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視察報告−中国農村交流ツアー(1)
中国「三農問題」の現状をめぐって

8月20日から25日まで、ピープルズ・プラン研究所の主催による「草の根の農村復興の潮流に触れる中国農村交流ツアー」に参加し、北京と河北省の計3ヵ所を訪れた。ツアーの目的は主に2点、すなわち、中国における「三農問題」現状とその解決を目指す民衆次元の動きの一端に触れること、それを踏まえ日中民衆間の連携をどう形成できるのか考えること、である。一週間足らずの日程にもかかわらず、見学や交流、論議などは盛りだくさんで、内容の濃いものとなった。その模様は今後、数回にわたって紹介するが、ここではまず、前提となるべき「三農問題」の現状について、簡単に触れておきたい。

「三農問題」とは何か

「三農問題」とは、農業、農村、農民という各領域の抱える難問が複合して、さまざまな問題が生じている事態を指す。今回の訪問で交流の機会を持った中国人民大学の温鉄軍氏が、96年に初めて提唱したとされる。また、湖南省の農村の党書記・李昌平氏が2000年、当時の朱鎔基首相に「農村真苦、農民真窮、農業真危(農村は本当に苦しく、農民は本当に貧しく、農業は本当に危機的だ)」との書簡を送ったことを契機に、社会的な認知を得たという。
 広大な国土、農村を基盤とした中国革命、大量の農産物輸出といった印象から、ともすれば「豊かな農業国」として捉えられがちな中国だが、実態は大きく異なっている。

農業問題

「農業問題」としてまず挙げられるのは、零細な営農規模、過剰な就農人口に起因する低生産性である。
 中国が広大なのは事実としても、山地や砂漠なども相当な面積を占めており、農業に適した土地は限定される。しかも、農村人口は全人口13億の約6割、単純計算で約8億人である。もっとも、8億のすべてが就農人口ではなく、商工業を主とする人口や流動人口を除けば約6億人となるが、それでもEU25ヵ国の全人口を上回っている。
 その結果、農業就業者1人当たりの耕地は、98年段階で0.24ha。これに対し、小規模故に競争力を欠くとされる日本の場合でも1.27 haである。土地生産性で見た場合、中国農業は日本をやや上回るほどの力を持っているが、労働生産性では日本の1/4以下に過ぎない。人口圧力がどれほど大きいか、想像できよう。ちなみに、GDPに占める農業のシェアは15%以下である。
  また、中国における農業生産は、改革開放以降も、膨大な人口に対する食糧供給を主眼とし、一種の行政指導による生産調整を行ってきた。ところが、その結果、食糧作物を中心として、「需給逼迫→増産対策強化→豊作貧乏→生産激減→需給逼迫」の循環による生産過剰問題(豊作貧乏)にたびたび見舞われることになり、その都度、内陸部では非農業部門への流出(出稼ぎ)、沿海部では離農または兼業の拡大が進んだ。
 さらに、01年にWTO(世界貿易機関)に加盟したことによって、中国農業は地球規模の農産物貿易のただ中に曝されることになった。これによって、たしかに一部の地域では農産物輸出が増大したが、全般的に見て中国の農産物は必ずしも国際競争力を持つとは言えず、輸入量の増大によって打撃を受けた地域も多い。とりわけ、内陸部の小規模農業は極めて厳しい状況に追い込まれており、農業生産の構造的な調整が不可避と見られている。

