3月24日(土) その1
台北・行天宮にGO。

今日は、お昼を食べてから高雄に行くことにしたので、午前中は時間が空きます。台湾のホテルは、ほとんど12時チェックアウトなので、朝ご飯を食べて荷造りした後も結構時間に余裕があります。新幹線の時間は1:30なので、駅弁を買って新幹線に乗っても良いし。ということで、宿は11時に出ることにして、それまで自由時間にしました。

ホテルのある駅は「行天宮」駅。徒歩5分くらいの所に、台湾でも1、2の人気を誇る「行天宮」があります。行天宮は關聖帝君を主神として祀っています。關聖帝君は、三国志の蜀の武将、関羽(雲長)が、死後神として祀られた物で、その強さは元より、忠義に篤く約束を決して違えなかったこと等から、商売の神として祀られるようになりました。まぁ、算盤や簿記を発明したというのは、商売の神様になってからの後付だと思いますが (^ω^;) 私は三国志オタクな上に、蜀の中では関羽親子が一番好きなので、関帝廟とかには異様に盛り上がってしまうところがあります。

ということで、行天宮に向かって歩いていくのですが、昨日飛行機の中で26℃と聞いていた割には結構寒くて、私らはジャンパーを着て歩いていたのですが、真冬でも半袖マンの息子が当然のように半袖で歩いていましたら。

町中のおばさんがたぬ吉を指さして怖い顔で何事か言ってきます。

ど……どうやら、息子が半袖なので「こんなに寒いのに半袖を着せているなんて!」と怒られているっぽいのです。そこで日本語とジェスチャーを交えながら、「この子は半袖マンで、冬でもジャンパーを着ないんです!着てって言うんですけど、不要(プーヤオ)って言って、着てくれないんです!」と言いまくると、「あぁ、不要か……」「うんうん、まぁ、それなら良い」と、許してもらえた〜と思っていると、今度は若いお姉さんが日本語で「ハンソデサムイです。なんでハンソデ?」と……。

「こ、これは、パパとママのためにもお前上着着てくれよ!」と言えば言うほど、息子は「俺半袖マンだも〜ん!」と嬉しそうに走り出します。

町中のおばさん達から「何で半袖」と怒られつつ、やっと行天宮に到着……。

行天宮はとても大きいので、道はさんでやっと画面に収まりました〜。
こちらが主神の關聖帝君。普通は関羽の左隣に太刀持ちの周倉(元盗賊。三国演義に登場するオリジナルキャラクターで、実在の自分物ではありませんが、中国にはちゃんと墓があります(´ω`;) まぁ、周倉の墓には私たち、お参りに行っているのですがorz)が、右側には息子の関平(演義では養子となっていますが、正史では実子です)が立っているはずなのですが、行天宮では、二人はもう少し離れた所に立っていました。
こちらは、境内の中にあるお供え物を納める台。

ここで写真を撮っていると、怖い顔をしたおばさんが近寄ってきたので、「あ、写真撮ったら駄目って怒られるのかな?」と思っていたら、また息子を指さして「何で半袖!?」と……。たまたま日本語の分かるおばあさんがいたので、「日本でもいつも半袖で」と説明して、通訳していただきました……。でもこのおばあさん、息子の腕を取って「冷えてるじゃないか!」と……。

そこで思い出したのですが、日本では「子供には大人より1枚少なく着せる」のですが、中国や香港、台湾などの中華圏では「子供には大人より1枚多く着せる」習慣があり、これが日本人の嫁さんと中華圏のお姑さんの間で結構な火種になる、という話を聞いたことがあるのです。

こ、これが噂の……と、中国に嫁いだ日本人嫁の気分を味わいつつ、もう行天宮だけで5人くらいの方に息子の半袖を説明し、「本当にママ達のために上着を着て!」「上着着ないともう外出禁止!」「取りあえず、必ず持って歩こう!そして指摘されたらすぐ着せよう!」と家族会議が開かれたのでした……。

それだけ子供を大事にしてるって事だよね……、きっと。みんなが子供を大事に見守ってるって事だよ……。でも……でも、正直辛いなぁ……(TωT)

こちらは、行天宮の後ろでお勉強をしている在家信徒の方。こういった廟は道教という宗教のお寺で、信徒の方達は道服を着ていらっしゃいましたが、こんなにお揃いの道服でお勉強会をなさっているのは、今回の旅行中にはここだけで見ました。

(中国で見た出家の信徒の方は「道士」と言って、もっと映画にでも出てきそうな恰好をしていて、一目で「道士だ!」と分かるような恰好をしていますが、台湾の在家の方はこういう道服を着ているようです)

この後、宿に戻る途中にも小さな廟があり、ちょっと見学してから宿に戻ってチェックアウト。台北駅にはMRTで行きますが、またまたみなさんに子供達が席を譲っていただきました( ^ω^;)

→→→台北から高雄へGo!
 


旅行記メニューに戻る

台湾旅行記メニューに戻る