●物資を運ぶロバ
●ヴァンバリ村の水田
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連載 ネパール・タライ平原の村から ⑦

山あいの村を訪れて

 今年からネパールの農村で生活を始めた、元よつ葉農産社員の藤井君による、ネパールの人々の暮らしや農業に関する定期報告。今回は、その7回目である。


 「日本は遠いのですか?」
 「まぁまぁ酒でもどうぞ」…。

 私の相方の友人は、山あいの村の出身。地元の村で結婚式があるとのことで、一緒に同行させてもらいました。冒頭の会話は、早朝この村を歩いていた時に出合った、見知らぬ村人との立ち話しの一コマです。後になって知ったことですが、村には紅茶は流通しておらず、お茶代わりにトウモロコシを原料にした酒が出されるのが普通とのこと。

 今回は、タライ平原と並行して拡がる500m~1500mの低山地帯「マハーバーラト山脈」に位置し、平地の国道沿いから徒歩12時間かかるヴァンバリ村について紹介したいと思います。

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 ヴァンバリ村に住む人々は、大半がマガル族。マガル族にはマガル語・カム語・カイケ語を話す集団のほかに自分たちの言語を失った集団があります。ヴァンバリ村ではマガル語が主な言語となっていました。

 村は山あいの河に沿った谷にあり、すぐ側を流れる急流カリガンダキ河からの風に恵まれ、マラリア等を媒介する蚊は昔から生息しておらず、過ごしやすい地域でした。また、山々からの豊富な水に恵まれ、山奥でありながら稲作が盛んです。稲は平地と比べて密植で、茎の長さが肥料不足で短く、実が少ないものの十分な農地に恵まれている様子でした。

 主な産品は蜂蜜とターメリックで、40~50年前までは人が背負って平地やインド国境沿いまで運び、塩や油と交換されていたとのこと。現在もターメリックが都市部へ供給され、村の人にとって貴重な現金収入となっていました。

 村に点在する家々はいずれも周囲に田畑が拡がり、様々な家畜が飼育されています。一戸当たりの家畜頭数は、牛もヤギも十数頭という具合で、平地よりはるかに多いのが特徴です。牛は傾斜地での堆肥運搬のリスクを避けるため、休耕田を日々移動しながら飼われ、落とされた糞尿は堆肥として使われています。

 家畜の多頭飼いを可能にしている主な条件は、平地より恵まれた森林にあります。飼い葉が豊富なため、家畜飼料の一切を現金で購入する必要がないからです。村では、田植えや重労働は共同作業で行なわれ、食糧や暮らし、そのほとんど自分たちの手で成り立っていました。

 村の多くの若い人たちは、海外への出稼ぎやインドの軍隊で働くなどして、すでに平地へ移住して過ごしています。村に残っている人たちも、平地や都市部での暮らしに憧れを抱いています。村の中にトイレはなく、藪の中で用を足したり、村までジープが通れるようになっても、雨季の地滑りのため、物資の輸送はもっぱらロバに頼る等々。

 村の人々にとって、山村での暮らしは、平地や都市と比べて閉ざされたものとして認識されています。都市部から帰省していたある村人が「村の問題は、電気・病院・道路」と言っていました。ただ、それでも「村の暮らしが一番良い」とのことです…。

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 山村の暮らしがなぜ良いのか? 実際には、内部にたくさんの課題があるはずですが、それでも村の中にあって都市にはない物事、平地や都市部では近代化で失われてしまったり、退歩してしまった物事が残っているのではないでしょうか? そういうことについて、これからもっと考察してみたいと思います。 

                                                       (藤井牧人)



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