこどこどこどこ・・・ ミッシェルが歌い終わると、船員がタルをたたいて盛り上げる。 「ミッシェルさん、歌が上手なんですね」 「俺もはじめてきいたぜ」 ルカとトーマスの言葉にミッシェルはふっと思い当たったように言った。 「そう言えばトーマスの歌って聞いたことがありませんでしたね」 「そうだったか?」 トーマスの言葉に船員たちがひそひそ話をはじめた。 「あれは歌とかいう次元じゃないよな・・・」 「歌に聞こえる奴がいるのかよ・・・」 そんなひそひそ話はまったく無視を決め込み、トーマスは発声練習をはじめた。 「ああ゙あ゚ああ〜」 ふたたび船員たちがひそひそ話をはじめた。 「キャプテン・・・相変わらず音痴だよな・・・」 「カエルの合唱のほうがまだマシだぜ・・・」 「今に始まったことじゃないがなぁ・・・」 トーマスはこれもしっかり無視して上機嫌で歌い始めた。 ピシッ・・・ ミッシェルの頭上で音が聞こえた。 「・・・なんですか?この音は・・・」 パラパラッ・・・と細かい木くずがミッシェルの頭に降りかかった。 「これは・・・」 ミッシェルの頭上から降り注いでくることだけはわかったのだが、 それが何を意味するのかは神の身ならぬミッシェルには知るよしもなかった。 トーマスは大声で歌いつづけていた。 プラネトスII世号の平和は終わりを告げていた。 ギシッ!! バサササッ!! ガラガラッ!! 激しい音に引き続き船上の至るところから声が上がった。 「メインマストにひびが!」 「ロープがきれて帆布が!」 「上陸用ボートが落ちました!」 「あっ、あれは・・・」 ルカが海の向こうを指差す。 何か丸いものがプラネトスII世号めがけて、いや、正確にはトーマスに向かって飛んできた。 ギャ〜スギャ〜ス!! バサバサバサッ!! 「壊血コウモリだ!」 どこからやってきたのか、壊血コウモリがその丸っこい翼でいっしょうけんめい羽ばたいていた。 その姿はなかなか愛嬌があるといえばあるのだが。 壊血コウモリはトーマスに噛み付くでもなく、トーマスのまわりを飛び回っている。 「トーマス、それは・・・」 「ああ、こいつらとは最近友達になってな。 慣れればかわいいもんだぜ。」 コウモリはトーマスの肩や指にとまって羽づくろいをしていた。 「たしかに魔獣もこうやって人になついている姿を見るとかわいいですね」 「ミッシェルさん、そんなのんきなこと言ってる場合じゃありませんよ!」 そうしている間にも船上の至るところで破壊活動が行われていた。 船員はみな船の破損個所の確認に追われていた。 「しかしおかしいですね。 ただの音痴なら回りのものにまで被害が及ばないはずなんですが・・・」 壊血コウモリは相変わらずトーマスになついている。 そのようすを見ていたミッシェルはふと思い当たった。 「壊血コウモリですか・・ふむ」 ミッシェルはルカを手招きで呼んだ。 「ルカ君、ちょっと手伝ってくれませんか?」 「はい、なんでしょう?」 「トーマスの頭を押さえててください」 「こう・・・ですか?」 ルカはトーマスの頭のてっぺんをがしっとつかんだ。 「次はちょっと上を向かせて・・・」 言われるままにミッシェルの指示どおりにする。 「トーマス、口をあけてください」 「あ?」 「ルカくん、押さえて!」 反射的に口をあけたトーマスのあごをルカが押さえた。 「ぐごっ!!」 ミッシェルはトーマスの口の中を覗き込んだ。 「ふむ・・・ 」 「以前もこんなことがありませんでしたか?」 その問いにルカが答える。 「そういえば知らないうちに茶碗や湯のみが割れることがありましたね」 「やはり・・・」 「ちょっとここを見てください。」 ミッシェルの言葉にルカがのぞきこむ。 「ここの歯がこうなっていますので・・・(前略) ここで空気の対流が発生して・・・(中略) 空気が出て行くときに超音波が発生していたんですよ。」 「超音波ぁ〜!!?」 その場にいる全員が声をそろえた。 「コウモリは口から超音波を発生させますからね。 コウモリは超音波を出すトーマスを仲間だと思っているんですよ。」 それを聞きつけた水夫たちがひそひそと言葉を交わしていた。 「おい、超音波だとよ・・・」 「キャプテンはコウモリだったのか・・・」 「ポッポちゃんと同類なのか?」 「違うだろ?ポッポちゃんは超音波なんか出さないからな」 ひそひそばなしを聞いたトーマスが怒鳴った。 「お、おまえらなぁ〜!!」 「ラップ、おまえの魔法で直らないのか?」 「魔法じゃムリですよ。外科的な手術でないと・・・」 「手、手術・・・できないのか?」 「わたしは医者ではありませんからね・・・ やってもいいのですが、どうなっても知りませんよ。」 「どういう意味だ?」 はなはだ不安な物言いにトーマスはたじろいだ。 「いえ、歯の形を変えるということはですね、 歯並びを変えて・・・ (前略) 歯のかみ合わせのバランスが・・・(中略) それに合わせて全部の歯とあごの形も・・・(以下省略)」 ミッシェルの講義は再び延々と続いた。 「顔の形が変わってもよいのでしたらやりましょうか?」 トーマスには最後の顔の形が変わるというところだけ理解できた。 「や、やっぱり遠慮させてもらうぜ・・・」 「おや、そうですか?今よりかっこよくなるかもしれないですよ?」 「かっこ悪くなることだってあるだろうが!!」 「そりゃま、そうですがね・・・」 この日からトーマスはカラタルがご法度となったのはいうまでもない。