ピアノ競争曲

挿絵:さらまんだー様

ひらっ・・・
「あれ?」
石畳の上に小さな紙片が落ちた。
あとにはぱたぱたと走り去る足音が残された。
紙片を拾い上げたのはマントを羽織った長い金髪の青年だった。
「マイル、どうした?」
前を歩いていた朱紅いバンダナの青年が足を止めた。
「アヴィン、これは・・・」
紙片には
「歌姫ウェンディとカヴァロ三重奏が贈る魅惑の演奏『星屑のカンタータ』
                        めくるめく夢幻の時間をお楽しみください」と書かれていた。
どうやらコンサートのチケットのようだ。
日付を見ると公演日は明日になっている。

アヴィンが足音のするほうに目をやると、キタラを背負った青い髪の少年が走っていくのが見えた。
「やっと動いたな」
「そうだね」
マイルはアヴィンの言葉に相槌は打ったが、その目はチケットを見つめていた。
「ふーん、チェロとバイオリンとピアノか・・・」
マイルの目が怪しく光ったのにアヴィンは気がつかなかった。

二人はメルヘローズのカヴァロにある国際劇場の前に立っている。
音楽家の総本山に相応しい荘厳なつくりのこの建物で、ヴェルトルーナ屈指の音楽家たちが演奏を行ってきた。
現在ここをホームグラウンドとして活躍しているのは、ピアニストのバルタザール、
バイオリニストのヴォルフ、チェリストのテオドラで構成されているカヴァロ三重奏、
そしてメリトスグループの歌姫ウェンディである。

「ここが国際劇場か・・・」
「結構大きいね」
「明日の下見をしていくか」
「うん!行こう行こう!」
マイルの声はやけに嬉しそうである。
何か心ここにあらずといった風情のマイルにアヴィンは不安なものを感じた。

金でできた大きな取っ手を引いて劇場の重いドアを開けると滑らかなバイオリンの音が流れてきた。
明日のリハーサルの真っ最中のようだ。
「アヴィン、ちょっとのぞいていこうよ。」
「まったく・・・ちょっとだけだぞ」

ホールに入ると、ピアノ、チェロ、バイオリンの見事なハーモニーに圧倒されそうになった。
明日の演目である「星屑のカンタータ」のリハーサルの真っ最中であった。
舞台の上で演奏しているのはピアニストのバルタザール、チェリストのテオドラ、
歌姫ウェンディ(彼女は歌手だから演奏はしないが)、
バイオリニストのヴォルフの代役としてアルトスである。
ヴォルフはカヴァロに攻めてきた木人兵のために手を怪我していた。
アリアの歌で怪我はいちおう治ったものの、明日の公演には間に合わない。
たまたまパン屋『リップルリング』に修行に来ていたアルトスにバイオリンの心得があったので、
ヴォルフの代役を務めることになっていた。

舞台に近づく二人にまず気がついたのはヴォルフであった。
「何だ?おまえたちは」
一人は額に朱紅いバンダナ、腰に剣を帯び、もう一人はマントを羽織ってブーメランを背負っている。
どう贔屓目で見ても音楽の都にはあまり似つかわしくないいでたちの二人をヴォルフはしげしげと見つめた。
舞台の上の4人もその言葉に演奏をとめ、二人に視線を集めた。
「あなたたちは・・・」
「この国の人たちじゃないみたいね」
「このヴェルトルーナのどの国の方とも違うみたいですが・・・」
4人の問いにマイルが答える。
「ちょっとわけありでね。この国の人間じゃないんだ。
それよりこの国の音楽の水準って思ったより高いんだね。感心したよ。」
「おい、そいつは聞き捨てならないな。」
その言葉が耳に入らなかったように舞台に上がったマイルは、
バルタザールに話し掛けた。
「ちょっと弾かせてくれる?」
「どうぞ」
マイルは白い指を鍵盤の上に滑らせる。
豊かな、そして力強い音が流れでた。よく手入れされていることがすぐにわかった。
「いいピアノだね。明日の演奏、僕に演らせてくれないか?」
「なんだと?」

