「っくしっ!」 プラネトスII世号の昼下がり。 甲板にいるトーマスの耳にどこからかくしゃみが届いた。 くしゃみの主の足音と共にずるずるという何かを引きずるような音が階段を上がってくる。 「ラップ、おまえ・・・なんてカッコしてるんだ・・・」 トーマスは甲板に現れたミッシェルの姿を見て言葉を失った。 普段はローブをまとって飄々としているミッシェルの姿は・・・ ローブの上にどてらを着込み、首にはマフラー、頭には毛糸の帽子をかぶっていた。 ミッシェルは鼻をすすりながら答えた。 「風邪でもひいたのか?」 「ちょっと寒くてですね・・・」 「まあいいけどな・・・しかしそんなもん、どこからもってきたんだ? この船にはなかったはずだが」 「以前修行で立ち寄った寒村でいただいたんです。 なかなかぬくくていいですよ。トーマスも入ってみますか?」 「いや、いい・・」 「まあまあそういわずに・・・」 ミッシェルはふざけてトーマスをどてらの中に引きずり込んだ。 「は、離せー!」 トーマスはどてらの中で暴れる。 そのときミッシェルの身体が異常に熱いことに気がついた。 「おい!熱があるじゃないか!」 間近で見るミッシェルの顔も赤い。 微笑んではいるが、熱のためか目が少しうつろである。 「今日はここに泊まっていけ!」 「いいんですか?そろそろおいとましようと思っていたのですが。」 「あたりまえだろ!とっとと下で寝ろ!」 「後悔しても知りませんよ。」 「おまえをほっといてくたばられるほうがよっぽど後悔するさ。」 「ではお言葉に甘えて・・・」 「素直にそう言えばいいんだ。」 「部屋に戻らせていただきますね。」 「ゆっくり休めよ〜」 衣擦れならぬ綿ずれの音と共にミッシェルは船室へと消えた。 夜半過ぎ、船長室で眠っていたトーマスは見張りの水夫に起こされた。 「キャプテン、トップマストに火が・・・」 トーマスは寝ぼけ眼で答える。 「セントエルモの火だろ?そんなもん何度もみてるだろうが・・・」 「それが赤いんですよ」 「赤い?」 トーマスは不審に思いながら甲板に出た。 「あそこです」 水夫が指す方向に目をやると・・・ 「うわっ!!」 トップマストに火がついていた。いや、正確に言えばマストが燃えていた。 「何やってんだ!は、早く消せ!」 「しかし、あんな高いところでは・・・」 「キャプテン!!」 プラネトスII世号の機関士兼副長のルカが甲板に上がってきた。 「どうした!?」 「動力室の計器に雷が落ちました!!」 「なんだと!?」 「このままではエンジンが・・・」 「キャプテーン!!」 ルカの言葉にかぶって船首からも声が聞こえる。 「今度は何だ!!」 「急に竜巻が起こってジブ(船首にある三角形の帆布のようなもの)が一枚吹っ飛ばされました!!」 「とにかくみんな修復を急げ!!沈没してしまうぞ!!」 「アイアイサー!!」 ルカといっしょにエンジンの点検をしているトーマスは考え込んでいた。 「しかし、いったいなんだってんだ?」 ためらいがちにルカが返答する。 「キャプテン、もしかして原因はミッシェルさんじゃ・・・」 「ラップが?何でそんなことをする必要があるんだ?」 「風邪の熱に浮かされてうわごとで呪文を口走ったりしたら・・・ ミッシェルさんほどの魔道師ならば、うわごとでも魔法の発動に十分な力があるんじゃないでしょうか」 「ありえん話じゃないな・・・あいつに限っては」 「キャプテン!!」 トーマスを呼ぶ声がまたあがった。 甲板ではゴゴゴゴ・・・という地鳴りのような音が響き渡っていた。 その音が何を意味するかを理解したトーマスは戦慄を感じた。 「お、おい・・・」 トーマスに続いて甲板にあがって来たルカも同様であった。 「キャプテン・・・これはもしかして・・・」 「まさか・・・」 「リーン・カルナシオン!!」 その瞬間、視界が真っ白になった。 ミッシェルの犠牲になった魔獣の姿がここにいる全員の脳裏をよぎった。 「ぎゃああああああ!!!」 翌朝。 ミッシェルの寝ている部屋に朝日が差し込む。 その光で目を覚ました彼はぐぐーっと大きく伸びをした。 昨日あれほど高かった熱はすっかり引き、顔色も正常に戻っていた。 「ん〜っ、気分爽快ですね。」 ミッシェルは船内が異常な静寂で満たされていることに気がついた。 「おや?やけに静かですが・・・」 甲板ではトーマスをはじめ船員全員が伸びていて、足の踏み場もなかった。 ミッシェルはトーマスに近づいた。 「トーマス?」 「ううっ・・・」 トーマスはようやく頭を持ち上げた。 「ラップ・・・もう大丈夫なのか?」 「ええ。おかげさまで熱はすっかり下がりました。 なんでしょうかね。頭がすごく軽いんですよ。」 ミッシェルののほほんとした笑顔に、トーマスは心の底から安堵した。 「そうか・・・よかった、よかったな・・・」 意識が再び遠のいていった。