2001年 日中経済協力会議ー於吉林

「IT・ハイテクに関する協力促進」
セッション
の総括と今後の方向








(社)日本化学工業協会

常務理事
伊藤 征一











平成13年8月



日中東北開発協会

「2001年 日中経済協力会議−於吉林」報告書より




[1] はじめに

  まず、今回の日中経済協力会議に、『IT・ハイテクに関する協力促進』というI
T関連のセッションが設けられたことの意義を強調したい。また日本側から、株式会
社日立製作所、株式会社東芝、NTT
コミュニケーションズ株式会社といった、日本
を代表するIT関連企業の参加を得たことも、日中経済協力におけるIT分野の重要
性が認識されたことを示しているといえる。

 ただ、「IT・ハイテクに関する協力」というテーマで何を論ずるかについての事前
打合せが十分とは言えず、必ずしも、統一されたストーリーに従って議論が進められ
たとはいえなかった。しかしながら、参加者の発言内容を整理する過程で、今後のI
Tに関する協力の道筋が見えてきた。

 そこで、本稿では、まず、上記の道筋を導き出したキーワードとして、会議の発言
の中で提示された「ネットコミュニティー」、「ボーダレス・コラボレーション」、「国
際分業」などの概念をとりあげ、これらが中国の技術者による「労働サービスの輸出」
につながるものであることを指摘する。

 次に、今回の訪中団のメンバーの一人が、中国人技術者に日本語教育を施して日本
に送り込むような仕組みを作るため、会議外で行なった活動に触れる。また、そこで
考えられている「中国人技術者の日本での雇用」と前記の「労働サービスの輸出」と
を比較しながら、IT技術者の育成、活用の問題を考察する。

最後に、以上の検討を踏まえ、今後の日中のIT・ハイテクに関する協力の具体
的テーマとして「IT技術者の育成と活用
」の問題を取り上げるべきこと、また、農
業分野のコラボレーションのためのバーチャルなインフラとして、「中日農畜産物情報
交流センター」をネットワーク上に構築するプロジェクトを取り上げるべきこと、さ
らに、これらを検討していく場として電子会議室を活用すべきことを提案する。

[2] ボーダレス・コラボレーション ―ネットワークによる国際協力の新形態―

 「IT・ハイテクに関する協力」と聞いてまず思いつくことは、ITや通信ネット
ワークを使うことによって、物理的な距離を無くすことができるということである。
ITやネットワークを使えば、遠くはなれた日中両国民が、あたかも同じ場所で一緒

に行動しているような環境を作り出すことができる。日中両国民が同じ場所で生活し
たり、同じ会社で働いたりしているような状態を作り出すことによって、いろいろな
形の協力が展開できる。遠くはなれた人たちが、日常生活でも、遊びでも、仕事でも、
あらゆることがネットワークによって一緒にできる。これを「コラボレーション(協
働)」と呼ぶことにする。

通信ネットワークを活用すれば、日中両国で国境を越えてコラボレーションを行う
ことができるようになる。このようなコラボレーションは、「ボーダレス・コラボレ
ーション」と呼ぶことができる。ボーダレス・コラボレーションが広まっていけば、
地理的に離れている北東アジアの国々が、機能的には一つにまとまってしまうこと
になる。そのまとまりは、「北東アジアネットワーク経済圏」と呼ぶことができる。

 IT・ハイテクに関する協力の究極の目的はこのようなネットワーク経済圏の構築
であるといえる。このようなネットワーク経済圏こそが、IT時代の「北東アジア経
済圏」を作り上げていくことになるのである。最近は、北東アジア経済圏についての
議論があまり行われていないようだが、ネットワークを利用したボーダレス・コラボ
レーションが現実のものとなったいま、北東アジア経済圏構想の再検討というテーマ
が新たな意味を持つようになったといえよう。

[3] ネットコミュニティーとインターネット・データセンター(iDC

 株式会社日立製作所の片岡雅憲氏の報告『ネットコミュニティーを支えるIT技術
―その動向と展望―』の中で提唱されている「ネットコミュニティー」は、まさに、
このようなコラボレーションを行うための、ネットワーク上のバーチャルな場である
といえる。この「ネットコミュニティー」の具体的展開については、後出の「8.今
後の活動に関する提案」で述べることとする。

また、片岡氏は、このネットコミュニティーを実現していくためのリアルな場とし
て、「インターネットデータセンター(
iDC1」の活用を提案されている。iDCとは、
「高速なインターネット回線に接続された信頼性の高いサーバーなど、種々の資源を
堅牢な建物内に置いて顧客に提供し、インターネットビジネスのシステム運用サービ
スなどを行っている施設」のことである。この
iDCを利用すれば、自ら設備を持たずに
インターネット・ビジネスを行なうことができる。また、
iDCは、サーバーなどのハ
ードウェアの提供にとどまらず、新しいビジネスモデルを展開するためのさまざまな
資源を提供しており、それらを使って顧客企業同士のコラボレーションの支援を行な
うなど、ビジネスモデルのコーディネータとしての機能をも果たすようになってきて
いる。

