さわりと風が部屋へと入ってくる。
暖かい、この天界の気質のような生ぬるい風。
未来永劫続くのだろうそれは、ただ自分達を腐敗させていくだけだ。



硝子の花 −後編−



扉を叩く音で、金蝉の意識は引き戻された。どうやら仕事をしつつぼんやりしていたらしい。特に何を考えていた訳でも無く、ただただぼんやりとしていただけ。少し休憩をした方が良いのかもしれない。そう思いつつも、ただ何となく仕事をこなしていた。金蝉には他にやることも考えることも何もなかった。ここ数日、何を考えることも無く、書類を決裁していくだけの人形のように、一日中黙々と書類を決裁していた。
「開いている」
手も止めず、視線を上げることすらせず、そう応えると部屋の扉が開いた。
何か用があるのなら勝手に話し始めるだろうと、見もせずに放置していると相手が金蝉の執務机の傍まで歩いて来た。
ふわりと甘い煙草の香が届き、視界に白衣が入ってくる。
侍女では無い事に気付き、金蝉は顔を上げた。
「お忙しそうですね」
金蝉の視線が自分を捉えたのを確認して、天蓬がふわりと笑んだ。
「……いつも通りだ」
仕事の量も忙しいのも自分と天蓬との関係も。何も変わらない。何も無かった。
何も、無かったのだ。
以前と同じだ。
―――あれは夢みたいな物だったのだ。一時の、幻。
金蝉はあの時天蓬との関係を終わらせた。つもりだった。元の関係に戻れるなどという都合の良い事は考えていなかった。けれど、天蓬は数日後に金蝉の部屋を訪れたのだ。以前と全く同じ様に。
戸惑ったのは金蝉の方である。今までの出来事全てが悪い夢かとも思った。けれど、金蝉は直ぐに気付いた。
天蓬に取って、金蝉との『遊び』は取るに足らない物だっただけなのだと。
金蝉が勝手に遊び相手に名乗り出て、そして降りただけ。天蓬にはそんな相手はいくらでも存在するのだから、その中の一人がどうしようとさしたる問題では無いのだ。
そして、降りたのならば今までの関係に戻るだけだと。
いかに自分が彼に相手にされていないか、終わりを告げたとき以上に痛感した。気不味くすらならない程、天蓬は金蝉に興味が無いのだ。
自嘲する以外、金蝉に何が出来ようか。
「テメェこそ忙しいんじゃねぇのか? 先日地上に下りたんだろ?」
「おや、良く御存知で」
「テメェは目立つんだよ。俺がテメェと親しいなんて勘違いした奴らがあれこれ俺に報告していきやがる」
「勘違いなんですか?」
「勘違いだろ」
どこが親しく見えるのか教えて欲しいものだと、金蝉は本気で思う。そして何より親しいと思っていない本人に言われたくもない。
「酷いですねぇ。僕がこんなに貴方を思っているのに」
ンな事思ってねぇくせに。
金蝉はふざけた調子で言う天蓬をじろりと睨み付けた。金蝉がどんなに近くに居たいと願おうとも、天蓬にそんな気がないのは明らかだ。
なのにその台詞か。
軽口の中に紛れた、まるで金蝉に好意があるかのような言葉。意味も意図も無い、思ってもいない上辺だけのその言葉に、金蝉は騙されたのだ。
「くだらねぇ」
吐き捨てて再び書類に目を落とす。クスクス笑う天蓬の声がささくれだった心に引っ掛かり、苛々する。
天蓬との関係が見かけだけは以前のように戻ったとしても、感情はそうはいかない。金蝉には天蓬のように割り切ることは出来なかった。
終らせれば楽になると思っていたのに―――。
なぜ泥沼の様な苦しみが続くのか。誤算としか言い様が無い。必死で目を逸らし奥底に閉じ込めた苦しみが、ふらりと訪れる天蓬を見る度に眼前に突き付けられるのだ。
「金蝉?」
微動だにしない金蝉を不思議に思ったのか、天蓬が金蝉の前髪を避け顔を覗き込む。
「よせ」
顔を振って金蝉はその手から逃れた。けれど、本当の意味で天蓬から逃れることなど、金蝉には出来はしないのだ。
どんなに苦しかろうが、絶望しようが、この感情が消えない限り、逢いたいと願う呪縛からは決して逃れられはしない。
それでも、もう一度あの関係を望むことだけは無いだろうが。
