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高まる関心と深まる問題意識(下)

はじめに

「C・ボルザガ氏来日記念シンポジウム:21世紀の共生型の社会デザインを模索する」の後半は、ボルザガ氏の講演、それを受けての質疑応答である。日本におけるイタリア社会的協同組合研究の第一人者、田中夏子氏が質問をとりまとめ、通訳しつつコメントを挟む形式で行われた。

「補償的措置」からの転換

ボルザガ氏はまず、「この20年間、社会的排除に見舞われた人々にどう対応するか、どのように包摂していくかという問題が世界中で問われている」とした上で、社会的排除に対する社会的包摂の方法として、@予防サービス、A補償的措置、という二つの方向性を紹介した。

予防サービスの内容は、「保険介護、個人の能力向上への支援、自立性の喪失など排除の要因となる問題の克服に向けた支援、就業機会の創出、ワークフェア」などであり、補償的措置の内容は、主要には「金銭的手当ないし補償」である。

ボルザガ氏によれば、80年代までのイタリアにおける対応は基本的に、精神病院に象徴的なように、社会的排除を受けた人々をひとまとまりに「収容」し、そのケアを行うという「補償的措置」の側面が強く、金銭的手当が中心だったとのことである。もちろん、これはイタリアに限らず、いわゆる「福祉国家」と呼ばれる多くの先進国では、おおむね同様だったと言える。

こうした状況に転換が生じるのは、70年代末である。この時期、先進国では高齢化という形で社会構成が大きな変化に見舞われる一方、若年層の失業の増大、それに伴うアルコール依存、薬物依存の増大といった、これまでにない「新たな貧困」の問題が浮上してきたが、既存の福祉政策はそれに有効な対応を行えなかった。その背景には「重化学工業を基軸とする産業構造から知識集約型の産業構造への転換」に規定された、福祉国家の「行き詰まり」が存在する。

すなわち、大量生産・大量消費・大量雇用に基づく均一的な労働者による社会構成をモデルに、その「例外的」部分に対しては、国家による所得再分配政策として、いわば「温情的」な「補償的措置」で対応してきた福祉国家は、基盤となる産業構造の変化に伴って、「例外的」と扱ってきた部分の拡大、その多様性への対応を迫られる一方、補償的措置の財政的負担に耐えられなくなってきたのである。

こうした中で、いわゆる新自由主義は財政負担の面から福祉国家を否定し、「自己責任」の原則に基づく再分配の縮小を対置したが、放漫な財政運営にとっては一定の効果を発揮したとはいえ、「新たな貧困」への対応という点で見れば、単に市場に下駄を預け、政策的な「自己責任」を放棄したに過ぎないことは、周知のとおりである。

もっとも、国家の側が「新たな貧困」に対して効果の薄い補償的措置を漫然と継続するか、あるいは効果が薄いとの理由で対応を放棄したからといって、市民社会の側は決してそれを追認してきたわけではない。ボルザガ氏によると、「新たな貧困」への対処における国家の機能不全とは反対に、むしろ、社会的包摂を目指す市民社会の経験の拡大とその漸進的普及が生じてきたという。

その結果、80年代中期以降、イタリアを含む全西欧的規模で、従来の補償的措置から労働市場への参加を通じた問題解決へと力点が移行するようになった。ボルザガ氏は、その内容を、@予防的・補償的サービスの提供、A有給労働への就労、そのための職業訓練、とまとめている。補償的措置そのものを切り捨ててしまう新自由主義とは異なり、それが適切な効力を発揮し得るよう、新たな枠組みを設定するもの、と見ることができる。

イタリア社会的協同組合の形成過程

イタリアについて言えば、こうした変化を可能にした社会的包摂の経験は、次のような形で蓄積された(田中夏子『イタリア社会的経済の地域展開』日本経済評論社、04年、参照)。

@始動期@(1970年代末〜80年代前半) 「新たな貧困」に対応する新たなサービス提供の必要性が浮上。ボランティア団体を含む個別的なアソシエーションとして、サービス提供や労働を通じた社会参加を求める実践が各地で発生。従来からの協同組合の伝統と結びつき、協同組合という法人形態に定着を見せるが、既存の協同組合形態の矛盾も拡大。新たな組織形態として「社会的連帯協同組合」という発想が誕生。81年、「社会的連帯協同組合法案」が提起される。

A始動期A(80年代後半) 法制化論議が本格化。さまざまなレベルで論争が行われ、修正が繰り返される。「労働に参加するための協同組合」への着目が高まり、法案での積極的な位置づけを確認。国家的な法制化に先行し、地方政府レベルで、非営利セクターを社会的サービスの委託先として位置づける制度的枠組みが進展。

