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研究会報告:グローバリゼーション研究会

ベネズエラ発、ラテンアメリカを覆う反米潮流

今、ラテンアメリカでは反米の風が吹いている。今回取り上げたベネズエラのチャベスのように明確に反米と社会主義を掲げている政権はまだ多くはないが、10月にブラジルのルラが再選を果たし、11月にはニカラグアのサンディニスタ、オルテガが16年ぶりに政権に返り咲き、更にエクアドルでは米国との自由貿易協定に反対し、ブラジル、ベネズエラなどによる南米共同市場(メルコスル)への加盟検討を打ち出した左派のコレアが、新たに大統領になった。彼らの政策・路線は一様ではなく、その依って立つ背景・基盤もそれぞれである。

しかし、もちろん共通点もある。それは「資金を巧みに利用し、社会的正義を求め、人気のないワシントンの政権を激しく攻撃するチャベスの路線が、ラテンアメリカでかくも大きな共振を起こすのは、(ボリビアの)モラレスのような指導者が、ベネズエラでチャベスの台頭に道を開いたのと同じ社会問題への取り組みを重視しているからに他ならない」(マイケル・シフター「ウゴ・チャベスとは何者か」『論座』2006年7月号、所収)という点だ。つまり、ラテンアメリカには共通する社会問題が存在し、その問題に対する取り組みが各国で焦眉の課題となっており、そしてその取り組みへの各国人民の選択が反米路線として、ラテンアメリカ全体を覆い始めているのだ。

共通する社会問題とは、言うまでもなくこの地域で1980年代中盤以降吹き荒れた「構造調整プログラム」という名の、新自由主義政策に基づく極端な緊縮財政と市場原理・自由化万能路線がもたらした悲惨な結末だった。これを具体的にはベネズエラに即してみれば、次のようである。

89年の労働者の実質賃金は80年の83%、更に98年のそれは90年の56.8%にまで低下した(つまり、98年と80年を比較すると約47%ということか?)。その結果、保守派の新聞ですら、92年には国民(約2500万人)の80%が貧困層であり、しかも44%は絶対的貧困層であると結論づけた。雇用関係においても約半数は5人以下の零細企業従業員や露天商などのインフォーマルセクターが占め、全家庭の約20%は定期収入がない状況であった。最終的にはガソリン価格の500%の値上げなどによって、97年のインフレ率は100%、98年の世論調査では急進的な改革を望む勢力が全体の63%に達し、この人民の怒りと不満を背景に98年12月の大統領選挙でチャベスは勝利し、大統領に就任した。

チャベスは99年12月に国民投票で86%の賛成を得て新憲法を採択し、国名をベネズエラ・ボリーバル共和国と変更、自らの路線を「ボリーバル革命」と称している。これは、単に反米とか、反・新自由主義というだけでなく、もっと長い歴史的文脈とベネズエラ1国には留まらないパンラテンアメリカ主義とも呼べる地理的な広がりの中で、チャベス自身が自らの政策・路線を位置づけようとしていると見ることができる。経済的な協力関係としてはメルコスルを重視し、また貧困対策において例えばキューバと共同で識字教育プログラムをボリビアのモラレス政権に援助プロジェクトとして始動させていることは、その具体的現れである。

ところで識字運動は、ラテンアメリカのような富の偏在が激しく、識字率が低い地域では(ベネズエラで03年に150万人が非識字者)、解放運動として重要かつ不可欠な取り組みである。チャベス政権の下でベネズエラでは05年に非識字者を解消したが、これはラテンアメリカではキューバ(1960年)に次いで2番目の達成であった。また、ニカラグアのオルテガも識字運動での成果が人々からの支持の根拠となり、今回の大統領選で大きな力となったようである。こうした識字運動などの教育政策は、ポピュリズムとかペロニズムと呼ばれるばらまきや人気取り路線とは一線を画する重要なポイントとしても評価することができるだろう。

但し、チャベスが掲げる「ボリーバル革命」の最大の課題については、未だ端緒についたばかりだ。最大の課題、それは土地改革と農業改革である。ラテンアメリカ特有の極端な大土地所有制(ベネズエラでは0.1%の大地主が全農地の46.4%の農地を所有する)と、全人口の約8%にしか過ぎない農村人口、30%程度にすぎない食糧自給率、これらをどのように変革していくのか、である。政策的には、全農地3000万ha中1000万haを収容し、協同組合、農業法人による協同組合農場へと組織化する計画を立て、既に実行に入ってはいるが、順調に進んでいるとは言い難い。2002年から2年間で180人の農民・協同組合指導者が殺害されるという、旧支配勢力からの激しい抵抗にあっているのである。

しかし、ラテンアメリカの大土地所有制が、この500年間の支配体制の源泉であり、また所産でもある以上、これを解体・変革する闘いはたかだか数年単位の時間軸で捉える方が間違っているのかもしれない。その点でも「ボリーバル革命」は深さと広さを持っていそうだし、次回以降のテーマであるメキシコ・チアパスやボリビアのモラレス政権と共通する内容がありそうである。

【主要参考文献】
新藤通弘『革命のベネズエラ』新日本出版社、2006年

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