轍  −わだち−  ◇1◇

月が中空に昇り、窓越しに室内を犯す。
そろそろ日付が変わろうかという時間。
八戒は読んでいた本から顔を上げた。
ぱたん。
静かな室内に響き渡るその音は存外に心へ響いた。
今日も彼の同居人は帰っては来ないらしい。
別に、待っているわけではない。
それに、この時間に帰ってこないからといって朝帰りが決定した訳でもないが。
ただ。
手に持っていた本をサイドボードに伏せると、八戒はその身体をベッドへと投げ出した。
知らず自嘲の笑みが浮かぶ。
最近悟浄の帰りが遅い。
もともと、八戒と暮らし始めたとはいえ彼は自分の生活を乱すことはなく、毎日賭博場へと出かけては帰ってくるのは日付も変わりしばらくたった頃。朝帰りも稀ではなかった。
けれど、それも明らかに遊びと分かる頻度であり、毎夜ではなかった。
もう2週間。
薄暗い天井を見上げ、八戒は自分の唇を撫でた。
悟浄が家に帰ってこないのは自分のせいかもしれない。
目を閉じる。
気付かれないようにしていたつもりだった。
悟られてしまったら全てが壊れると思った。
だから。
心の奥深くに隠して、外へは微塵も表さない。
この気持ち。
「悟浄……」
呟きが漏れた。
目を開いても誰もいない。
血のような赤も、なにもない。
ただ、闇が……、心を、犯すから。
だから、少しだけ言葉にしてみた。
「好きです」
暗闇へと吸い込まれた言葉は、誰の耳へも届くことなく、消えた。
ただ、八戒の心に爪を立てて。

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花吹雪 二次創作 最遊記