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【書評】『食大乱の時代』

“貧しさ”の連鎖の中の食


『食大乱の時代』“貧しさ”の連鎖の中の食
大野和興・西沢江美子 著
七つ森書館、2008年7月、¥1,890(税込)

食や農の現場を歩いて取材してきた二人の農業ジャーナリストによる、現在の世界そして日本の農業や食が抱える問題を網羅した本である。本書では一貫して、食料や農業問題を個別のテーマとしてではなく、現在の世界が抱えている総体的な問題問題の一環として捉え、そうした社会情勢の背景も読み解くことで、一段と深いところから問題が抉り出されている。あとがきで「中国からの農薬が入っていたと大騒ぎしていたら、そこに食料危機なるものが津波のように押し寄せてきて、世界中をのみ込んだ。せきたてられるように、本書の執筆を急いだ。表面にあらわれている出来事は分析しつくされている」と記されている通り、本書の真骨頂は「表面にあらわれている出来事」の向こう側を探ろうとする著者たちの姿勢にこそあると言えよう。

世界に広がる食料危機、その裏で暗躍するアグリビジネス、アジアの農村への影響、日本の農家の現状や食品産業の問題……。公私ともにパートナーである著者たちの共同執筆は、『あぶない野菜』(2001年、めこん)以来7年ぶりだ。この前著と比べ、時代状況を反映して、今回大きな力点が置かれたのが、貧困の連鎖の中の食・農業問題である。コメ暴落による山形の百姓の怒り、郊外型大店舗の進出で地元商店街が潰れ買い物に不自由する地方のお年寄り、自由貿易や土地支配に反対し立ち上がるアジアの農民の声、寡占化する日本の食品産業の裏側で酷使される労働者のつぶやき、非正規雇用の拡大で食費を削らざるを得ない若者や低賃金労働の掛け持ちで料理をする時間もない女性たちの食の貧困化……。それこそ表面的にはバラバラに起こっているこれらの問題を、食・農の観点から有機的に関連づけていくその力は圧巻である。国際農業政策や食料主権といったやや難解なテーマに対して、現場の視点から新たな意味付けを行っている点も興味深い。

ただし、本書は単なる問題の指摘にはとどまらない。むしろ、資本や市場の力が強くなり、個々人がバラバラに生きることを選択させられている今日、横のつながりをいかに再構築していくかという、オルタナティブをめぐる議論や取り組みについても、的確な目配りを忘れていない。

最後の章では、“足元からつくりなおす”と題して、協同組合の取り組みや生存権としての食の問題、そしてアジアと日本のムラで自立し、越境する人々の報告がされている。徹底的に現場の視点から出発して、貧困の連鎖の中であえぐ食や農の問題を、豊穣な記憶で編み直していくという途方もない作業とも言える。その徹底した取材は、私たちにこう問うているように思う。「あなたがたはどうするのか。どう生きるのか」と。

著者お二人にお世話になっている私にとっては、執筆分担を明記していない本書を「この分析は大野さん、この発想は西沢さん、さすが」といった形で読み解く別の喜びも感じられた。しかし同時に、私たちの世代が御二人の手がけている作業をどう受け継いでいくのか、考えるべき時代を迎えつつあるとも実感している。各々の現場の中から問題を取り上げ、各々の現場がつながる運動をますます増殖させていかねばならない、切にそう思う。(松平尚也:研究所事務局)


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