B承認期(88〜91年) 89年の憲法裁判所の判決により、社会的サービスを行う市民運動に対する法的な認知が進む。91年には「ボランティア組織に関する法律」(国法第266号)、「社会的協同組合に関する法律」(国法第381号)が成立、社会的協同組合をはじめ非営利組織をめぐる法的認知が進展。

C確定期(90年代前半) 381号法の成立を受け、各州で社会的協同組合に関わる州法の整備が進む。社会的協同組合への支援策、行政と非営利部門との業務の受委託に関するルール作りが進行。

以上のように、始動期から確定期までには十数年を要しているが、それは、従来とは異なる内容を持った協同組合の性格規定をめぐる論議の故と言ってよい。というのも、社会的協同組合の対象は地域の社会的需要であり、その意味で「地域社会の普遍的利益」つまり「公益」を目的とする一方、民法上の協同組合は「組合員の利益」つまり「共益」を目的とする団体と規定され、そこから「員外利用」も禁じられていたからである。

また、「新たな貧困」を克服するための手段として注目された「労働」の位置づけをめぐっても、不利な立場にある者が、いかにして安定した就労を通じて社会参加を果たし得るのか、カトリック系・左派系の協同組合全国組織の間で議論が重ねられた。

ともあれ、こうした論議の積み重ねによって、91年には、二つの形態を備えた国法第381号が成立する。同法の第1条「定義」には、「社会的協同組合は、市民の、人間としての発達および社会参加についての、地域の普遍的な利益を追求する」との目的が明記されているが、社会的な需要に応じ、それを実現するための組織のあり方をめぐる社会の側からの要求・圧力が、従来の規定を揺さぶり、新たな法的位置づけを獲得したものと言えるだろう。

社会的協同組合の2形態

社会的協同組合の二つの形態について、ボルザガ氏は次のように説明している。

@A型社会的協同組合 社会的不利益を被る人々に社会福祉、保健、教育サービスを提供するもの。その対象および対応は、幼児、子供(保育園の運営、養護施設、教育施設、里親ホーム)、障害者(ボランティアによる補助的援助活動、臨時的サービス)、薬物依存者(更正施設や更正のための共同生活施設)、高齢者(在宅サービス、施設サービス、介護と支援)、移民(臨時収容施設・支援施設の運営、就労支援)などである。

AB型社会的協同組合 社会的不利益を被る者の就労を目的として多様な事業を実施するもの。主たる利用者は、身体/精神障害者、薬物・アルコール依存者、刑務所外措置を認められた受刑者、単身女性、高齢者、ホームレス、失業者など。

このように、A型とB型の違いは、主に業務の内容に基づいており、組合員の構成そのものが大きく異なるわけではないが、B型は社会的不利益を被る人々自身の就労を目的とするだけあって、組合員のうち当事者の比率が30%以上であるように規定されている。その一方で、B型は、税の減免が受けられ、自治体などからの委託契約時に入札が不要といった優遇措置がある。

もちろん、従来の福祉政策でも、就労に向けた支援が皆無だったわけではない。しかし、それらはおおむね、いわゆる「福祉的就労」にあたる「調整的労働施策」「補償的労働施策」「代用的労働施策」であり、「補償的措置」の一部に過ぎなかった。これに対して、B型が念頭に置いているのは労働市場への参入であり、そのための訓練の場そのものを、継続的な企業経営として成立させようとするものである。

もっとも、ボルザガ氏によれば、B型が目指す労働市場への参入については、二つの観点が存在するという。すなわち、@それ自体が安定した就労の場とすることを目的とするのか、あるいは、A将来的に「開かれた」労働市場に展望を見出すという点では、一時的な就労の場と位置づけるのか、である。

ちなみに、Aに関連して、ボルザガ氏は最近のイタリア銀行(中央銀行)の調査結果を紹介されたが、それによると、ミラノを州都とするロンバルディア州では、労働市場の7%をB型の出身者が占めるなど、現実に大きな変化が生じていることが判明したという。

先に触れたように、法的形態としての社会的協同組合はイタリア独自のものではあるが、内容から見て同様の試みは、すでにヨーロッパ諸国を中心に、多くの先進国で行われているという。実際、ヨーロッパ15ヵ国を対象とした調査では、形態は多様ながら、社会的排除に社会的包摂をもって対応する志向は共通しており、ハンガリーやポーランドでは、イタリアを参考に類似の法的枠組みの形成に向けた取り組みが進んでいるとのことである。

