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夢洲開発をめぐって 報告

大阪IRカジノ
計画を考える
大阪維新の独断専行
にストップを!

 IRカジノ計画をめぐる動きが急だ。本誌がお手元に届くころにはIRに関する区域整備計画は国に提出され、認定申請が行われているだろう。IR建設にともなう資金調達やカジノに付随するギャンブル依存症などの市民社会への影響、大阪においては特に人口島・夢洲開発に伴う多額の負担が社会問題になっている。この間の動きを、桜田照雄さん(阪南大学教授・カジノ問題を考える大阪ネットワーク代表)の講演や各市民団体の記録などを元にまとめたので、以下に報告する。


 IR(カジノを含む統合型リゾート)と大阪・関西万国博覧会の予定地、大阪湾の人口島・夢洲開発をめぐって、この間様々な問題が噴出し、大阪府民・市民の間で批判の声が広がっている。とりわけ、昨年12月23日にIRをめぐる区域整備計画案が発表され、同時にIR事業用地の土壌汚染対策などとして新たに790億円を大阪市が追加負担することが発覚し、マスコミ報道も相まって、市民の間に反発が沸騰した。IRカジノに反対する署名は合計10万1603筆(3月17日現在)にも及んでいる。

 大阪府・市が今年2022年1月23日から計4回開いた区域整備計画案に関する公聴会では、追加費用の増大などを懸念する反対意見が相次いだ(40人のうち35人が反対)。パブリック・コメントでは537の団体・個人から1497件の意見が寄せられ、IR推進に賛成するのはわずか5件、0.3%だった。一方で、1月7日から計10回予定されていた住民説明会は、コロナ感染拡大を名目に後半4回分を中止とした。区域整備計画案を採択する予定の大阪府・市議会が直前に迫っているなか、さらに反対の世論が拡大することを恐れた府・市が府民・市民の意見を無視し、極めて短期間に形だけの手続きを整えたということだろう。

 2月10日の市議会本会議では、自民党や共産党の市議団がIR計画に関する説明不足などを理由に計画の是非を問う住民投票の実施を主張。自民党市議団が提出した住民投票条例案は、本会議の開会日に大阪維新の会や公明党の反対で即否決された。IRの区域整備計画案は、3月24日の大阪府議会、29日の大阪市議会で、維新・公明などの賛成多数で可決。両議会での同意により、大阪府・市は申請期限の4月末までに国へ認定を申請することになる。

 松井一郎大阪市長、吉村洋文大阪府知事による独断専行を、維新と公明の議員による数の力で押し通そうとする政治姿勢は、党派の違いこそあれ横浜、和歌山、長崎など誘致を表明した自治体にも共通するものであり、議会を通じた間接民主主義の限界を表している。それぞれの自治体で、住民投票による直接の意思表明を求める運動が行われている。詳しくは後ほど触れたいと思うが、民意に根差した民主主義のあり方が問われているとも言えそうだ。

 このような問題含みの夢洲開発であり、夢洲で計画されているIRカジノと大阪万博だが、問題はさらに根深い。この間に明らかになってきた問題点についてさらに考えたいが、そのために少し迂回して、大阪湾の人工島、咲洲(さきしま)、舞洲(まいしま)、夢洲(ゆめしま)の開発をめぐる動きを押さえておきたいと思う。


咲洲、舞洲、夢洲について

 IR、万博の予定地・夢洲を含めて、大阪湾には三つの人工島がある。一般に南港と呼ばれ、大阪市南部の西方に位置し、もっとも早く1958年から埋立てが行われた咲洲(住之江区、1045ha)、大阪市北部の西方に位置し、1973年から埋立てが始まった舞洲(此花区、220ha)、その南西に位置し、1987年から埋立てが始まった夢洲(此花区、390ha)。

 ■夢洲、咲洲、舞洲の位置関係
 バブル全盛期の1989年、大阪市制100周年記念事業として、「テクノポート大阪」構想が打ち出された。三島を臨海新都心として、咲洲は国際交易・技術・情報などのサービス拠点として、舞洲は文化・レクリエーションゾーン、夢洲は居住地区として住宅などを整備していく計画だった。

 テクノポート大阪構想に従って、咲洲には、ワールドトレードセンター(WTC、1995年)やアジア太平洋トレードセンター(ATC、1994年)などが建設された。道路や橋などのインフラ整備にも多額の資金が投入されたが、バブルの崩壊とともに次々に破綻した。特に、WTCは1193億円の建設費をかけて完成させたにもかかわらず、交通の不便もあって入居が埋まらず、債務超過による紆余曲折の末、橋下徹大阪府知事の時代に、大阪市から大阪府に80億円で譲渡された。現在は大阪府咲洲庁舎(さきしまコスモタワー)となっている。

 テクノポート大阪構想はバブルの崩壊とともに破綻し、ベイエリアの三島は大阪市の負の遺産の象徴と言われるようになった。

 舞洲は産業廃棄物や浚渫土砂、建設残土の処分場であったが、1992年に埋立てが完成した。島の東側が物流・環境ゾーン、西側がスポーツ・レクリエーションゾーンとされている。物流・環境ゾーンには世界的アーティスト・フンデルトヴァッサーによる芸術的な外観で知られる大阪市環境局の舞洲工場と下水汚泥処理施設である舞洲スラッジセンターがある。二つの施設を合わせて総工費は1409億円。この莫大な工費にはアーティストへのデザイン料もさることながら、軟弱地盤の沈下対策として80mの杭打ちが必要だったことが大きいと言われている。このことは同じ地質の夢島でも問題になってくるだろう。スポーツ・レクリエーションゾーンとして開発された舞洲の西部は、2008年の夏季オリンピック招致構想において、メイン会場とされた。しかし2001年のIOC総会であえなく落選、計画は潰えた。