あまりに唐突な言葉にヴォルフとバルタザールは目を見張った。
マイルに続いて舞台に上がりかけたアヴィンの足も止まった。
マイルはいささかも悪びれる様子はなく、しれっとした表情をしている。
「おまえ、ピアノが弾けたのか?」
「弾けるよ」
あっさり言われて、アヴィンはしばし絶句した。
「俺はおまえのピアノなんか聴いたことないぞ」
「そりゃそうだろうね。僕がピアノ弾いてるときってアヴィンはいつも寝ちゃってるじゃないか」
「そうだったか?」
「完全に熟睡してるよ」
「うーん・・・覚えてないな・・・」
「何度起こしてもだめだったんだから」
「じゃあ、今度起きてるときに弾いてくれ。寝ないで聞いてるから」
「いいよ、もう・・・あきらめてるさ」
ウェンディとテオドラはくすくす笑っている。対照的にヴォルフはあきれていた。
「おもしろい人たちですね」
「おまえたち・・・夫婦漫才はどっかよそでやってくれ。
俺たちは明日のリハでそれどころじゃないんだ!」
「何で俺とマイルが夫婦なんだ!?」
慌ててアヴィンが言い返す。
ヴォルフはそれには答えず、怒鳴り返した。
「俺の代わりのアルトスを仕込むだけでも大変なのに、これ以上厄介事を増やすな!
この国際劇場は多くの音楽家のなかから選ばれたものだけが許される栄光の舞台なんだ。
おまえたちみたいな素人がバルタザールにかなうわけがないだろ!」
「ヴォルフ、そのくらいでやめといたら?」

チェリストのテオドラがとりなす。
「ごめんなさいね、ヴォルフはコンクールでバルタザールに勝ったことがないもんだから・・・」
「テオドラ!余計なことは言うな!」
ヴォルフはいまいましげに言った。
「バルタザールは俺が認めた唯一のピアニストだからな。
文句があるなら一曲聴かせてもらいたいもんだね。」
「もちろん。望むところさ。」
「マイル!?」

「バルタザール、どうだ?」
バルタザールとしても、ヴェルトルーナを代表する超一流ピアニストとしてのプライドがある。
このまま引き下がるわけにはいかない。
「僕はかまわないですよ。」
バルタザールはピアノから立ち上がってマイルを見据えた。
「今後の参考のために、この国以外の人の演奏も聴いてみたいですしね。」
バルタザールの表情に不敵な笑みが浮かんだ。
マイルも挑戦的な目でバルタザールを見た。
マイルとバルタザールの対峙。二人の視線がぶつかり、火花が散った。
ピアノ合戦なんかしている場合か!とアヴィンが言いかけたが、
にらみ合う二人の後ろにめらめらと燃え盛るオーラを見た気がして、なにもいえなくなった。
「あ〜あ、知らねえぞ・・・」
アヴィンは宙を仰いだ。

「決まりだな。で、判定は誰がやるかだが・・・」
「私たちはバルタザールの身内だし・・・」
「演奏を聴きに来てくださるお客様はヌメロス兵ですから・・・」
ヴォルフがアヴィンを見て言った。
「おまえは剣士みたいだから幾分ヌメロス兵に感性が近いだろう。」
俺はヌメロス兵と同レベルなのか・・・と、なんだかめげそうになるアヴィンであった。

「まずはバルタザール、次に金髪の兄ちゃんだ」
「アヴィン、今回は寝ないでよ。審判なんだからね。」
「努力はしてみるが・・・」
自信なさげにアヴィンは客席に向かった。

アヴィンが客席についたところでバルタザールの演奏が始まった。

「ふーん、やるね。」
マイルもヴェルトルーナ随一のピアニストの演奏は認めざるをえなかった。
アヴィンも感心してバルタザールの演奏を聴いていた。

続いてマイルが演奏をはじめた。
鍵盤の上を軽やかに指が踊る。
「ほう・・・」
マイルは完全に自分の世界に入り込んでいた。
最後のキーを弾いてマイルの演奏が終わる。
はじめはマイルを胡散臭げに見ていたヴォルフの目が少しおだやかになった。
テオドラとウェンディも感心してマイルを見ている。
「素人にしてはましなほうだな」
「なかなかやるわね」
「そうですね」
バルタザールはなにも言わなかったが、マイルの演奏には心中穏やかならぬものを感じていた。

「バンダナの兄ちゃん、どっちだ?」
ヴォルフが問うが、客席からは返事がない。
「アヴィン?」
まさかと思ってマイルが客席に目をやると、アヴィンは客席で大口を開けて寝くたれていた。
次の瞬間、アヴィンに向かってマイルのブーメランが飛んだ。
「アヴィンの・・・バカっ!!!!!!」

勝負の行方は、アヴィンがマイルの演奏を聞いていなかったという理由で結局バルタザールの勝ちとなってしまった。
国際劇場の屋上ではアヴィンがマイルを何とかなだめようと必死になっていた。 「マイル〜、悪かったって言ってるだろ?」 「・・・」 マイルはすっかり怒ってしまって口を開こうともしない。 アヴィンは、はあ〜っと大きくため息をついた。 「明日はおまえに華を持たせてやるから・・・」 その言葉にぴくっとマイルが反応した。 「ほんとだね?」 「ああ・・・」 目を輝かせて気合を入れるマイルを尻目に見ながら、 明日は俺の出番はないな・・・と確信したアヴィンであった。


挿絵はさらまんだー様からいただきました。
ご本人様はらくがきとおっしゃってますが、らくがきというレベルじゃないですよねぇ。
すばらしいです。



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