●今 利一(こん としかず)さん
 1952年北海道生まれ。農家を継いで1980年代中頃に有機農業に転換。富良野市麓郷(ろくごう)で5名の生産者による「今グループ」を組織。市会議員を務めて9年目。
●本田廣一(ほんだ ひろかず)さん
1947年北海道生まれ。㈲興農ファーム代表。1976年に北海道標津郡標津町に入植。有畜複合農法を提唱し無農薬無化学肥料で牧草や作物を生産。牛・豚を肥育。
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活動報告―北海道農業の今後をめぐる鼎談


地域内自給を柱とした北海道農業を!



 4月23日、北海道の札幌で、今後の北海道農業の方向性をめぐる鼎談を実施した。参加者は、知床半島の付け根、標津郡標津町で畜産と食肉加工を手がけている興農ファームの本田廣一さん。ドラマ「北の国から」で知られる富良野市からは、よつ葉の生産者でもある今利一さん。司会は、当研究所の代表とともに、よつ葉農産および能勢食肉センターの代表も務める津田道夫である。


はじめに

 【津田】この2月に、よつ葉農産の主催で北海道の農家・生産者の集まりを呼びかけました。そこで、北海道農業の未来について本田さんの考えを紹介してもらいました。ただ、当日は論議の場ではなく、その時間もなかったので、今回、当研究所の企画として、新たに論議を深める機会を作り、お二人に集まっていただきました。

 巷では、政権が民主党に変わり、今年から米の戸別所得補償政策が始まるなど、内容はともかく日本農政の転換期と言えます。そんな中で今後の北海道の農業をどう構想するのか、本田さんから再び問題提起を受け、富良野で畑作中心に有機農業を営んでいる今さんからも意見をいただき、僕も含めて議論したいと思います。

 まず、本田さんが以前の集まりで出されたレジュメを読み返して、僕としては、提起されている内容に関して異論はないけれども、これを実際にどう具体化していくのかな、と思いました。それから、農産物の生産という一次産業だけではなく、それを加工して消費者に届ける二次産業、三次産業の部分についても地域で協同していくことが必要ではないかと言われていましたが、この点では民主党も「六次産業化」と言っていて、どこがどう違うのか、と思ったわけです。


「六次産業化」をめぐって

 【今】僕は富良野市の市会議員をしていて、先週の市長選挙で選対責任者になって民主党の対抗馬を立てた。結果的には完敗しましたが、農業政策では民主党の言う「六次産業化」の話も出しましたよ。あと、新規就農の促進とか農村の高齢化対策、そういう話もしました。

 【津田】富良野のJA(農協)は、今回はじめて民主党系候補についたんですよね。大きな状況の変化だと思いますが、今さんの具体的な営農に影響はありますか。

 【今】それほどないです。ただ、僕は加工という点では、これまでも焼酎を作ったり納豆を作ったりしてきました。というのも、高齢化が進んで疲弊している地域を再生するためには、たとえば味噌や醤油をはじめとして多様な加工品を作っていくこと、しかも自分の作った原材料を他人に預けて加工してもらうのではなく、できるだけ自分たちで、地域のお年寄りの知恵を借りて昔ながらの方法で作り、食べてもらえるようなことが必要だと思うからです。そういう「六次産業化」は必要だと思います。

 【津田】本田さんの考えていることと「六次産業化」との関係はどうですか。

 【本田】民主党の「六次産業化」っていうのは、要するに付加価値を高めて農家の収益を増やすことです。それは名前を変えただけで、これまでの商売の概念と変わらない。あっちの商売とこっちの商売をくっつけて農家の収入を増やすって感じでしょう。そんなものは最終的に効率性の話になって、大手企業が入って終わりです。合理性と効率性を追求したら大手企業がやった方が早いに決まっている。そうではなくて、地域内でやることが重要なんですよ。