「いずれも、『社会的協同組合』という考え方を、積極的なものと捉えている点を強調しておきたいと思います。」

ボルザガ氏は、全体的な傾向をこう概括した後、結論として、次のように述べた。

「こうした状況の進展から浮かび上がってくるのは、困難な状況の克服、すなわち、社会的排除から社会的包摂へという動きが、企業経営という形で、継続的に、一定の安定度を持って行われるようになったことです。これは裏を返せば、従来の『私的資本によってコントロールされた企業』から『労働によってコントロールされた企業』へ転換する可能性をうかがわせるものと言えます。」

社会的協同組合と総体的な視点

講演を受けた質疑応答では、同様の問題に取り組む非営利・協同セクターから多くの質問が出されたが、ここでは三つほど紹介する。

問:B型の多くが市場の中で、ある程度安定した経営を続けていると言うが、その要因は?

答:例えば、公園などの緑化事業の場合、当初は自治体の委託事業として始まり、一定の安定を確保する中で技術を蓄積し、一般企業と市場で勝負するまでになった。ヒーターで有名なデロンギ社の下請け加工でも、当初は部分的かつ単純な加工が主流だったが、その過程で技術を蓄積し、全面的な組み立てから次の段階へと移行した。その他でも、一定の優遇条件を足がかりに、資本・設備・技術を蓄積し、それに基づいて高付加価値部門に展開していく傾向が見られる。

資本蓄積について言えば、社会的協同組合は余剰金の分配が制限されているため、余剰金は内部に蓄積され、それが設備投資につながり、自力でのステップアップを可能にしている。

また、社会的協同組合には、地元密着型の非営利財団が優先的に投資するなど、公的資金が集中する仕組みが存在する。例えば、ミラノ近郊のブレーシャでは、地元自治体から9万平米の土地を貸与され、社会的協同組合8団体が製造拠点を形成している。資本金900万ユーロのうち、300万は自力で、200万は寄付で、400万は地元非営利財団の長期低利融資で賄っている。

新規事業で言えば、有機野菜の栽培や高齢者施設サービスなど、手間はかかるが多様な関与の余地がある分野は、社会的協同組合に適している。

問:幹部と一般組合員の関係の齟齬などは?

答:さほど耳にしない。その理由としては、第一に一種の「労働文化」の存在がある。つまり、対等な働き方を文化・社会習慣として保持していること。「同一労働・同一賃金」を原則とする全国レベルの労働協約がそれを制度的に補完している。

第二に、社会的協同組合は構成員25〜30名程度の小規模なものがほとんどで、意志疎通、合意形成が比較的容易だ。事業が拡大すれば分割して基本単位を小規模化するなど、自覚的でもある。

問:一般企業の変化を促す働きかけなどは?

答:一般企業における労働のあり方、労働市場全体のあり方の問題は、社会的協同組合が努力する問題と言うより、むしろ市民社会の問題と言うべきだろう。

質疑の通訳を担当された田中夏子氏によれば、イタリアにおける社会的協同組合の展開を支える土台ないし「源基」と考えられるのが、アソシエーションである。実際、本誌の「イタリア社会運動訪問・交流報告」(第12号〜第15号)でも紹介したが、「人民の家」をはじめ多様なアソシエーションが存在する。社会的協同組合の多くがそれを基盤に形成されたことは、すでに見た通りである。

この背景について、「遺伝子に組み込まれた伝統」(本誌第14号)と捉えることも可能だが、ファシズムの台頭一つを見ても、伝統がそのまま継続するわけはない。市民社会でのヘゲモニーをめぐる、絶えざる闘争を見逃してはならないだろう。

社会的協同組合に関しても、ワークフェア(積極的労働政策)としての側面にのみ注目すれば、単に福祉の受給条件として就労を置くだけの、「新自由主義+補償的措置」と変わらなくなる危険性がある(安倍内閣の「再チャレンジ支援策」など)。

この点で、ボルザガ氏の視点は、既存の企業、労働市場が形成する諸過程に内在した上で、社会的協同組合が自らの努力で存続を勝ち取り、「労働によるコントロール」への転換を促しつつ、市民社会全体の課題として、雇用労働、労働市場そのものの変化を提起するなど、重層的かつ総体的なものである。

「陣地戦」の現代的展開を考える上で大きな示唆を受けるとともに、こうした総体的な視点こそ学ぶべきものである、と強く印象に残った。(山口 協)


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