途上国がこのiDCを利用するようになれば、先進国が経験してきたインターネット
ビジネスの形成過程を経ずに、いきなり最新の設備による最先端のビジネスモデルを、
自らの設備を持たずに実現することができるようになる。そのため、
iDCの活用はデ
ジタルデバイドの解消のためにも有用であり、「IT・ハイテクに関する協力」の中
で考慮すべき重要なインフラであるといえる。

[4] 製造業のボーダレス・コラボレーション

今回の片岡氏の報告では、ネットコミュニティーを実際に構築していくための技術
面・サービス面での解説がなされたが、いまや、このような技術・サービスが実用レ
ベルで利用可能になったのである。

そこで次は、そのような技術やサービスを使ったネットコミュニティーの中で、具
体的にどのようなコラボレーションを行うべきかを考えることが必要になる。
NTT
コミュニケーションズ株式会社では、アパレル産業をはじめ各種産業向けに、通信ネ
ットワークを利用したコラボレーションのためのシステムを提供している。

 アパレル産業の場合は、日本側でアパレル会社がCADを使って型紙を作り、その
CAD情報をインターネットで中国に送り、それに基づいて中国の縫製会社が実際に
衣服を作るという一連のコラボレーション作業を効率的に行うためのシステムが作ら
れている。このように設計部門で作られた
CADデータを、生産部門がインターネッ
トを通じて受け取り、それに基づいて生産が行なわれるという形態のコラボレーショ
ン・システムは、金型や製材などについても利用可能になっている
2

 最近は、パソコンメーカーなどが、自ら生産をせず、受託生産専門業者への外注が
行なわれるようになってきた。特定会社の下請けとは異なる、中立的な受託生産専門
業者によるアウトソーシング・サービスは、
EMSElectronic Manufacturing Service
と呼ばれている。このEMSでも、発注者と受注者のネットワークを通じたコラボレ
ーションが重要な役割を果たしている。

以上のようなコラボレーション・システムは、ネットコミュニティーの一部品とし
て位置付けることができる。また、吉林省人民政府副秘書長
楊紹明氏が提案された
「中日農畜産物情報交流センター」構想(資料1参照)をネットワーク上で実現する
ようなシステムができれば、これもネットコミュニティーの一部品となる。

[5] ボーダレス・コラボレーションの有用性

ボーダレス・コラボレーションは、地域間の「相互補完」を行なう。例えば、日本
市場からの需要を中国に持ち込み、中国の労働者を使って生産活動を行なうことによ
り、日本の大きな市場と中国の良質で安価な労働力との相互補完が行なわれる。

 また、ボーダレス・コラボレーションは「技術移転」を促進する。ネットワークは
その構成要素のボトルネックを許さない。ボトルネックの存在はネットワーク全体の
機能を損なうため、ボトルネックが生じそうになれば必死になってそれを取り除こう
とする。コラボレーションによって、このような技術平準化の力学が働き、水が高き
から低きに流れるような技術移転のメカニズムが作られるのである。

 このようなボーダレス・コラボレーションは、アパレル、金型、製材およびその関
連産業(繊維、自動車、住宅など)のような従来型の製造業や、IT関連機器の
EMS
農業、ソフトウェア開発業にいたるまで、広範囲に適用することができる。

このようなボーダレス・コラボレーションの有用性に着目し、新潟ジット事業協同
組合と黒龍江大学関係のソフトウェア会社との提携事業
3でも、各種製造業のボーダ
レス・コラボレーションの支援を計画している(資料2参照)。なお、この提携事業
が企画した研究・開発プロジェクトは、新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)
の平成
13年度「情報化支援研究協力事業」実施プロジェクトとして採択されることと
なった。NEDOのこのプロジェクトは、ODAの資金による助成プロジェクトであ
り、新潟県の機関(新潟ジット事業協同組合および新潟大学)と中国東北地方の諸機
関(黒龍江大学情報技術研究所、大連の
China Soft Co., Ltdなど)という地方機関
同士のIT分野の共同プロジェクトにODA資金が供与された事例として、大きな意
義を有するものである。

[6] コールセンターなど間接業務のボーダレス・コラボレーション

株式会社東芝の永池克明氏の報告『ハイテク産業の発展と協力』では、中国の製造
業は国内の「華南経済圏」、「華東経済圏」、「華北経済圏」といった経済圏同士で
地域的な分業を行い、さらに、これらが国際分業ネットワークの一翼を担うように発
展していくべきであるとの指摘があった。これは、それぞれの地域が自らの最も得意
とする産業に特化した生産と貿易を行うことによって、より大きな利益が得られると
いう考え方である。