農村問題

「農村問題」としては、農村のインフラ整備、教育、所得の水準がいずれも著しく低い点を挙げることができる。
 中国革命はたしかに農村を基盤としてはいたが、権力奪取後、共産党政権は冷戦の本格化、中ソ対立の深化といった国際情勢にも規定され、都市の工業建設を急いだ。その過程で、資本の原始的蓄積として農村からの収奪が強化されたが、とはいえ、これは他国にも見られる一般的要因である。
 中国の場合、これに特殊要因が加わる。財政における農村と都市の間の「二重構造」である。表1に明らかなように、中央と地方の間には財政の収入・支出に関して大きな不均衡が存在する。本来なら、地方交付税などを通じた平準化作用が働くところ、そうした制度を欠くために不均衡は放置され、末端行政にしわ寄せが及んでいる。
 加えて、地方であっても都市に関しては、教育や医療、インフラなどについて国家による財政支出が行われるにもかかわらず、農村はその適用外とされ、もっぱら農民への賦課金を財源とせざるを得ない。こうした都市偏重の財政支出によって、農村の末端行政は「自力更生」を余儀なくれる。
 かくして農民は、収入の多寡に関わらず徴収される農業税をはじめ、教育費、道路建設費、公益費、行政管理費などの法律に基づく諸経費(「五統三提」と呼ばれる)だけでなく、それ以外にも、末端行政の財政事情に応じて財政負担を強いられる。この中には、たしかに農村を運営していく上で必要なものもあるが、農民の収入に比して著しく過重であり、また、一部幹部の私利追求によって恣意的に徴収される場合も少なくない。
  いずれにせよ、中国の農村が置かれている低開発の現状は、農業にまつわる経済問題というよりも、むしろ、低開発状況の是正ではなく、長期にわたってそれを拡大、固定化するような政策がとられてきたことに原因がある、と言うべきだろう。近年頻発している農民暴動や集団直訴事件は、その然しむるところと言える。

 出所:『2005年度通商白書』

農民問題

「農民問題」は、以上の要因に由来する農民の貧困状況を指したものだが、それは所得と社会的地位の両面において現れ、都市住民との格差という点でさらに明らかなものとなる。
 所得に関する格差では、表2に示されるように、基本的に拡大基調であることは歴然としている。80年代中頃と90年代中頃には格差が減少する時期があるものの、いずれも一時的な要因に基づいており、現在の農業構造を前提とする限り、格差の減少は望むべくもない。
 また、社会的地位に関して言えば、先に触れた都市と農村の「二重構造」が、制度的・法的な側面でも影響していることに注目すべきである。周知のように、中国には「都市戸籍」と「農村戸籍」という2種類の戸籍が存在するが、これは単なる地理的な区分ではなく、実質的には一種の「身分」として機能している。農村戸籍者は基本的に都市戸籍への転籍が不可能であり、物理的に移住できても、都市住民が享受する社会サービスからは排除される。つまり、農村から都市への移動の自由、職業選択の自由に対する実質的な制限である。
 何より驚くべきは、95年に改定された「選挙法」において、県級行政区画以上の人民代表大会(議会)選挙に際しては、農村戸籍者の4票をもって都市戸籍者の1票に等価とする、と明記されていることである。「1票の格差」問題は中国に限られたことではないが、だからといって法そのものに権利上の差異があってはならないはずである。農民差別の法的根拠と言わざるを得ない。

 表2:都市部と農村部の所得格差

付け加えれば、党・政府に対する独立性が非常に低いとはいえ、まがりなりにも労働組合の全国組織(中華全国総工会)が存在するのに比べ、農民組合のような組織は存在しない。農民がアソシエーションを形成し、自らの主張・要求を社会的に反映させる手段は、極めて限定されている。
  いずれにせよ、「三農問題」の破壊的影響によって、農業では暮らしていけなくなった農民は、農村を捨て、あるいは家族を故郷に残し、「民工(出稼ぎ労働者)」として都市への流入を余儀なくされる。ただし、都市における民工は、市民的権利の未保障、低賃金、3K労働、蔑視など、あらゆる面で低位に置かれ、それに由来する諸問題が発生している。この点については、別の機会に詳述するが、こうした「民工問題」を「三農問題」に加え、「四農問題」と捉える見解もある。

共産党・政府の対応

「三農問題」が以上のようなものだとすれば、その解決にあたっては、農業の生産性の向上、農民の貧困化の解消、都市との格差の縮小、が要点となる。これらについて、中国共産党・政府はこの間、遅まきながら積極的に取り組む姿勢を見せている。とりわけ、「和諧社会(調和ある社会)の建設」をスローガンに掲げる胡錦濤指導部が発足して以降、それまで成長優先だった基本方針を見直し、再分配の平準化を通じた社会の安定を重視する傾向が鮮明になった。
 この点で、党中央委員会が年間の最重点課題を通達する「中央一号文件」に、04年以来3年連続で「三農問題の解決」が掲げられたことは、象徴的である。また、06年から10年までの経済政策を示す「第11次5ヵ年計画」でも、「6つの原則」の1つとして「都市と農村の協調的な発展を促進する」と明記された。さらに、昨年秋の党中央委総会では、三農問題対策の新たなスローガンとして「社会主義新農村の建設」が提起され、今年3月の全人代で国家的政策方針として承認された。

