タイトル
HOME過去号35号

民工問題に見る“下からの陣地戦”

はじめに

行仁村からの帰り道、ツアー一行が向かったのは、北京市東郊にある出稼ぎ労働者の自助・支援団体「工友之家」である。北京中心部の天安門広場を起点に北東へ車でおよそ1時間、北京空港の南十数キロのところに位置している。正式な住所は北京市朝陽区金盞郷皮村。トウモロコシ畑や防風林、レンガ造りの工場、赤茶けた更地などが飛び飛びに続く、何とも郊外らしい光景の中、一行を乗せたバスが幹線道路を折れると、細い道の両側に食い物屋、雑貨屋、八百屋などの並んだ集落が現れる。そんな皮村中心部の一角に、「工友之家」が組織するいくつかの施設が点在している。

民工子女の自主学校

はじめに訪れたのは、北京市内に居住する出稼ぎ労働者、いわゆる「民工」(※1)の子女を対象とした自主学校「同心実験学校」である。かつて村の公立学校だった敷地・設備を再利用したものだ。「1人っ子政策」の影響から公立学校が廃校になり、工場へ転用された後、しばらく放置されていたが、これを改修し、05年8月に開学した。改修作業には、ボランティア100人あまりが参加したという。開校費用は7〜8万元(1元=約15円)で、後述する「打工青年芸術団」の慈善公演による収益が中心になったとのことだ。

いただいた学校案内や同校のホームページ(※2)によれば、敷地面積は3000平米ほどで、教室棟、図書館、食堂、運動場、バスケット・コートなどを備えている。3歳で入学可能な幼稚園段階の「学前班」から小学校6年生まで、計16クラスを擁し、在校生は450人。すべて他省からの民工子女だという。生徒のうち100人程度が学校近辺に在住しているが、徒歩通学が困難な生徒用にスクールバスも用意されている。また、さらに遠距離だったり、親が飯場暮らしだったりと、さまざまな事情に合わせ、寄宿舎も併設されている。

教員は16名で、いずれも専任。「師範学校を卒業した、情熱を持ち、責任感を持ち、理想を持った若い教師」とのことである。そのほかに運営職員が8人。学費は学期ごとに、学前班が380元、小学生が360元で、これに月40元の給食代が加わる。生徒からの学費は、すべて教員・職員の給料に充当されているという。

日本でも報道されているが、北京市内には同心実験学校のような自主学校が数多く存在する。およそ300〜400校というのが相場だ。その内には、北京市当局の認可を受けたものもあれば、無認可で運営されているものもある。同心実験学校の場合、皮村村民委員会の協力で敷地の貸与を受けていることからも分かるように、北京市当局の認可を受けてはいるが、助成はまったくない。老朽化した廃工場などを借り受けている無認可校の多くは、物理的な安全基準に問題があったり、再開発に伴う立ち退き問題に直面するなど、存続そのものが極めて不安定な基盤の上にある(※3)。

もちろん、中国では中学卒業まで9年間の義務教育制度が導入され、北京市内にも数多くの公立学校が存在する。しかし、他省の農村からやってくる出稼ぎ労働者にとって、公立学校に子供を通わせるのは至難の業である。基本的に学校側が受け入れを認めず、仮に認められた場合でも、地元の子供に比べて数倍に及ぶ経費が必要だからだ。

中国国務院(政府)系のニュースサイト『チャイナネット』によれば、「北京市では現在、地方から来た農民出稼ぎ労働者が300万人もいる。教育部門によると、出稼ぎ労働者の子女の数は37万人にものぼる」(06年10月18日付)という。同心実験学校の生徒数を基準に学校数をかけ合わせれば、37万人の半分は未就学となる計算である。

「四農問題」としての「民工問題」

こうした事態が生じる背景には、中国独自の戸籍(戸口)制度がある。中国では、「都市戸籍」「農村戸籍」という2種類の戸籍が存在するが、これは単なる地理上、職業上の区分ではなく、限りなく身分制度に近い。農村戸籍を持つ者は、たとえ都市に移住しても都市戸籍に変更できるわけではなく、そもそも正式な居住許可すら与えられない。それ故、都市戸籍者が享受する行政・社会サービスからも、「合法的」に排除される。加えて、こうした処遇は当人だけでなく、その子供にも及ぶ。仮に移住先の都市で生まれても、農村戸籍者の母親を持つ限り、子供は農村戸籍から離れることができない。したがって、都市戸籍者を対象とする公立学校に通う権利はない、という理屈になる。

市場経済化に邁進し、経済成長の著しい中国、とくに北京や上海など沿海部の大都市では、ここ10年以上、内外の資本を導入した再開発、建設ラッシュが続き、折に触れて不動産バブルが噂されるほどである。あるいは、安価な労働力を武器に、いまや「世界の製造拠点」との呼び声も高い。これら建設現場や製造業、あるいは各種サービス業の末端を支えているのが、内陸の農村からやってくる民工たちだ。

