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市民環境研究所から

平安女学院で「アラル海」を講義


 毎週のように講義を持っていた時はそれほどでもなかったが、年に数回となると間隔が開きすぎて苦痛そのものとなる。もはや引退した身だから、講義の要請など断れば良いのだが、そこは人間関係もあるからと優柔不断に引き受けるからダメなのか。今年も出かけた先での会話が楽しみと引き受けた。

 その上、30年間通い詰めていた中央アジア・カザフスタンのアラル海地域の環境調査から、コロナ禍で3年間も遠ざかってしまい、話す機会もなくなった。寂しい限りだから、一回だけ講義を引き受けてくれと言われ平安女学院に出かけた。「水をめぐる多文化共生社会」についてアラル海消失事象から考えるという、とても筆者では展開できないテーマをいただいた。引っ込み思案をするよりも20世紀最大の環境破壊であるアラル海消失の経過と現状だけでも伝えられればと登壇することにした。

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 学生諸君に提供できることは、本欄でも何回も書かせてもらったように、「琵琶湖100個分の湖面積を有する、世界第4位の広さだったアラル海が流入する水量激減のために、10分の1にまで縮小した。流入していた河川水のほとんどが新たに開拓された広大な綿花畑の農業用水として使われたためである。アラル海の漁業は壊滅し、新たに出現した旧湖底砂漠からは砂嵐が集落を襲撃し、住民の生活は困難を極め、健康被害も多発していること」である。

 この30年間に筆者がカザフスタン共和国に数十回も渡航し、沙漠の村々を訪ね、調査船がかろうじて航海できる海域の水質・土質や生き物調査などで得た情報を手短に話した。女子大での講義は初めてであったが、学生たちは真剣に聞いてはくれた。最近ではマスコミでアラル海問題が取り上げられることもないから、こんな自然破壊が地球上で発生しているなどと思ってもみなかったと大多数の感想文に書かれていた。「びっくりした」という感想から、「さて私たちはどうするのか」へと考えてくれるきっかけとして小生の下手な講義を評価してくれた感想文いくつかを以下に引用する。

 「アラル海という海は知らなかったですが、アラル海の4つの死というのはなかなかインパクトがありました。水量減少による湖としての死、生き物が死に絶える生態系の死、漁業が崩壊し漁村が廃れる地域社会の死、世界から忘れ去られる死。特に4つ目の世界から忘れ去られる死というのが考えさせられる部分でした。人もそうですが、忘れ去られるというのが最後の死だと言います。授業内で東北大震災の話も上がっていましたが、起こってしまった事象や、人間が起こしてしまった環境破壊等は復元できなくても、忘れずにしっかりと教訓にしていくべきだと思いました。」

 「今回の授業を聞いて世界では様々の問題を抱えていることがわかりました。私達も地球温暖化などによって気温が上昇し、とても生きづらい世の中になっている。今まで普通に食べていた魚や肉などが取れなくなったり、主食である米が取れなくなったりなど被害はとても大きいことがわかりました。そこで私は地球温暖化は1人ぐらいがなにかしても変わらないから、めんどくさいからなどと他人事のように考えていました。ですが、そのような考えのものがいるからこそ一向に良い世界にならないことがわかりました。たくさんのところで被害は起きているので私もゴミの分別や無駄遣いのないようにしていこうと思いました。」

 「冷戦時代、綿が不足したのでアラル海の水を活用して、運河を作って広大な綿畑を作ったというところまでは、資源を有効活用した良い例だなと思っていました。しかし、それによりアラル海は干上がり、漁獲量の減少や塩分濃度の高い飲み水による健康被害や、砂漠化、砂嵐など様々な公害といえることが起こったという話は心が痛みました。そもそも冷戦などなく、適した場所で育てられた生産物をお互いに輸出入で補い合っていける世界になればいいのにと強く思いました。」

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 これからの社会を構成し、変革できる立場にいる彼女たちに、「次の時代をよろしく頼むよ」と言ってこの世を去る気分にしてもらえるなら、下手なお話をさせてくれた学生や先生がいる場には嫌がらずにこれからも行こうと思った。

                        (石田紀郎:市民環境研究所)
  


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