 たしかに農業はお金を生み出す手段でもあり、経済的側面は大きいですが、それだけではなく文化的側面も社会的側面も教育的側面も持っている。つまり、農業を含めた一次産業というのは、基本的には地域社会の基盤であって商売に集約されてはならないという大前提を確認する必要がある。重要なのは、地域社会が成り立って人々の生活が持続していくことです。その上で、地域が潤っていくためには、お金が地元に落ちるようにしないといけない。原材料をただ売るだけでは、お金は地元に落ちませんから、地元に落ちるようにするためには、地元で何らかの加工をする仕組みが必要です。そうすれば地域に雇用も生まれ、雇用が生まれれば人も増えます。
本田さん
 人が増えれば多様な発想も生まれてくる。たとえば、エネルギーをどうするかという問題が出てくれば、家畜がいたり川があったり、太陽に恵まれているなら、そういうエネルギーを地域内で自給しようとか、富良野には東大の演習林あるから、そこで出た材木を住宅に使おうとかいう話にもなる。富良野なら富良野、標津なら標津で、そういう地域内循環を基本に、地域の自給率を高めながら外部とのネットワーク、地域間協力をどうしていくかというのが僕の問題意識です。

 だから、農業を単に経済的側面だけで位置づけて、一次と二次と三次をくっつけて六次産業なんて話は、僕に言わせれば議論するに値しない。





「戸別補償」で何が変わるか

 【今】でも民主党は一方で、戸別所得補償を出しているでしょう。もちろん、これまでの自民党農政とは金の流れを変えただけの話だと言われれば、それまでかもしれない。でも、農家も経営者なんだから、経営が安定して余裕が生まれる中で、それを地域の政策としてどう使うかという形に、段階的に進む可能性もあるんじゃないか。

 【本田】経営者は自分の頭を使って経営するもの。お上から所得補償された経営者なんていうのは、体のいい労働者ですよ。

 【今】そう言われてしまうと、困ったな(笑)。でも、僕はそう言い切ってしまうのではなくて、そこも含めて何とかしていかないと、というふうに考えるんだけど。

 【津田】でも、今さんも以前、政府の補助金を受けて経営を安定させる代わりに、いわば政策の中に囲い込まれているような農業の有りようはどうなのかって、疑問を言っていましたよね。

 【今】ええ。段階的に考えれば、補助金とかで余裕があるところは、それを基にして次のステップを、たとえば将来的な地域内自給に向けて何を発想するかっていう形になればいいわけですが、安定的に保障されているが故に、そういう部分が非常に少なく感じられたんですよね。

 【本田】必ずそうなるんですよ。企業が長年続いているのは、絶対に保守化せずに、常に新しい事業を展開しようとするから。それは欲から来ているのかもしれないけども、「攻撃は最大の防御」でもある。ところが、外部から保障されると、保障を継続するためには知恵を使っても、打って出ることは考えられなくなる。だから、たとえば有機農業推進法のモデルタウンに指定されたらどうなるかというと、農家は何も考えない。作付け計画から何からすべて役場が書いて、それで400万円もらって、その使い途も役場が作って「はいどうぞ」。だけど、自分たちがモデルタウンにどう取り組むか、話してくれと言われたら、「いや、俺に聞かれても困るんだわ」(笑)。

 【今】そうなりがちだけど、経営が安定すること自体は、僕は認めます。ただ、少なくともそこから、どうやって人を作り上げていくか、とならなければだめだって…。

 【本田】ならないって。

 【今】そう言われたら、どうしようもないじゃないですか(笑)。

 【津田】本田さんからすれば、今さんにそういう問題意識があるのは、今さん自身が、ある意味ギリギリのところで頑張って、自分で道を切り開きながら地域での取り組みを行っているからで、もし今さんが補助金とか戸別所得補償の枠の中に浸かって、そこから農業や地域のことを考えるようになれば、やはり保守化せざるを得ない、ということでしょう。