製造業の場合は貿易によって国際分業体制を作ることができるが、保険会社の請求
業務やカード会社の照合業務、顧客対応の窓口業務やコールセンター業務など、間接
業務のサービスは貿易ができない。しかしながら、こうした業務でも、通信ネットワ
ークを利用すれば、外国の労働者を使うことができる。大前研一氏は、これを「電話
線を通じて“雇用”が輸入された」と表現している
4。すでに、アメリカやヨーロッパ
大陸の間接業務が、同じ英語圏のアイルランドやインドに外注されており、日本と大
連の間でも同様な事例が出てきている
5

大連の事例では、パソコンを使った日本語習得プログラムにより、言語の問題も解
決されているという。ボーダレス・コラボレーションで使われる言語が相互に異なる
場合、受注者側、雇用者側に、「仕事を取るために相手の言語を習得しよう」という
インセンティブが働く。このような経済力学を利用することによって、無理なく言語
の問題を解決することができる。これまで述べた日中のコラボレーションでは、日本
の仕事を中国側が請け負うという関係になっているため、主として日本語が使われて
いる。今後、日本側が中国市場から仕事を受注する段階になれば、中国語が使われる
ようになるだろう。これによって、日中の言語の相互普及が促進されることになる。

また、コールセンターなどの業務は外国語やパソコンの活用能力を必要とするレベ
ルの高いものである。中国でこれらの業務を行うことにより、日本企業の顧客対応に
関する考え方やノウハウの移転が進めば、中国企業の意識改革や体質改善にも資する
ことになる。このように多くの副次効果を持ち、雇用吸収力の大きい間接業務のコラ
ボレーション体制を構築することは、今後の日中交流に大きな役割を果すものと思わ
れる。

[7] ソフトウェア開発のボーダレス・コラボレーション

 ソフトウェア開発の場合にもボーダレス・コラボレーションが効果を発揮する。例
えば、インドのバンガロールのソフトウェア会社はアメリカのシリコンバレーからソ
フトウェア開発を受注し、インターネットを通じて情報のやりとりを行いながら開発
を進めている。バンガロールは、シリコンバレーとの間でこのようなコラボレーショ
ンを行って、ソフトウェアの大輸出地となったが、中国の東北地方と日本の間でも、
同じような連携を推進していくことが考えられる。

このバンガロールについては、シリコンバレーの下請け基地として発展してきたこ
とに注目すべきである。国内産業として輸出競争力をつけてから輸出を始めたのでは
なく、アメリカの下請け基地として、初めから輸出しかしてこなかったのである。こ
のことは、国内需要の無いところでも、通信ネットワークがあれば、ソフトウェア産
業は輸出産業として成り立ち得ることを示している。

 ただ、ここでの輸出は、ソフトウェア製品の輸出というよりは、労働力の輸出とい
うべきである。技術者を現地に置いたまま、発注者の指示に従って作業を行うという
形態の、労働サービスの輸出である。これに対して、最近は、ソフトウェア技術者が
直接日本に来て働くという動きも出てきている。これは、労働サービスを提供する技
術者そのものの輸出ということである。

 これを日本の立場から見ると、前者は安価な労働力を使おうというところに力点が
ある。後者は、技術者が日本で生活することを前提とするため、コスト的には日本人
を雇うのと大差なくなってしまうが、狙いは労働の量と質である。コストは高くても、
技術者の絶対量の不足を補ったり、また高度な技術者がいれば日本人を押しのけてで
も雇用したいというところにポイントがある。

 以上のように考えてくると、「コラボレーションによるソフトウェア開発」も、「ソ
フトウェア技術者そのものの輸出」も、ともに、労働の輸出という点では、本質は同
じであるといえる。

[8] 今後の活動に関する提案

 上記のソフトウェア開発における日中間のコラボレーションは、「中国の技術者を
現地に置いたままその労働力を活用する仕組み」ということができる。

一方、今回の訪中団のメンバーである株式会社谷事務所の足立英夫氏は、「中国の
技術者に日本語教育を行って、日本で一定期間働いてもらうための仕組み」を作るた
め、経済協力会議とは別の場で関係者との意見交換を行なった。足立氏の考え方は、
「中国の技術者を直接日本に連れてきて雇用しよう」というものであり、より直接的
に中国人技術者の調達を図ろうとするものである。

「ボーダレス・コラボレーションによる現地技術者の活用」も、「中国人技術者の
日本での雇用」も、ねらいは異なるが、中国の技術者を活用しようという点では目的
を一にしている。このような観点から、今回の議論の延長上に、『IT技術者の育成
活用』という課題が見えてくる。