いくら逢いたいと願い触れたいと渇望しようと、あの際限の無い苦しみへ再び踏み込む事は出来ないのだ。
こんな感情はいつか消える。
金蝉に出来るのはただその時を待つ事だけだった。



変化の無い時間が流れて行く。何も変わらず、同じ様な単調な日々。窓の外にはいつも通りの満開の桜。
けれど、金蝉の目に映る全ては色など無かった。何を見ても、知覚として捉えるだけで、心に届かない。見えてはいるのだ。色も形も判るのに、それだけなのだ。
色褪せた変化の無い時間、消える事のない苦しみ。少しずつ感情が死んでいくのを感じる。いっそ感情など消えてしまえばこの苦しみから解放されるのではないだろうか。何を見ることもせず、このまま朽ちてしまえば良いのに。
しかし、それは、他でもない天蓬自身によって阻止されるのだ。
いくら金蝉が感情を無くした気になろうとも、不意に訪れる天蓬が必ずそれを呼び起こしてゆく。褪せた世界に鮮明な色を纏い目の前に現れ、色も音も感情さえも鮮やかに蘇らせては、思わせぶりな微笑を残して帰って行くのだ。
何故天蓬が自分に愛想を尽かさないのか、金蝉には解らなかった。
天蓬が興味を持つようなモノは何一つ持っていないのに。天蓬が嫌う天界の気質にただ流されているだけの、つまらない人間だというのに。彼の遊び相手すら務まらない、本当につまらない、矮小な人間。いつか、天蓬は金蝉に飽きるだろうとずっと考えていたその時が今だと思ったのに。
けれど、天蓬は金蝉の部屋を訪れる。何度も何度も。以前の様に。諦める事は許さないというかの様に。
際限の無い苦しみが金蝉をがんじからめにする。
どうすれば終わらせる事が出来るのか、もう金蝉には解らなかった。
金蝉が何を言っても天蓬には届かないだろう。
金蝉がいくら終わりの言葉を紡いでも、天蓬は子供の戯れ言のように本気にはしない。それどころか、金蝉の好意を知っているかの様な傲慢さで笑うのだ。
天蓬の方が年齢が上である事は知っていたが、経験の差も加わるとまさかこんなに相手にされないとは思ってもみなかった。
本気の言葉も拒絶も受け取って貰えないなど考えたことも無い。これでは、相手にされる筈も無い。例え金蝉が全てを終わらせるために天蓬を好きだと伝えても、恋愛感情だと受け取られる事は無いだろう。せいぜい子供の『好き』と同じものだと認識する程度。そして恐らくそれは、天蓬の心を微塵も動かさない。ただ、金蝉が自分を好きであるという知識にしかならず、万が一程度で都合良く利用してくれる事はあるかもしれないが、恐らくはそれも無い。
天蓬に好意を持つ人間など無数に存在するのだ。その内の一人に加えられるだけで、ただそれだけ。髪が長い等という認識と同じで、身体的特徴と同列に感情的特徴が付け加えられるだけだ。
「金蝉?」
不意に問われて辺りの景色が戻ってくる。自室で仕事をしていた机にいつの間にか天蓬が座り、煙草をくわえたまま金蝉を眺めていた。その天蓬の手が不自然な位置で止まっている。いつの間にか伸ばしたらしい金蝉の手に掴まれて。
金蝉は無意識の行動に驚いて手を離した。
「悪いッ」
「いえ、構いませんよ?」
勢い良く手を離したせいで投げ捨てられた腕を気にもせず、その手で天蓬は灰皿を引き寄せた。
「小さい頃の貴方も良く袖を引っ張っていて可愛かったなぁなんて、思い出しちゃいました」
「何時の話だ……」
そんな子供の頃の出来事、時効だ。あの頃は単に天蓬をとても慕っていたのだ。純粋に大好きでお気に入りで、そして手を伸ばすことが出来る程に子供だった。
「何時の間に来たんだ?」
「つい先程ですよ。反応が無いなと思っていたら、やっぱり気付いてなかったんですね。そんなに仕事忙しいんですか?」
「……まぁな」
仕事に集中していた訳でもないのだが、手は動いていたらしいので、金蝉はその誤解をそのままにしておくことにした。敢えて理由を聞かれても困る。
「何しに来たんだ?」
一旦仕事は区切りにすることにして、机の上の書類を纏めようと手を伸ばすと、その手を天蓬が取った。
「邪魔すん……」