 【本田】地域が「打って出るぞ」っていう意識を持つのは、そういうモデルを見るからです。逆に、誰かに保障されて温々している人がいたら、地域全体が「俺もああなりたい」と思う。そのうち、おかしいことをおかしいと言ったら変人扱いされるようになるんですよ。だから、「保障は認めるけど前に進もうよ」と言っても進むわけはない。幻想を持っても虚しいだけですよ。

 【今】でも、そうだとしても、現存している農家を潰すわけにはいかないでしょ。

 【本田】でも、潰れるべくして潰れていくでしょうね。そういう農家が潰れれば、新しい農家が入ってきますよ。その証拠に、定年退職した人たちが農業に入って行ったりしているでしょ。辞めた所に入って行けばいいんですよ。

 【今】そうかもしれませんが、僕は本田さんのように割り切って考えられないなぁ(笑)。


地域社会との関係

 【津田】でも、本田さんが言われるような関係は、地域的に広がっているんですか。

 【本田】広がっていますよ。始まりは、僕が標津に入植して3年目のことです。ちょうど第二次農業構造改善の真っ最中で、1軒に乳牛50頭で面積50ヘクタールというヨーロッパ型の酪農近代化政策が推進されていました。その時に農協と地域は、乳量が少なくて経営の思わしくない農家に離農勧告を出した。それを受けて農協にも役場にも相談できず、かといって金融機関と付き合ったこともない、そんな農家2~3軒が僕のところに来た。「辞めなくて済む方法はないだろうか」って。僕は「ある」って言った。要は入った金を出さなきゃいい。それを合言葉にして「土作り研究会」を始めました。

 入って来る金は牛乳の代金。出ていく金で主なものは、肥料代、機械代、飼料代の三つです。これを半分に減らせば何とかなる。そこでいろいろ考えると、肥料に使える糞尿がいくらでもあるわけです。これで堆肥を作ろうと提案をして、当時はタダだった木の皮を材木屋からもらってきて、それと糞尿を混ぜて堆肥を作り、畑にどんどん撒いていった。ところが、そうやって土壌がよくなりつつある時に、農協が今度は離農勧告した農家に、木の皮なんか使う農家には燃料は出さないって、燃料の供給を切った。

 それでどうしようかって知恵を絞っていたら、標津には漁協の加工場や民間の加工場があって、魚の内臓の処理に困ってたわけ。だから、それをトロ箱一つ200円で何百ケースももらってきて堆肥にして、その分を積み立てて燃料代としてみんなに配った。それから5~6年経ったら、標津町の乳量の番付でトップが僕で、十位までその仲間ですよ。

 残念ながら、酪農はミルカー(搾乳機)の工事の失敗で終わってしまった。でも、僕が入植したときに241戸あった農家が、今では半分くらいになっているにもかかわらず、「土づくり研究会」の仲間、離農勧告された連中は一人も脱落していない。むしろ、飯が食えて土づくりをしなかった連中の方が脱落した。それは、追い込まれて真剣に考えたから生き残ったと思いますね。だから、僕は「ざまあみろ」って(笑)。

 【今】「ざまあみろ」なのかもしれないけど、地域社会という面で言えば、ずいぶん損失が大きかったじゃないですか。

 【本田】そりゃ大きいけど、僕のせいではないよ。それを言うなら、いま興農ファームで働いているのは26人ですよ。標津で通年で26人も雇っているのはうちだけですよ。うちは基本的に、従業員の食べ物は自給する方針で野菜畑が5ヘクタールある。夏の間は自給する以上に採れるから、それを売った収益も従業員の給料に反映される。会社が儲けるかどうかよりも、全員で全員の生活をどう守っていくかが問題です。もちろん、従業員全員がそういう問題意識かと言えば、そうではない。10年経ったら何も残っていないかもしれない。でも、経営者としてはそういう思いです。だから、何も考えずに農協に“おんぶに抱っこ”で、まるで農協の小作人のような、そんな農家はいらない。僕は、農協そのものを否定するつもりはありませんが、いまのような農協はいらない。