その意味で、発展を続ける中国経済、都市の消費生活にとって、いまや民工は欠くことのできない存在である。にもかかわらず、それに相応しい権利と待遇は保障されていない。深刻化する「三農問題」のために農村を離れざるを得ず、各地の大都市に流入する民工たちは、全国でおよそ2億人と推計されている。充分な教育を受ける機会に恵まれず、特別な技能も持たない民工たちの多くは、都市最下層の労働者として低賃金の「3K労働」に従事せざるを得ない。かくして、不安定な雇用、賃金の未払い、労災モミ消しなど労働にまつわるさまざまな不利益、さらには都市住民から有形無形の差別を被ることになる。

一例として、06年3月に中国国務院が発表した『中国農民工調査研究報告書』の要点を紹介しよう。それによれば、北京、上海をはじめとする都市部に流入した民工は約1億2000万人。産業別では、第3次産業で働く従業員の52%が民工である。その一方、76%が事前に何の訓練も受けないまま、建設現場などで単純労働に従事していることも判明した。こうした状況につけ込むように、違法な労務管理も横行している。全体の80%が週6日以上、1日8時間以上働いているにもかかわらず、契約通り賃金を受け取った民工は48%にすぎず、月収800元以下での就労を余儀なくされているのは全体の72%(ちなみに、都市住民1人あたりの1ヵ月の可処分所得は1668元とのこと)。半数近くは契約書なしで働き、契約自体に対する知識を持たない民工も16%にのぼったという(※4)。

日本の感覚では、出稼ぎ労働者問題というよりも、むしろ外国人労働者問題と考えた方が理解しやすいだろう(※5)。民工子女の教育問題は、その象徴とも言える。

こうした民工問題については近年、背景要因としての「三農問題」と合わせて、「四農問題」と捉える見解も現れ始めた。もちろん、中国政府も対策を迫られている。06年1月に温家宝首相が召集した国務院常務会議では、「農民工問題の解決に関する若干の意見」が可決された。これは、政府の民工問題対策に関する指針であり、賃金問題、労務管理、就業支援・職業訓練、社会保障、公共サービス、権利保障システム等々について、早急に整備するよう各部門に指示するものである。本誌33号で触れた戸籍改革の試みも含め、積極姿勢を見せていることは間違いない。ただ、如何せん社会構造総体の問題とも関わるだけに、取り組みは遅々として進んでいないのが現状だ。

当事者による問題解決の動き

その一方、先に見た同心実験学校のように、この間、当事者たる民工たちの間から、自らの苦境を打開すべく、自主的な動きが生じている。同校の校長でもあり、かつ「工友之家」の事務局長を務める孫恒氏(※6)の話から、その現状をうかがうことができた。

現在31歳の孫恒氏は、河南省の農村に生まれ育った。地元の師範学校で音楽教師の資格を取得した後、北京にやってきたのは98年である。それ以降、彼自身も1人の民工として、運送やセールスなど、さまざまな仕事に従事したという。その後、民工子女学校の音楽教師を経て、現在に至る。

「北京に出てきた当初は友人もおらず孤独でしたが、仕事を通じて同じ境遇の人々と知り合い、友人もできました。頼られたり頼ったりという関係の中で、一緒に何かできないか考えたんです。民工は都市の経済発展だけでなく、仕送りなどで出身地の農村経済も支えています。にもかかわらず、有形無形のさまざまな差別を受けています。働きづめの生活で、娯楽の機会もありません。そこで、得意の音楽を生かして、民工たちに文化的な楽しみを提供しようと思い立ったんです。それから、昼は働き、夜は歌う生活が始まりました。」

その後、02年5月には民工仲間が集まり、音楽や演劇など文化活動を行う「打工青年芸術団」が結成される。互いに時間をつくっては建設現場などに赴き、民工たちに対して一種の慰問活動を行うようになった。

「しばらくすると、演奏が終わった後に、民工たちから相談や要望を持ちかけられるようになりました。労働条件や賃金問題、子供の教育などです。これに応えたいと思って、いろいろな伝手をたどったところ、北京にある各大学の学生たちと接点ができました。そこから、徐々に物品カンパや労働奉仕、法学生には法律相談など、ボランティアを頼めるようになったんです。」

民工を取り巻く問題は多岐にわたり、音楽活動を軸とする「打工青年芸術団」の手に余りがちであることは、想像に難くない。孫恒氏と仲間たちは早くも02年11月、一種の統括組織たる「工友之家」を創設するが、おそらく民工問題の多様性に直面する中で、その総体に対応すべく活動の再編を迫られたが故のことと思われる。