言いながら上げた金蝉の視界に入ってきたのは、伏せられた長い睫毛だった。ふわりと重なる温かく柔らかい感触。
思うより先に身体が動いていた。
金蝉は天蓬の頭を掴み、舌で唇を抉じ開けそのまま天蓬の口内へと滑り込ませた。そしてそのまま歯列をなぞり口蓋を舐め上げ、天蓬の舌を吸い出して甘噛みする。ひくりと天蓬の身体が跳ねたのにも構わず思うがままにその口内を蹂躙し貪ると、胸に痺れのようなものが広がった。
その感情が何かははっきりしなかったが、心のどこか一部が満たされたような感覚に、知らず満足げに金蝉の口元が歪む。
そしてその感情のままに天蓬へと手を伸ばしかけたその瞬間。
「……ン」
重なった唇の隙間から漏れた喘ぎに、咄嗟に金蝉は伸ばしかけた手で天蓬を突き飛ばしていた。
一気に理性が戻ってくる。
俺は、今……何を……。
愕然としたまま硬直する金蝉を、驚いた顔で天蓬が見詰める。金蝉が突き飛ばしたくらいでは当然の様にバランスすら崩さない天蓬は、涙の膜を厚くした瞳で頬を赤く染め、少しだけ息を乱して金蝉を見詰めていた。
「ふざけてんじゃねぇよ……」
金蝉の八つ当たりの言葉は、まるで呻きのようだ。その声に天蓬が目を細める。
「……、……」
何か言おうとしているらしい天蓬が口を開いては閉じるを繰り返す。この男が珍しくも言葉を選びあぐねている。その様子を見て、思わず言葉を待った金蝉は、直ぐにそれが意味の無い事だと気付き口を開いた。
「もう、勘弁してくれ……」
自分は天蓬に何と言って欲しかったのか。ふざけてなどいないと、本当は金蝉が好きなのだとでも言って欲しかったのか。
違うだろう。
確かにその言葉を望んでいないと言えば嘘になる。けれど、金蝉が欲しいのは天蓬の本当の言葉だった。だが、それは、確実に金蝉を傷付けるだろう。
天蓬が何を望んでいるのかは、金蝉には解らない。それでも、これ以上良いように扱われるのは、もう耐えられないのだ。
「頼む。もう俺に構わないでくれ」
言葉が天蓬に届かないとしても、他に金蝉に出来る事などもはや存在しなかった。金蝉が、頭を下げる。座ったままだったが机に額を擦り付けるように頭を下げ、そして呻くように言った。
「頼む」
「…………」
沈黙が落ちる。頭を上げようともせずに、動かない金蝉には天蓬がどんな顔をしているか解らない。こんな真似をしても、天蓬が正しく受け取るのかも解らない。それでも、金蝉に他に出来ることなど無いのだ。
長いのか短いのか解らない間の後、不意に天蓬が溜め息を吐いた。
「……あ〜……そんなに真剣にお願いしちゃうなんて、貴方は本当に真面目ですよね」
呆れたような声音でそう言われ、金蝉は何かを耐えるかのように掌を握り込む。しかしそんなことには構わず天蓬はつまらなそうに言葉を続けた。
「毛色の違う遊び相手になるかと思ったんですけどねぇ……。ま、そこまで言うなら解りました。もう貴方に手出しはしません。誓います」
解っていた言葉だと、ずっと自分でも考えていた事だと、そう自分に言い聞かせてもその事実を天蓬に認められた衝撃に目の前が暗くなる。爪が掌に食い込む痛みが無ければ取り繕うことも出来ずにわめきちらしてしまいそうだ。
「じゃ、今日はおいとましましょうかね。また来ます」
一拍遅れて脳に届いたその言葉に驚いた金蝉が顔を上げた時には既にそこに天蓬の姿は無く、閉まった扉が視界に入っただけだった。
「……また?」
思わず反芻した言葉に返る声は無かった。



あの日から、天蓬が部屋に来る回数が減った。忙しいのか金蝉に気を使っているのか単に金蝉に飽きたのかは解らないが、金蝉には正直ありがたかった。また、訪れたとしても、当たり障りの無い世間話をして帰っていくようになった。それは特別楽しくも無いが、苦痛も大分軽減される事だった。そして、来ても長居することも無くなった。と言うよりは、退室するまでの時間が回数を重ねるごとに短くなっている気がする。それを寂しいと思う心も確かに存在するのだが、長く天蓬と居ることで苦痛が強くなる事は解りきっていた。そして何より、金蝉に天蓬の行動をとやかく言う資格は無いのだ。もっとも金蝉が言ったところで天蓬は聞き入れはしないだろうが。