 【今】それはそうです。

 【本田】農協は本来の協同組合の姿に戻るべきですよね。その意味で、民主党が直接支払いにしたのは正解だと思います。農協を経由してお金を払えば全部ピンハネされますから。民主党で評価しているのはそこだけですね、僕は。

 【津田】戸別所得補償の中身、その効果については疑問だけれども、税金が直接農家の口座に振り込まれる仕組みは正解だ、と。

 【本田】そう。ただ、基本的には地域が自分たちで自活できるような方向でお金を使うべきだと思いますけどね。

 【今】僕がさっき言ったのは、そこですよ。地域が自活できる基盤を確保して、その上で、今度は現存している農家の人たちを、その人たちが持っている能力をどう育てていくか。そこが、これからの課題だと思います。

 【本田】だから、戸別所得補償をやめろとは言わないけど、たとえば地域の中で待機児童をなくして、お母さんが働けるように保育園なり学童保育なりを整備する。要は、働く環境・条件を保障するような部分に金を使う。できれば、そういう保育園なり学童保育と特別養護老人ホームを一体化していく。そこと農業が結び付きながら、年寄りも農家の手伝いをする。そして老人が自分の孫やひ孫みたいな子供を可愛がるという関係を作っていって、地域全体が命を大切にしていく。標津でやろうと思っています。


北海道農業と地域

 【津田】言われていることは理解できますが、少し疑問に思うのは、北海道の農業は営農面積もとても広くて、機械化、大規模化が進んでいますよね。そんな農業の現場で、老人や子供が一緒に農業に交わっていくようなことができるのか。実際に僕らも、一反二反の狭い耕作地で農業しているところでデイハウスやグループホームに来る老人たちが草とりしたり、そんな農業と福祉の連携を具体的に始めつつありますが、そういう近畿の中山間地ならイメージできても、北海道の広さを考えるとイメージしづらい部分がある。

 【本田】北海道の場合は、むしろ機械化が進んだがために、機械を自由に扱えなくなった老人は農業から疎外されてしまうという構図がある。だから、そこは地域自給を軸に、少量多品種の野菜なんかを作ることに関与していくことです。機械を使うのは、若い連中に任せておけばいい。その上で、老人や子供たちを含めて、地域自給という問題の中にどう位置づけていくか。

 【今】僕も先ほど言いましたが、加工の工程には、お年寄りにも子どもにも関われる部分がたくさんあると思います。それをきちんと見出していくことだと思うんです。本田さんが言われたように、北海道のような大規模化の中では、お年寄りや子どもが農業生産の部分を応援するのは難しいとしても、加工の部分では、むしろお年寄りの知恵を生かせる側面が多い。それを実現できる仕組みを考えていく必要がある。「六次産業化」という政策についても、そういう活用の仕方を考えていくべきだろうと思います。

 僕がこれから富良野でやろうと思っているのは、たとえばヨモギとかタラの芽とか、地域で春に採れるものを加工品にすること。春に限らず、季節ごとにそういうものがあるわけです。ならば、そういう豊かな自然の恵みを農業生産とうまくリンクさせるような手法を考えていくべきでしょう。そうなれば、お年寄りや子どもや障害者も活躍できる部分が出てくると思う。そういう仕組みを作りたい。それは決して「金儲け」というようなものではなくて、いわゆる協同労働ができればいいと思っています。

 【本田】そうなれば、新しいコミュニティができるはずです。かつての農村共同体が潰れた理由は、一つは機械化です。機械化されると共同作業の必要がなくなる。年寄りは機械が使えなくなって若者が中心になる。そうなると、後は規模拡大しかありませんが、規模拡大をすればするほど年寄りは疎外され、やることがなくなる。

 しかし一方で、僕の住んでいる古多糠の中で、海で獲れた鮭を使って飯鮨を作る技術を誰が持っているかと言えば、60歳以上ですよ。このままでは、やがて土地の食べ物の文化や歴史も滅びます。年寄りが加工に関われば、それが継承される。

