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連載 ネパール・タライ平原の村から(132)
「お婆ちゃんの“しっぽ”になる」

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その132回目。



 6年前に山から来た我が家の娘ロージ(ローズの意味)10歳に、「おまえは私のしっぽか!」と亡くなった妻ティルさんはよく叱っていました。

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 ティルさんが「買い物に行ってくる」からと言うと、ロージ「指先がヒリヒリするの」と素足で歩み寄って足先を指して、「私のチャッパル(ゴム草履)も買ってきて」と。ティルさんが「買い物リストを書くからペンと紙を持ってきて」と言ったら、「一番最初に私のチャッパルって書いて」と。「こないだシムランが履いていたチャッパルと同じのがほしいの」とロージ。でも、1ヶ月も前に遊びに来た同級生のシムランちゃんがどんなチャッパルを履いていたのか、ロージの大容量の記憶力にティルさんも僕もついていけません。

 「今からおまえの服を買ってくるから」とティルさん。「私もついて行きたいの、チャッパル買ってほしいの。丈夫で伸びないパンツも買ってほしいの」とロージ。「そうね」「うん」「スン(ゴールド)も買ってきてあげるわ!」とティルさん。

 チャッパルが、パンツが、ノートが足りないというだけで、すぐに「買って買ってとウクリウクリ(飛んだり跳ねたり)首切った(走り回る)ニワトリみたいに!」と、いつもティルさんのしっぽのように後を追いかけては叱られてもまったく物怖じしないロージ。

 農作業を終えた遅い朝食後。疲れてティルさんがロージに言いました。「今朝ラジオでね、人間の体は食後、食べ物を消化するのだけれど…その時に血液も必要で頭の血液も移動するって…それで人間は食後に眠気を感じる…ように…なって…zzz」。

 糖質摂取で血糖値の急激な変化が眠気を誘うと、ティルさんがうたた寝するように語っているのを察してロージが言いました。

 「えっ!マミ!マミ!」「私、山羊にチャパッ(ふすま粉)もニワトリに残飯もあげないわよ!」と、ティルさんを起こそうとするけれども、ティルさんはそのまま居眠ってしまいました。

 そんなティルさんが亡くなり、そして僕の配偶者ビザが下りなくなり、しばらくして帰国を余儀なくされた去年の10月。出国の1ヶ月ほど前、そのことをロージに伝えると「大丈夫、バー(お父さん)が日本に帰らないといけないかもしれないってこと、何となく知っていたから。私、お婆ちゃんのしっぽになるから」。

 ティルさんの母(隣家)にロージを預けて帰国後、ここ数年で普及したビデオ通話で連絡すると「バーはいつ帰ってくるの?」と、まだ帰国して3日しかたっていないのに。「私の誕生日までには戻って来てね」と。

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■足踏みミシンで遊ぶロージ
 9ヶ月ぶりにネパールに戻って5ヶ月が経過。「バー、日本へは行かなくてもいいよ」とロージは言うけれども、10日もすれば観光ビザの延長期限が切れるから、帰国しないといけません。

 山から来た僕の娘ロージは、チベット国境近くのラスワ郡ガッタラン村集落10人家族の6番目の子なのです。

                (藤井牧人)



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