このまま距離が離れてしまうのだろうか。
その方が良いのだと自己防衛する理性と、それは嫌だと抗う感情とがせめぎあう。欲しいものは手に入らない。そんな些細な良くある現実が重く苦しい。
もう癖になってしまった溜め息を吐き出すと、金蝉は少し休憩を入れようと立ち上がった。と、その目に何か光るものが映った。
「?」
何だろうかと近付いてみると、床に小さな銃のような物が落ちている。確か先程来た天蓬が話していた物だ。下界で見つけたライターだと言っていた。
拾い上げて引き金を引くと、カチッという小さな音と共に銃口に炎が灯る。いかにも天蓬が好きそうなおもちゃである。恐らくずっとかどうかは別として、今現在は気に入っているのだろうそれに溜め息を吐いて金蝉は扉に足を向けた。このところの天蓬の訪問回数を考えると次に来るのはいつになるか解らない。保管して置くのは手間では無いが、これを見るたびに天蓬の事を思い出すのは確実だろう。と言って金蝉には他人の物を勝手に棄てるということも出来ない。ならばいっそ届けてしまおうと考えたのだ。
部屋を出て久方ぶりの道を歩く。幾度と無く通った道だ。違う事無く角を曲がり廊下を進んでいくと、何度か天蓬を目撃した回廊に差し掛かる。今日はそこに天蓬の姿は無い。それを大した意図もなく確認し歩いていると、何か水音の様なものが金蝉の耳に届いた。この近くに水場はないのだがと首を傾げ音の出所を探すように音のした方を見ると、回廊から繋がる廊下に人影が見える。
その廊下は角に待機スペースの様な場所があり、奥は回廊からは死角になりやすいようだ。中庭をぐるりと回った場所にいる金蝉からも木々が邪魔をして良くは見えない。その為つい目を凝らしてしまった。
人影は一人では無かった。近い距離に居るためパッと見1つの影に見えるが、良く見ると二人であることが解る。
着物姿の男と白衣の男。
ひゅっと息を呑んだ金蝉の足が止まる。
着物姿の男が白衣の男を壁に押し付けていた。
壁にすがるような体勢の白衣の男の顔は、背中に覆い被さる男の体躯の影になって見えない。
と、男が白衣の男を揺さぶるのと同時に、立ち竦む金蝉の耳に再び水音が届く。
まさかと思い金蝉が二人を凝視した。
後ろから覆い被さられ壁にすがる男の白衣は腰の位置まで捲り上げられていて、パンツも少し下ろされている様だ。そして背後の男が動くのに合わせて揺さぶられ、同時に濡れた音が響く。
愕然と立ち尽くす金蝉に気付かず二人の動きは止まらない。
「ッ―――!」
鋭く息を呑む音が響くと同時に白衣の男の身体が跳ねた。その動きに着物の男の身体が僅かに離れ、白衣の男の長めの髪が舞う様子と着物姿の男に貫かれている結合部が晒される。男が跳ねた肢体をもう一度壁へ押し付けると、グチュッと挿入時独特の濡れた音が響く。壁へ強く押し付けられた白衣の男が悶える様に身体を捩ると、その顔が金蝉からも見えた。
「―――天蓬……」
思わず漏れた言葉に気付かぬまま、二人の動きが激しくなる。天蓬の身体を押さえ付ける男の手に筋が浮かぶ。半開きの天蓬の口から赤い舌が覗き、きつく閉じられていた天蓬の濡れた瞳が開いた瞬間、金蝉の意識は真っ白になった。

「ッ!? 貴様ッ!」
非難する声に意識が引き摺り戻される。
気付いた時には着物姿の男を容赦なく天蓬から引き剥がした後だった。
床に膝を付き、壁にすがりついたまま呆然と金蝉を見る天蓬と、無様に勃起した股間を晒したまま地べたに尻餅を付いている男。
「いかな金蝉童子と云えどこの狼藉はッ」
「うるせぇッ」
低い声で一喝した金蝉は、中途半端にパンツを下ろしたまま壁にすがりついている天蓬の手を掴み歩き出した。
「ちょ……、金蝉!?」
引き摺られそうになった天蓬が慌てて問うが、構わず走る様な速度で歩く金蝉に、力の入らない天蓬は必死で足を動かす。もはや金蝉には天蓬が勃起状態だとかあられもない格好だとかはどうでもよかった。いっそ倒れ込んだとしても引き摺っていく勢いで、何も考えられない。途中すれ違った軍人達がぎょっとした顔で道を開けるのすらどうでもいい。