 そこが非常に大事な所で、かつて農基法を作った時に、規模の拡大と効率性の追求だけが大きな課題で、生活や文化の面は全く無視されてしまった。それをもう一回取り戻す必要がある。

 でも、民主党の「六次産業化」はそうではなくて、むしろ既存の一次と二次と三次産業をくっつけて六次産業ということでしょ。そこで国からお金が出ることになれば、大手がいち早く飛びつきます。実際、カルビーが農家と法人を作って、国から補助金もらってジャガイモをやっている。


問題意識と経験の継承

 【津田】僕なりに整理すると、既存の一次、二次、三次産業をそのまま足し算して「六次産業化」と言うのなら、そんなもので次の農業のイメージなんか出てくるわけがない。農業を金儲け、いわゆる経済性とか効率性だけで見るのではなくて、もともと人間が社会を形成していく上で最も基礎にあったものだから、それを再び取り戻せるような実態を作ないといけない。そのためには、生産・加工・流通・販売・消費が地域の中で協同していくような仕組みが作られるべきだ、と。

 そこまではよく分かりますけど、それを具体化する手順というのか、どんな人間がどんなイニシアティブを持つのか、そこで何が必要なのか。本田さんとしては、自分が中心になって、まず興農ファームで地域の雇用を実現していくことが一つの突破口なんでしょうけど。でも、本田さんのような人は特殊な例ですよね。

 【本田】いや、上手くいった人を真似するんですよ。標津では、いまや土づくりは堆肥からするというのは常識ですからね。要は、それで上手くいけば、農家は「俺もやろうかな」となるんですよ。実際、農協の婦人部から、自分たちも加工をやりたいから、興農ファームでやっている加工を視察したいと何回も頼まれてるんだけど、農協の理事会は視察を認めないって。

 でも、結果的にそうなるんですよ。だって不思議でしょ。何で興農ファームだけが何人も雇って、経営は苦しい部分もあるけど、それでも今年で34年間、潰れないで続いている。代々やってきた農家は次々と辞めているのに。農家の奥さんたちは、それを見ている。だから、僕は地域の人を雇用しながら経営も成り立たせていきたい。

 【津田】それは分かりますが、志を持って事業を始め、「地域への貢献」を掲げながら、実態としてはまったく企業化して、ほとんど金儲け事業だけになっているところも少なくない。興農ファームがそうならないとは限りませんよ。

 【本田】うちは、ある程度の大きさになれば豚の部門を切り離すとか、牛の部門を切り離すとか、工場を切り離すとか、別の経営体に変えていこうと思っています。たとえば、いま豚は母豚が80頭、子豚と種豚も入れたら全部で1000頭です。これを半分ずつにして新しく第二農場を作るとかね。そういう形で大規模化しないようにする。

 その意味で、関西よつ葉はおもしろいですよね。小さい会社が集まって、相互に株を持ち合うから勝手なことが出来ない。勝手なことやっている連中もいるようだけど(笑)。

 大規模になればなるほど効率を追求するんですよ。うちはそろそろ限界です。と言うのも、うちの作業は、たとえば餌をやるにしても、機械も使っていますが、必ず手でやる場所がある。でも、これ以上増やしたら、もっと機械化せざるを得ない。そうすると、家畜との距離がどんどん広がってしまう。家畜は基本的に、一頭の個体を見ることができる範囲で飼うべきなんだよね。

 【津田】本田さんの場合、単に経営面だけでなく、むしろ思想的確信があって、それを実体化していく上で経営を位置づけていると思いますが、そういう思想的確信が地域の中で、何らかの問題意識として共有されている実感はありますか。

 【本田】ないですね。ただ、テーブルを囲んで議論して共有するってことはあり得ないと思う。そういう共有を求めるのは非常に危険です。むしろ、実践の過程の中で試行錯誤、こうやったら上手くいったとか、こうすれば働く空間ができるとか、その集大成が、実はこういう考えだって話に持って行かないと。過去の反省からもね(笑)。