また、ネットコミュニティー内で展開されるボーダレス・コラボレーションとして、
製造業やソフトウェア開発業などに加えて、農業分野を忘れてはならない。前述の
「中日農畜産物情報交流センター」は、農業のコラボレーションのための、ネットワ
ーク上のバーチャルなインフラとして位置付けることができる。このような観点から、
このセンターをネットコミュニティーの一部品として構築するためのプロジェクトが、
のテーマとして浮かび上がってくる。このプロジェクトについては、NEDOな
どを含めた公的支援の利用も考えられる。

 以上の考察に基づき、「IT・ハイテクに関する協力促進」プロジェクトの今後の
すすめ方について、以下のとおり提案する。


(1) 日中経済協力のための専用ポータルサイト6(「ネットコミュニティー」を展開し
  ていくための拠点となるサイト)を立ち上げ、その中に電子会議室を設けて、以
  下の議論を展開する。


(2) 電子会議室で議論すべきテーマ
  1.「IT技術者の育成と活用」のための仕組み作り
   ・中国人技術者の育成と労働力の活用を目的とする、ソフトウェア開発のボー
    ダレス・コラボレーションの推進

     ・日本で働くことのできる中国人技術者の育成機関の設立と、日本での受入れ
    体制の整備

  2.「中日農畜産物情報交流センター」の機能をネットワーク上で実現して農業分
    野のボーダレス・コラボレーションを推進するための具体案

  3.アパレル産業、金型産業、製材産業などの諸産業とその周辺産業(繊維、自動
    車、住宅など)IT関連機器の
EMS、およびコールセンターなどの間接業務な
    どについてのボーダレス・コラボレーションを推進するための具体案

  4.「セーフガード」など、上記テーマに関連する政策課題

(3) 将来は、上記の議論に基づいて、各産業のボーダレス・コラボレーション機能を
  順次このポータルサイトに組み込んでいく。


(4) 別途、各分野のコラボレーションに必要な共通機能(決済機能など)を組み込ん
  でいく。このようにしてできるネットコミュニティーは(資料3)のようになる


(5) 上記3)4)の段階で、ポータルサイトを本格的な専用サーバーに移行すること
  する。それまでは、  プロバイダーなどが提供するサーバー内にホームページ
  を構築し、そこに設けられた電子会議での議  論と各種情報提供を中心に活動
  を進める。


(6) なお、ポータルサイトを本格的な専用サーバーに移行する際、インターネットデ
  ータセンター(
iDC)の利用について検討する。iDCの利用についは、日本側のiDC
  を利用するケースと、中国の高新技術産業開発区に
iDCを建設するケース、両者を
  連動して利用するケースが考えられる。





[注]

1稿の iDCに関する記述については、片岡氏の解説と併せて、下記の書物に拠った。
  大橋正和・長井正敏「インターネットデータセンター革命」(20011月、インプレス)


2 情報通信ネットワークによる北東アジアの企業連携』(20013月、財団法人環日本
 海経済研究所)の第
1章参照。なお、同じ内容が、当会議の「発言原稿集」および下記
  
のURLにも掲載されている。
       
http://www.ne.jp/asahi/itoh/seiichi/ERINA_Chap1.htm 

3 脚注2に挙げた文献にこの事業の簡単な紹介がある。

4 大前研一『ネットを通じて間接業務を輸入』(夕刊フジ13619日)

5 大前研一『日本のホワイトカラーの「仕事」を「北の香港」大連が奪っていく』

 (SAPIO 2001725日号)。
 大前研一『「間接業務のユニクロ化」が中国の大連・瀋陽で動きだした』
 (
SAPIO 20011114日号)。
[ この項追加 (2001年11月)]

6 「ポータル(
Portal)」という言葉は、玄関とか入り口という意味である。「ポータ
 ルサイト」とは、ある目的を持ってインターネットにアクセスする際の入口、拠点と
 なるサイト(ホームページ)のことで、当該目的に合った種々のサービスメニューが
 提供される。




[参考資料]

(資料1)吉林省人民政府副秘書長 楊紹明氏の「中日農畜産物情報交流センター」構想
(資料2)既存産業の日中コラボレーションの構想図
(資料3)ネットコミュニティーの構想図











        ====================================================
      本稿は、2001年5月に中国吉林省の長春で行なわれた
          「2001年 日中経済協力会議ー於吉林」
      の報告書から、筆者の執筆部分を抜き出したものである。

               [本報告書の問合せ先]
               日中東北開発協会
             東京都港区虎ノ門2-6-4
           (電話)03−3592−6891

        ====================================================