扉を壊す勢いで天蓬の部屋に入るとそのまま金蝉は風呂場に直行し天蓬を洗い場に投げ捨てると、シャワーヘッドを取り勢い良く蛇口を捻り、水なのにも構わずそれを天蓬へと浴びせかけた。
「冷たッ!」
ビクッと驚いて身体を跳ねさせた天蓬に構わず暫く水を浴びせかける。そして天蓬の身体が冷えきった頃になって漸くシャワーヘッドをフックへ戻すと、自身が濡れるのも構わず天蓬へと手を伸ばした。
「金蝉ッ!?」
天蓬の声と白衣が裂けるのは同時だった。飛び散るボタンが床に跳ねて固い音をたてる。濡れて張り付く白衣を開くと次はシャツを引き裂き、パンツを引き摺り下ろす。浴びせられた水の冷たさに項垂れた性器を無表情に見下ろし、今度は金蝉は天蓬の身体を引っくり返した。
「ちょっと……ッ」
咄嗟に天蓬が抗おうとしたが、脱がしきっていない濡れた衣服が腕を拘束していて手を付くことすら出来ずに風呂場の床に転がった。それに構わず尻に張り付く白衣を捲り上げると、パンツを強引に膝上まで下ろし剥き出しになった尻を上げさせる。パンツのせいで脚は開けないので、その分尻を付き出す姿勢を取らせると、金蝉は再びシャワーヘッドを取り粘着質な液体で濡れているすぼまりへと水を浴びせかけた。
「ヒッ!」
敏感な場所へ浴びせかけられた冷たい水に天蓬が悲鳴を上げたが構わず水を掛けると、固く閉じているソコに舌打ちをして無理矢理指を2本突っ込む。水でしか濡れていない上に驚きで固く閉じている入り口が引きつるのにも構わず指を押し込むと、苦痛にか天蓬の身体がのたうった。けれど知ったことかと無表情のままの金蝉は根本まで指を押し込み、その指を開いた。
「ッ!!」
のたうつ天蓬を押さえ付け開いた指の隙間から胎内へと水を注ぎ込む。
「止めてくださいッ! 金蝉ッ!!」
必死に訴える天蓬になど構わず、挿れた指で開いた中を掻き回し水を注ぎ込み内部を洗う。あの男の触れた痕跡が残っている等、金蝉には我慢ならない。天蓬の制止する声が無くなっても、執拗な程に全てを洗い流し続け、漸く気が済み水を止める頃には天蓬の身体は冷えきって、寒さに小刻みに震えていた。
「……天蓬?」
もはや抵抗すらせずにぐったりと顔を伏せている天蓬に、金蝉が声を掛けても返事すら返って来ない。
それきり金蝉も何と声を掛ければ良いか解らず口を閉ざす。
しかし、濡れた服が冷えていくのに気付き、漸く室温の低さを知覚した。
金蝉は手を伸ばしてシャワーヘッドを取り、今度はお湯を出すと自らより先に天蓬へとそれを向けた。
「……何なんです……」
小さな声だった。シャワーの音に消されかけた言葉。しかし、金蝉はその問の答えを持ってはいなかった。
衝動だったのだ。
室内を蒸気が白くぼかしていく。天蓬の身体がうっすらと朱に染まり始めたのを見て、金蝉はその肌に手を伸ばした。
触れた身体は温かかった。
「……付き合ってんのか?」
思わず言葉が口から滑り落ちていた。そして1つ零れればもう止めることも出来ずに次の言葉が零れ落ちる。
「好きなのか? アイツが。それとも誰でも良いのか?」
「……貴方には関係ないでしょう」
金蝉を見ることもせずに放たれた言葉に、胸が音をたてて軋んだ気がした。
その通りだ。
天蓬の言う通りなのだ。
金蝉は天蓬の恋人でもなければ、今はもう遊び相手でも無い。友達であるかすらも解らない。
そんな相手に関係などあるはずが無い。
シャワーヘッドを握り締める手が小刻みに震える。
無防備に自分の前に横たわっている彼に、決して金蝉の手は届かないのだ。
揺れるシャワーから出るお湯が床に跳ね不規則な水音をたてる。その音に、天蓬が僅かに金蝉を振り返った。そして目を見開いた。
「どうして……」
やっと天蓬の顔を見ることが出来たというのに、金蝉には天蓬の言葉の意味が解らない。
何を言うことも出来ずに天蓬を見詰めている金蝉に、天蓬は深く溜め息を吐いた。
「泣きたいのは僕の方ですよ……」
泣きたいのは?
