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アソシ研リレーエッセイ
“電気の草の根運動”から始めよう

 原発をめぐり、世界的な規模でせめぎあいが続く毎日である。IAEA(国際原子力機関)が日本の原発再稼動に向けたストレステストを“おおむね妥当”と評価したなんて記事を目にすると、“八百長芝居など糞食らえ!”である。
 原発問題が資本主義的な社会を大きく転換する動機となるかどうかはわからないが、「終わりの始まり」という混沌とした時代の象徴的な出来事の一つであることは間違いない。
 エネルギーをめぐって支配層の中でも分裂の様相を呈し始めているが、重厚長大型産業(軍事企業群)が未だに隠然として力を持つ私たちの社会である。常に世界に戦争を必要とし、「恐怖と憎悪」を蔓延させることが「儲け」の最大の条件となる企業群である。
 原子力政策はそんな連中によって推進された。連中に買収された「政治」がお先棒を担ぎ、公を装ったエネルギー政策として人々を騙し、多額の税金を掠め取って膨大な儲けを稼ぎ出す仕組みに社会は仕立てられてきた。その儲けに預かる連中は勢力をなし、また社会の隅々にまで、カネの力で支配的な影響力を及ぼしてきた。
 最悪の事故が起きて「原発NO!」の流れが力を持ちつつある今であるが、その流れが本物になるかどうかはこれからである。原発を廃止させるには、軍事を儲けの種にしてきた勢力・企業群に取って替わる資本の力が勢いを持つ、といったことも必要になるのだろう。「エコ」とか「自然エネルギー」が原発よりも儲けの種になる社会の仕組みをつくる方向に傾けば、それを代弁する政治も勢いをもつ。今後は原発に税金を一銭も使わないことになれば、厄介物を手がける企業などなくなる。
 そんな動きを加速させるために、私たちにもできることはないか、と考えるこの頃である。ただ反対を主張するだけでなく、電気を身近な手の届くレベルに取り戻す運動。例えば、「自分たちで使う電気は自身で、足元の地域で作ろう!」というような運動である。
 実際、すでにいくつかの地域で取り組みが始められている。そんな動きがもっと広がっていけば、やがて原発など必要としない社会は可能となる。
 もちろん、単なる資本の再編成に終わってしまえば、根本的な社会の変革とはならず、本当の意味で私たちのくらしが変わることはないのであろうが。そんな先のことなどわからない。
 まずは“電気の草の根運動”をどうしたら起せるかを考えよう。その中から、次の社会に繋いでいく多くの芽が出てくる可能性も大いにあるであろうから。
(鈴木伸明:関西よつ葉連絡会事務局)


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