 【津田】その反省は生かされてるんですかね。

 【本田】基本的には。たしかに、若い人と共有するのは難しい。でも、それは仕方ない。一緒にやっていくうちに経験を積んで、がらっと変わるような気がする。時間はかかるだろうけど。

 【津田】でも本田さんや僕らの世代は、時代背景もあって、学生の時に意図しなくても政治的・社会的な経験をする機会に直面せざるを得なかったし、その点は後の世代と大きく違っている。この間、よつ葉に若い人たちがたくさん入って来て、僕は折に触れて、何のためによつ葉をやって来たのかという目的を伝えたいと思うけれども、なかなか考え方としては伝わらない。

 【本田】いや、でも、たとえば各部門を独立させて、それぞれに社長がいるわけでしょう。社長は経営責任を問われますよね。ということは、当然その中には、何でもいいから儲けてやろうってのもいるかもしれないし、金儲けより思想だって人間もいるかもしれないし。

 【津田】儲けよりも思想っていう人間はあまりいない。それは僕らの世代くらい(笑)。

 【本田】でも、たとえば豚の飼い方、牛の飼い方一つにしても、自分たちは何のために飼っているのか、最終的には思想性が問われますよ。それで、もし儲かったとしても、その儲け方はおかしいと言えるんですね、関西よつ葉は。うちはまだそこまで行ってないです。その点では、関西よつ葉のあり方は、今までの僕の経験の中で、おもしろいなと思います。あれだけ小さくしたらクーデター起こしようがないもんな。規模が大きくなると、必ずクーデターが起きますからね。

 【津田】今さんはどうですか。自分が考えていることを地域に定着させて、実体化していこうと思えば、5年や10年では無理なわけで、次の世代にどう引き継いでいくのかという問題が必ず出てきますよね。普通の農家なら、引き継ぐのは自分の子供ってことになるけれども。

 【今】そんな考えは全然ないですね。いま息子は高校2年生ですが、継ごうなんて思っていないだろうし、勝手にすればいいと思います。一方で、いまうちに牛飼いを始めた若者がいます。ラグビーの関係で紹介されて、東京からやってきた。「牛飼いをしたいけど、どこに行ったらいいのか」って聞かれたから、「うちに来れば」って。

 二頭の牛飼いだけでは暮らせないから、福祉関係の職場へ勤めて、そこが週一回休みだから、それで牛飼いをしています。牛乳を絞ってチーズを作るとか、夢はあるみたいですから、いいんじゃないかと。どういう定着の仕方をするかは分かりませんが、10年ぐらいの幅で見守っていこうと思っています。僕としては、そういった新規就農の人たちが自活できるような格好へ支援していくことが、次の世代への継承なり、地域再生の基盤を作ることじゃないかと考えていますけどね。

 【津田】でも、今さんは地域の農家と一緒に組んで出荷したり、既存の農家のつながりを意識的に作ろうとしているように見えますが。



 【今】仲間はいます。でも、むしろ僕はあえて仲間を作らないというか、やっていける見通しがあるなら、仲間を作るよりも自分でやった方がいいよ、と言っています。もちろん、その見極めはあるにしても、これをやりたい、あれをやりたいと言うなら、思うようにやって伸びてもらって、後は必要に応じて手伝いなり手助けをすればいい。グループでがんじがらめにして、彼らの考えを伸ばさないような形にはしたくないんです。

 【津田】ただ、それぞれが個人の生活や営農の中で解決してしまった場合、地域の農業の活性化や地域作りという問題は、どうなるのかな。今さんが面倒を見て、ある程度落ち着いたけど、そうなったら地域とか地域の協同という枠から外れてしまうような構造だと、むしろ今さんの構想とは逆の結果になってしまうのではないかな。