言葉の意味が解らず呆然とする金蝉へ、漸く身体を起こした天蓬が手を伸ばす。
その温かい指に頬を撫でられて、金蝉はやっと、自らの頬を濡らしている物に気付いた。
涙が、零れていた。
「……好きだ」
拒絶されたくないのだと。傍に、隣に居たいのだと。
「好きなんだ」
呻くような声だった。
もはや隠すことなど出来なかった。泣きながら訴えるなど、子供だと言われても仕方ない。ただ自分の感情を押し付けているだけだと解っている。それでも、もう言わずにいるのは限界だったのだ。
天蓬が驚きに目を見開く。
触れたいと、思ったのだ。その手に、頬に、心に触れたいと。
そっと、天蓬へと手を伸ばす。
けれど、伸ばした手が天蓬に触れる前に天蓬が首を横に振った。そして、笑う。
「僕に、そんな価値はありません」
酷く切ない笑みだった。
天蓬は静かに悲しげに微笑み、子供に言い聞かせるように金蝉へ言った。
「もう貴方も解っているでしょう? 僕は貴方に好きになって貰う資格なんて無いんです。……誰にでも足を開く、淫乱なんです」
そっと目を伏せ、天蓬は金蝉の手を取りそっと口付けた。
「貴方まで、汚れてしまいますよ」
静かな声でそう告げる天蓬には、荒さも激しさも無く穏やかと言う方がしっくりくる程で、それは天蓬が思い付きでその言葉を言っている訳では無いことを示していた。
それでも―――。
「構わねぇよ」
取られている手を返し、天蓬の顎を取り顔を上げさせると、金蝉はその瞳を見詰めてはっきりと言った。
「お前になら汚されても構わねぇ。……いや、お前の色になら染められてぇよ」
そっと、唇を天蓬のそれへと押し付ける。
「お前が好きだ。……お前が俺を好きじゃ無くても―――」
「……僕も貴方が好きですよ」
返ってきた言葉に驚いた金蝉が間近で天蓬を見詰めると、困った様に天蓬は苦笑した。
「ずっと好きでした。初めて貴方に出会った時から……」
信じられない、己に都合の良すぎる言葉に金蝉が何も言えずにいると、天蓬はそっと金蝉の頬を撫でた。
「でも僕は、貴方のように綺麗では無い。あの頃も、今も。僕は汚―――」
苦痛を耐えるかの様な、自らの言葉で自分を傷付けている様な言葉をこれ以上言わせたくないと思った時、金蝉は天蓬の唇を奪っていた。そして唇だけで無く、その言葉すらも奪うように深く重ねて貪る。
「汚かろうが淫乱だろうが構わねぇよ。俺を好きだと言うのなら……俺のモノになれ」
何度も何度も繰り返し唇を触れさせながらそう囁くと、天蓬がやっと笑った。先程までは浮かんでもいなかった涙を溢しながら、それでも嬉しそうに笑った。
金蝉が手を回し天蓬の身体を抱き寄せる。その背に、天蓬の手が回された。
そっと、けれど確かにその腕は金蝉を抱き締めていた。言葉など無くても、それが何より『諾』を現している。
歓喜が金蝉の身体から溢れそうになった。
きつく、指が食い込む程に天蓬を抱き締めその唇を貪る。
もう誰にも触れさせはしない。
「愛してる」
その言葉に、天蓬はとても鮮やかな微笑みを返したのだ。


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