過ぎた日の夜想曲〜キャプテン・トーマス(仮題)

序章



重い木で出来たドアに付けられた小さなベルがカランと鳴り、ひとりの男が入ってきた。
襟の大きな白い水夫服。紅いスカーフを首に巻き、白い帽子を斜に構えた船員風の男であった。

エル・フィルディンの山間にある村の小さなバー。
カウンターしかない店内は暗く、灯りはテーブルの上のキャンドルのみであった。
椅子に座ってしまえばバーテンの首から上は暗くて表情すら見えない。
時間が止まってしまったような空間のなかでひとり飲んでいる男がいた。
彼は額に紅いバンダナを巻き、深いブルーのマントを羽織っていた。
魔道師であろうか、彼のわきには大きな杖が立てかけられている。
船員風の男が近づき、魔道師に声をかけた。
「ラップ、待ったか?」
その呼びかけに魔道師・・・ミッシェル・ド・ラップ・ヘブンは顔を上げた。
「いいえ、そうでもないですよ。」
男が横に腰掛け、バーテンを呼ぶ。
「ラム酒」
船員の前にロックグラスが置かれた。
無言で一口飲んだ。
ミッシェルは非常な違和感を覚えていた。
いつもならうるさいくらいに自分に絡んでくるこの男が、今日は静か過ぎる・・・。
おとなしい彼というのはこんなにも不気味なものだったのかと、
彼のペースにどっぷりつかりそうになっている自分を振り返った。
そんなミッシェルの思惑はまったく知らぬ様子で船員は2杯目をおかわりしていた。
男は何も話さない。
しかし、顔には笑みが浮かび、時折くくっと思い出し笑いをしながら飲んでいる。
ミッシェルはそんな彼に寒いものを感じながら問い掛けた。
「どうしたんですか?トーマス」
「いや・・・ちょっと昔のことを思い出してな・・・」
「昔のこと・・・ですか?」
トーマスと呼ばれた男のグラスの氷がカランと音を立てた。
「・・・聞きましょうか?」
「長い話になるぜ。」
「かまいませんよ。夜は長いんですから」
「そうだな・・・」
トーマスは微笑って静かに話し始めた。





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