党・政府にとっての三農問題

党・政府が三農問題の解決を重視する理由としては、主に以下の4点を挙げることができる。
 第一に、農民暴動や集団直訴などの頻発によって、直接的な社会の不安定が醸成されるだけでなく、構造的な社会安定化の制約条件として、経済成長に否定的な影響を与えること。
 第二に、全人口の半分以上を占める農村人口の疲弊・危機は、規模の点で放置できないだけでなく、食糧安全保障の観点からも見過ごせないこと。人口が膨大であるが故に輸入依存には限界があり、国内における安定した農業生産は欠かせない。
 第三に、WTO加盟を通じて国際市場と完全に一体化した中国にとって、何らかの形で農業の構造調整が避けられないこと。農産物輸出の拡大が期待される一方、輸入増大も確実であり、国際競争力の有無に応じて生産体制を整理する必要に迫られている。
 第四に、人民元切り上げ圧力、貿易摩擦の拡大などに見られる輸出志向型経済の頭打ち傾向に対応し、内需拡大型への転換が必要であること。そのためには、農村部の購買力を高め、国内市場を拡大しなければならない。

三農政策の転換

先に触れた「社会主義新農村の建設」の内容は大まかに、(1)財政建設資金の農村への重点投下、(2)末端行政の機構・財政を含む農村総合改革の全面的推進、(3)出稼ぎ農民の権利保護、(4)農業の構造調整、とまとめることができる。
 まず(1)については、要するに農村部の社会資本整備の強化であり、財政出動と公共事業によって灌漑、道路、水道、電気、通信などインフラ施設や居住環境を整備し、教育、医療衛生、文化などの水準を底上げしようとするものである。共産党政権の成立以来、一貫して農村から都市に向かっていた資本の流れを逆転する試みと言える。
 日本や韓国でも、高成長期には同様の政策が実施され、都市と農村の格差を縮小する効果を発揮したと同時に、支配政党の農村部における支持基盤を固める役割も果たした。だが、その一方で放漫な財政支出と利権漁り、腐敗の温床となったことも事実である。
  中国でも、農村部における受け入れ主体が確立されない限り、単なる「バラまき」「箱モノ」づくりに終始するか、今でさえ蔓延している幹部の腐敗をさらに焚き付ける可能性もある。

また(2)について言えば、一つには、農民の高負担を解消するための合理的な徴税体制の整備を挙げることができる。中国政府は03年から、地方政府が徴収する各種費用を農業税に一本化し、それを通じて総額の軽減をはかるなど「税費改革」を全国で実施した。その農業税も今年1月1日、予定を2年前倒しして全廃している。農民の負担は確実に軽減された。
 とはいえ、高負担の背景に中央と地方、都市と農村の間の財政格差があることを考えれば、負担軽減は末端政府の収入減少を招き、公共サービスの低下につながりかねない。実際、とくに教育部門においては、末端政府が教育設備費、教員給与などを賄えず、義務教育体制が実質的に崩壊するなどの事例も現れた。
 そのため、政府は今年から、中央財政と省レベルの地方財政の支出を増やし、末端行政の運営と農村義務教育を保障すると決定した。農村における義務教育の学費、雑費を2年内にすべて免除するとのことである。