 【今】たしかにそうかもしれません。それでは地域の力にならないことは、よく分かるんです。でも、地域の力が発揮されるには、まず個人の能力をつけていかないと、束ねる力も出てこないと思うんですよね。だから、まずは個人の力を付けた方がいい。もちろん、それは単に儲けることではなくて、有機農業なりを定着させる意味でも、その方がいいのではないかと。

 それで、去年から加工を始めたり、厳寒地でもできる手法を使って冬場でも野菜を作っていこうとしています。それが実現できれば農業として循環できると感じているので、去年からそういった手法を入れて、新規就農でもいいから地域の農家の人口を増やして、それが加工に繋がっていけば、と考えています。浅知恵ですけどね。


北海道農業と地域内自給

 【津田】今日のもう一つのテーマとして、北海道の農業は耕地面積も非常に広いし、そこから取れる生産物の量も膨大です。それは、北海道農業の最大の特徴であると同時に、自分たちの圃場のある地域や道内で販売しようとしてもやり切れないという問題が出てきますよね。地域内自給としての農業を考えた場合、この点はどうですか。

 【本田】たとえば、興農ファームは面積137ヘクタールで26人働いています。つまり、1人当たりに換算すると約5ヘクタール。一方、標津町の農家1戸当たりの平均面積は約55ヘクタールです。だから137ヘクタールと言っても、それほど大規模ではない。ただし、生産物を処理できるかといえば、できません。とはいえ、まず地域内自給を確実にして、余剰分を外に出していくことが基本ですから、地域内自給で回るような地域にしなくてはならない。つまり、産業を興して人が定着し、地域が成り立っていくことです。

 たしかに、これまであちこちで企業誘致がありましたが、企業なんて地代や人件費が安い所に行ってしまいますから、地域の資源を有効に活用する産業が生まれない限り、結局そこは空洞化するわけです。そこで、標津町の資源はと言えば、漁業と農業と森林と水ですよ。これらの資源を有効活用して産業を生み出し、雇用を生み出し、地元に金を落として地域が再生していく方向しかない。その一環として、加工も含めて生産物を地位内自給し、余剰分を外に売っていくということでしょうね。

 【今】基本的には自分のところで消費したいですが、それは不可能に近い。はっきり言って、地域内では農産物はあり余っている。自給率200%~300%ですよ。化石燃料を使って本州に送るのは忸怩たる思いがありますが、生活のためには勘弁してほしい、というのも正直なところです。

 ただ、僕が加工を手がけているのは、加工することによって地域でさらに消費できる部分はきっとあるだろうと思うからです。それに、加工ならお年寄りや障害者の関われるところも多いですから。協同労働というか、商売よりも誰もが働ける場所ですよね。そこで変わった品物ができたら、広く紹介していきたいと考えていますが。

 地域には、伝統的な生活の知恵を持っているお年寄りや技術を持っている人がいっぱいいる。そういう知恵や技術や人がもっと生かされなくては、そこに住んでよかったという地域には決してならないだろうと思います。それに、きっとパンであれ豆腐であれ、醤油であれ味噌であれ、いろいろと加工品を作ってみたいという人もいるはずです。そう思った人が工夫して作れるような、そんな場所があったらいいのではないか。そうなれば自分にもつながってきますからね。そんな感じで、こういうものができる、ああいうものができる、ということになっていくだろうと思います。

 先ほども言いましたが、北海道では春から冬にかけて山菜がたくさんある。おもしろい品物になるでしょうね。とくに笹ですね。南富良野町では笹をジュースにしていますけど、笹には殺菌性とか、いろいろ効能があるらしいので、加工して価値に変えたいと思います。

 【本田】そこで問題なのは売り先ですよ。僕はこの前、ある外食大手の会長と話をした。管理や検査を強化して安全だの何だのと言うけど、この間の食をめぐる一連の事件を見れば、いくら検査したところで消費者には潜在的な不安感がある。そこで、「それを払拭するには具体的にどうすべきだと思いますか」と聞いたら、「いやぁ……」って言うんだよ。だから、「あなたの会社は、会長と言えどもその程度なんですよ」ってね。