「かつての自分と同じく、民工たちは個々バラバラでお互いのつながりが薄い。つながりを作ることが一番の要点だと思いました。そこで始めたのが『工友之家』です。」

「工友之家」は正式名称を「北京工友之家文化発展センター」(Spiritual Home of Rural Migrants)といい、法的には北京市工商管理部門の管轄下にあるNPOである。紹介リーフレットによれば、「顧問団」には温鉄軍氏や李昌平氏など「三農問題」にかかわる著名人が顔を揃え、「協力機関」としては、国家・党・行政の各関係部門、諸大学の研究会・サークル、各種民間団体などが列挙されている。なお、香港楽施会(Oxfam H.K.)など内外の基金やNGOから寄付も受け、活動の物質的基盤を確保しているという。

工友之家が統括する活動領域は、@打工青年芸術団、A同心実験学校、B打工者文化教育協会、C打工者問題協助センター、D同心互恵商店、の五つである。すでに触れた@とAを除いて、簡単に紹介しよう。

まずBは、民工と地域住民による「社区(コミュニティー)」活動である。日本の感覚では、自治会活動や公民館活動といったところだろうか。内容としては、図書館運営、大衆文芸小劇場、『社区ニュース』の編集発行、コンピューター教室、職業訓練講座、交流トーク企画など。北京市北西部の海淀区に位置する民工集住地域の居民委員会と工友之家が、共同で設立したものだ(ちなみに皮村でも、同心実験学校が夜間、同様の機能を担っている)。

次にCは、いわば労働組合部門である。労働現場での賃金未払いや契約違反、有形無形の差別といった権利侵害に対して、ボランティアの法学生などと連携し、ホットラインの開設、法律相談、法律教室、雇用主との交渉、抗議行動、民工に対する一時避難所の提供などを行っているという。

最後のDは、リサイクルショップである。金銭に余裕のない民工たちに、都市住民から供出された不要品を低価格で提供し、同時に活動資金も確保するという「一石二鳥」を睨んで開設された。寄付の呼びかけや物資の回収、検品、整理は、主に学生ボランティアの労働奉仕である。実験学校から徒歩3分ほどの皮村店を覗いたところ、民工子女とおぼしき店番の少女が2人おり、オリジナルの「ゲバラTシャツ」を勧められた。

「有中国的特色」の新自由主義

「正直言って、始めてから4年で、これほど活動領域が広がるとは予想していませんでした。必要に迫られてやっているというのが現状です。」

孫恒氏が自ら語るとおり、驚異的な展開である。その要因として、彼自身が持つ一種のカリスマ性を指摘することは可能かもしれない。しかし、その一方で、こうした活動が要請されざるを得ない客観的状況も忘れてはならないだろう。

周知のように、中国が改革開放政策を導入して以降、とくに都市部では、市場化の波が社会の全領域を覆いつつある。それに伴い、これまで国有企業などの形で、いわば国家が丸抱えしてきた領域を切り捨て、市場に委ねる、一種の国家リストラ政策が進行した。こうした動きは、とくに90年代に入って著しくなる。基本的には、グローバルな市場体制に規定され、新自由主義的な諸政策を受容した結果と言えるが、同時に、中国に特有の要因が絡んでもいる。

「それまで国有とされてきた資産の移転と私有化が進められ、新たに出現した私営企業集団が利益を得るようになる。彼らは自己に有利となるよう改革の動きを誘導してきた。この改革の中で、社会保障の後退、貧富の格差の拡大、大量失業、農村人口の都市部への流出にみられるように、深刻な不平等が出現した。/こうした一連の事態は、国家の関与なしには起こりえない。すなわち、国家は政治機構を堅持する一方で、他の役割については民間に譲り渡してきたのだ。政治的には連続性を保ちながら、経済的・社会的には連続性を欠くというこの二重性が、中国の新自由主義に独自の性格を与えている。」(※7)

今日の国家=党が事実上、1949年以来の社会建設路線を否定したことによって統治の正当性を確保している以上、改革開放以前への後戻りは不可能である。むしろ、経済的権限の多元化をさらに促進しつつ、政治的権限の一元化を堅持することによって前者の恩恵に与る層を拡大し、それを新たな基盤として後者を展望していかざるを得ない。

ところが、まさに前者と後者の不均衡な関係こそが、官僚の腐敗、経済格差、乱開発、社会の不安定化といった諸問題を引き起こすと同時に、社会的諸力による監督という、問題解決のための重要な経路を閉ざす原因にもなっている。「中国的特色を持った(有中国的特色)新自由主義」の所以である。