さらに(3)について、政府は都市と農村の間の制度的「二重構造」を改めるべく、農民の地域間移動の自由化を段階的に進めている。問題の戸籍制度も沿岸部から順次廃止する方針で、現在では、地方の県級行政区画以下で移住規制を緩和し、条件次第で都市戸籍の取得が可能になった。
 これは、およそ2億人とされる農村部の流動人口に対応したものであり、大都市への集中を避けるために地方中小都市(小城鎮)を建設し、流動人口の吸収を通じて雇用を創出・拡大することが目的である。と同時に、農村人口をある程度減少させることによって、農業就業者1人当たりの耕地面積拡大につなげ、引いては零細な営農規模、過剰な就農人口に起因する農業の低生産性を改善する、との狙いがある。
 その他にも、現実に都市で就労している出稼ぎ農民に対しては、都市における就業業種規制の漸次緩和、賃金未払いや労災などに関する保護、労働協約の締結や失業保険への加入の促進、といった対策を講じつつあるという。
  とはいえ、移住制限が緩和された中小都市は、大都市に比べて就労条件や公共サービスの点で魅力に乏しいこと、大多数の貧しい農民にとって都市戸籍の取得条件は依然厳しいこと、就業支援や職業訓練の体制が整備されていないことなどから、出稼ぎ農民の多くは依然として大都市を目指す一方、満足にはほど遠い待遇を強いられている。また都市部では、農民の流入による雇用競争の激化、インフラ条件の悪化、社会治安の不安定化など、負の影響も懸念されている。

最後に(4)について、政府は、食糧をはじめ農産物の安定生産をはかると同時に、市場ニーズを踏まえ、比較優位に立脚した適地適作を目標とする構造調整に着手している。営農面積が比較的広く、自然条件などにも恵まれた中部地域では、穀物作付農家向けの直接補助金や農機具購入補助金の増額、主要食糧生産地域への財政支出を強化し、非農業部門の発展で食糧生産が比較優位を持たなくなった沿岸部では、野菜・果物など施設利用型農業への転換を促進する、といった具体策がとられている。また、農業の産業化を推進し、農村部の第2次、第3次産業、とくに農産物加工業の発展に力を注いでいるとのことだ。
 さらに、WTO加盟やアジア諸国とのFTA(自由貿易協定)締結による圧力も利用し、農村の過剰人口を非農業部門や都市部へ振り向ける一方、農地の集約化を通じた大規模営農の育成も展望している。実際、02年には、農地の流動化を促すべく、土地使用権の有償譲渡を可能にする「農村土地請負法」が制定された。
  ただ、全国的に見れば、農地の流動化は限定的である。これは、農村での人口増加に伴って土地の再分割化が進む一方、兼業農家が増加したこと、また、農村では社会保障制度が整備されておらず、農民が農地を究極的な生活保障と位置づける傾向が依然として根強いといった要因がある。
 他方、農地の流動化の促進は、土地投機やそれを狙った土地収用の激化を招く危険も大きい。農民の土地喪失は頻発する農民暴動の最大の原因だが、土地収用された農民はいまや約4000万人、その一部は完全に失地農民と化しており、社会の安定に与える影響が懸念されている。

三農問題はどこへ行くか

以上、ひとわたり見た限りでも、現代中国に対する三農問題の巨大な規定力を窺うことができよう。まさに、温家宝首相が「三農問題の解決は政府の仕事の中でも最重要の課題である」と言うとおりである。
 すでに見たように、中国の現指導部は、50年以上に及ぶ負の遺産の解消を目指し、少なくとも経済・財政政策の面では、かなり思い切った方針転換を図ろうとしている。しかし、それが功を奏すかどうかは農民自身にかかっている。農民自身の主体的な動きがなければ、これまで幾度も繰り返されてきた「○○運動」の轍を踏むことになる。
 ここで最大の関門は、農民に対して未だにアソシエーションの権利を認めない政治構造である。財政支出の受け皿にせよ、出稼ぎ農民の保護にせよ、自発的に要求が集約され、それに応じた形で資金や権利が配分されなければ、効果は薄い。
 では、そうした下からの動きはどうなっているのか。この点に注目し、次号から具体的な紹介を行っていきたい。=つづく=
 (山口協:研究所事務局)

【参考文献】
厳善平『農民国家の課題』名古屋大学出版会、2002年 白石和良『農業・農村から見る現代中国事情』 家の光協会、2005年 経済産業省『2005年版通商白書』2005年 大島一二「『三農問題』の実態と農村労働力移動の深化」 『東亜』2006年4月号


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