 【津田】そんなこと言ったんですか(笑)。

 【本田】それを言わないと、気が付かないんですから。生産者の顔を見せるとか、そんなのはどこでもやっていることで、それをやったからといって消費者の不安は払拭できません。

 一方で、有機農業運動の中に「提携」って言葉がありますが、提携の会員は増えているそうです。やはり生活の基本は信頼だってことでしょう。関西よつ葉だって、各地の生産者と提携しているから安定供給できるわけでしょ。だから、外食だって検査を強化するより提携したほうがいいとなるはずですよ。実際、外食の売り上げは下がっているにもかかわらず、提携は増えているわけだから。もっと真剣に農業と手を結んで行かなかったら、外食は成り立っていかないんだって、薄々は感じていると思う。

 【津田】たしかに、真剣に考えている外食の経営者は、そこまで見ていると思うね。

 【本田】外食でもスーパーでも、そういう話に耳を傾けるなら、僕はとことんまでやる。ただ、1号店、2号店くらいの時には徹底的に社員教育するけれども、それで儲かって一気に拡大すると、社員の意識が追いつかないから結果的に嘘が始まるんですよ。そこまで教育して店舗展開しなかったら、絶対失敗しますね。

 【今】僕も、あるところで話したときに言ったのは、皆さんは有機農産物をほしいと言うけど、では、野菜に腐った部分があったら、そこを取って自分の食卓に載せるように提案していますか、腐った部分は捨てても、残ったところは使えるというような手法で消費者教育をしているんですか、と。有機農産物の業者でも、腐ったところがあったら全部ダメみたいな方法でやっているところがあるよ、と。

 やはり、有機というものが何のためにあるのか、きちんと考えてもらえるような社員教育や消費者教育をやらない限り、伸びないですよね。最近なんか、どこの誰とは言わないけども、無肥料の農産物がいいなんて言う人たちも増えているんですよ。関東ローム層で、どこに棒を挿しても1メートルくらいすっと入って行くような土壌のところに消費者を連れて来て、「これは素晴らしい有機物でどうのこうの。肥料入れなくても育つ」って。何言ってるんだって(笑)。


卵が先か鶏が先か

 【津田】最後に、本田さんが標津で実践したり、今さんが富良野で手がけているように、農業や畜産をベースにして生産や加工や消費の地域的な一体性を自覚的に追求しようという動きは、他にも出てきていますか。

 【本田】ありますよ、たとえば、「地域が支える農業(CSA)」の実践をしている人たちとか。今度、そこで勉強会をします。北海道各地から同じような問題意識を持った人たちに集まってもらってね。要は、これからの北海道の農業をどうするのかという話。有機農業が正義だ何だって言ったところで、それで済む話ではない。だから、今さんにも是非きてほしい。

 【今】僕はそういうのは嫌なんですよ。言われていることが重要なのは分かりますが、僕がやるべきなのは、どのように地域が活性化されるか、自分のいるところでその素地を作っていくことだと思うんです。それを抜きに北海道レベルでどうこう言っても仕方がないと思っているから、まず、自分が富良野で何らかの形と内容を作って、その後に外に出て行きたいと思っていますので。

 【本田】それは逆ですよ。北海道農業をどうするかというのは、地域をどうするかということ。問題は、その共有なんです。北海道農業をこういう方向で考えようという共通認識をもとに、各々が地元でやってもらえればいい。そこはオール北海道で、生産者、有機農業者がそういう共通認識を共有できるかどうかが大事なんです。

 【今】いずれにせよ、僕は「卵が先か鶏が先か」の議論だと思いますけどね。

 【本田】そういうふうに考えるところが、今さんの最大の欠陥かも知れない(笑)。

 【今】そうです。それはもう、皆さんにそう言われるんです(笑)。

                                                                      (終わり)



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