注目すべき「下から」の動き

いずれにせよ、これまで国家=党による「上から」の共同性に包摂される一方で諸々の再分配を受けてきた人々、とりわけ基層民衆は「上から」の紐帯を解かれ、丸裸で市場化のただ中に放り出された。すでに国家=党にも市場にも頼ることのできない彼らの多くは、自らの生活を守るためにも「横のつながり」、つまり一種のアソシエーションを求めざるを得ない。しかし、中国では、長らく国家=党がアソシエーションを圧倒してきた弊害として、自発性を旨とするアソシエーションよりも、むしろ宗族や宗教といった旧来の共同性が復活し、幅を利かせる傾向が強い(とくに農村では)。

国家=党の側から見れば、こうした傾向は「両刃の剣」と言える。というのも、一方では、新自由主義が進行する中、国家=党が包摂できない(しようとしない)領域が現に生じている以上、それを補完するものとしての共同性なりアソシエーションが要請されざるを得ないが、他方で、そうした動きが自らの統制を外れ、それ自体の原理に基づいて展開することは、許容できないからである。

たとえば、工友之家が取り組んでいる労働組合的な活動にしても、当局が管轄するNPOの範囲内にある限り許容され、仮に「自主労組」といった看板を掲げた場合、たちまち封じ込めの対象とされるはずである。すでに、国家=党の一翼たる労働組合の全国組織が存在するからだ。

この点で、印象的な出来事がある。同心実験学校にほど近い工友之家の事務所に移動し、活動を紹介していただいた際、孫恒氏は部屋の中に飾られていた賞状や楯、「偉いさん」との記念写真などを前に「これは『北京市十大ボランティア』に選ばれた賞状です。ここに映っているのは、共産党中央政治局委員のAさんです」と、淡々と解説してくれた。そこで、後に質疑応答の際、「当局は表彰など、活動を奨励しているようですが…」と尋ねたところ、孫恒氏は即座に「たしかに賞状などはくれますが、物質的な支援は何もありません」と答え、ややあって「この問題は最近になって焦点化されたもので、根源も深く複雑です。いろいろな困難があるのでしょう」と付け加えた。

微妙な問題でもあり、それ以上の質問は控えたが、孫恒氏の口ぶりから、国家=党との間に潜在する一種の緊張関係、それを踏まえて自らの位置を確認する繊細さ読みとることができる。

実際、内外の諸団体から寄付を受け、国外からの団体と自由に交流する民間団体の存在など、10年前の中国では、おそらく想像すら困難だっただろう。中国の変化がそれだけ進んだとも言えるが、それ以上に、客観的条件と止むに止まれぬ下からの動きが、そうした変化を引き出してきたと見るべきである。

中国における変革の動きについて、これまで日本では、たとえば経済発展に伴う政治体制の変容、また党内改革派の趨勢如何といった「上から」の動向を中心に視点が形成されてきた。あるいは逆に、文化大革命や「六・四(天安門)」、民主活動家の動向を中心に、いわば「機動戦」としての「下から」の動きを焦点化する見解も存在した。

ところが、工友之家が行っている諸活動は、そのいずれとも異なる、いわば「陣地戦」としての「下から」の動きである。もちろん、中国の場合、こうした動きが制度的な政治の場に反映されるには、まだまだ関門が多い。だが、所与の条件下にもかかわらず、それを利用してアソシエーションを形成し、問題解決を図ろうとする動きが生じていること自体、注目に値する。むしろ、日本の市民社会こそ、示唆を受けてしかるべき内容が含まれているのではないだろうか。=つづく=(山口 協:研究所事務局)

【註】
 ※1:出稼ぎ労働者に対する最も一般的な呼称。「農民工」とも言う。工友之家では、「働く(打工)者」という意味の「打工者」という自称を使っていたが、ここでは一般的な呼称に従う。

※2:『同心簡』http://www.tongxin.org.cn/(中文)

※3:06年11月7日付『朝日新聞』。http://www.asahi.com/international/weekly-asia/TKY200611070148.html

※4:06年4月25日付『西日本新聞』。http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/20060424/20060424_041.shtml

※5:ところが、その日本でも、「外国人児童生徒は、……公立の義務教育諸学校へ就学を希望する場合には、国際人権規約等も踏まえ、日本人児童生徒と同様に無償で受け入れており、教科書の無償配付及び就学援助を含め、日本人と同一の教育を受ける機会を保障している」(文部科学省)。ちなみに、中国は国際人権A規約の署名国である(01年批准)。

※6:孫恒氏はこれまで、内外のメディアに取り上げられ、日本でも05年7月9日放映のNHK『地球・街角アングル』で、「"打工者"の心を歌う〜中国・北京」と題して紹介された。

※7:汪暉(逸見訳)「天安門で挫折した中国の社会運動」『ル・モンド・ディプロマティーク』日本語電子版、06年11月号。http://www.diplo.jp/articles02/0204-3.html


200×40バナー
©2002 地域・アソシエーション研究所 All rights reserved.