 さて、IR、万博の予定地として現在脚光を浴びている夢洲だが、法律上は今現在も産業廃棄物の最終処分場や浚渫土砂、建設残土の埋立て場であり続けている。テクノポート大阪構想では居住地として位置づけられていたが、構想が消滅したのち、2008年大阪オリンピック招致にあたっては、選手村として活用される予定だった。しかしオリンピック招致の失敗によって、計画は潰れた。咲洲、夢洲、舞洲をつなぐ鉄道計画は中止となり、咲洲と夢洲をつなぐ地下トンネルの道路部分だけが開通した。

 廃棄物最終処分場としての夢洲は2028年までの稼働予定だとされている。埋立てが先行して行われた島の南東部4分の1は高規格コンテナターミナルになっている。水深は15mで、大型コンテナ船が入れる貴重なターミナルだ。国によって指定されているスーパー中枢港湾構想における中核施設として位置づけられている。また北西部の4分の1は産業廃棄物の最終処分場で、埋め立ての終わった部分にはメガソーラーが設置されている。また埋立地や埋立て途中にできた湿地帯などは野生の鳥類や昆虫類の生息場所になっている。絶滅危惧種の野鳥コアジサシの営巣も確認され、自然保護の観点からの取組みの必要性も語られている。


咲洲、夢洲を訪問

 さて、それでは現在の夢洲がどうなっているのか。実際に訪問してみよう。

 夢洲方面へ向かうルートとしては、住之江区から咲洲を経て夢咲トンネルを抜けるルートと、此花区から舞洲を経て夢舞大橋を渡るルートがある。どちらも現在は徒歩や自転車での通行は許可されていないので、本数は少ないが路線バスか、あるいは車を利用するしかない。

 大阪市南部を東西に走る南港通りをひたすら西に向かう。平野区から住吉区を経て住之江区へと至る幹線道路だが、咲洲方面に近づくにつれて、大型トラックやコンテナトレーラーが増えて、軽自動車の運転手としてはその威容に圧倒される思いがする。

 咲洲は比較的早い時期に埋立てが始まり、その中央部は「南港ポートタウン」と名付けられた住宅群になっている。北部は「コスモスクエア」と呼ばれ、大阪府咲洲庁舎やATC、日本最大級の国際展示場であるインテックス大阪などがあり、さらに商業地や大規模なマンションなどの開発が進められている。他にはコンテナターミナルやフェリーターミナルなどがある。
 ■大阪府咲洲庁舎

 大阪府咲洲庁舎は256.0m、地上55階・地下3階建ての超高層ビルで、周囲を圧倒してそびえている。訪問したのは3月16日(水)。咲洲庁舎の中はなにかがらんとした印象だった。新型コロナワクチンの接種会場になっているようで、1階ロビーには係の人が何人か見られたが、接種に来る人も少ないようで、手持無沙汰のようだった。空室対策として府は2017年にホテルを誘致したが、家賃などを滞納しているとして、賃貸契約を解除したというニュースがあり、トラブルが継続しているようだ。エレベーターに乗り、IR推進局と2025年日本国際博覧会協会を訪問。パンフレットなどを受け取ったが、アポを取っていたわけではないので、ちょっとした雑談をしただけだ。

 最上階の展望台からは360度の視界が開け、大阪湾や沿岸部の眺望がすばらしい。しかし平日の昼間とあって、客は2、3人。展望台から北西の方角に夢洲が見える。咲洲から夢洲までは約5kmで、すぐそこという印象だ。コンテナターミナルにうず高く積まれた赤茶色いコンテナの色彩が印象的だ。IR、万博用地のあたりはだだっ広い埋立地。島の西の方は海か干潟のまま残っている。島の北方には舞洲があり、両者は夢舞大橋でつながっている。夢舞大橋は世界初の浮体式旋回可動橋であり、今は歩行者や自転車は通行できないが、万博に向けて整備されるという。視界を足元に落とすと、咲洲の沿岸部にドーム状の外観が特徴的な「なにわの海の時空館」が見える。253億円をかけて開館したものだが、あえなく破綻。当時の橋下市長は「よくこんなばかげた物を造った」と酷評したという。

 咲洲と夢洲を結ぶ夢咲トンネルは総延長2.1km、道路・鉄道併用で2009年に開通した。ただし、オリンピック誘致の失敗により、地下鉄の夢洲への延長は頓挫。2025年の万博開催に向けて工事が進められているところだ。

 夢咲トンネルを抜けると、IR、万博が予定されている夢洲だ。とは言っても、そこはコンテナターミナルを除いては、造成中の埋立地だ。夢洲全体では甲子園球場約100個分の面積があり、目前には広大な空き地が広がっている。しかし現在、工事車両以外は立ち入りが制限されていて、道路脇から工事現場あたりを眺められるだけだ。立ち尽くす私の脇を大型ダンプやトレーラー車が駆け抜ける。ひと気と言えば、工事車両の運転手と作業員の姿だけだ。

 大阪メトロ中央線を延伸する「夢洲駅」は2025年の万博までの完成を目指して急ピッチで工事が進められている。工事現場あたりには背の高いクレーン車がひしめいていた。万博予定地のあたりは埋立てから比較的日が浅く、水抜きのための工事が行われているという。北部のIR予定地のあたりにも作業車と作業員の姿が見られた。しかし素人目にはただのだだっ広い空き地で、この夢洲に3年後には万博のパビリオンが立ち並び、7年後にはIRの巨大なホテルがそびえるのだとは、とても想像できない。

 コンテナターミナル脇の道路には片側車線を占領して大型のトレーラー車が数珠つなぎになっていた。順番待ちのトレーラー車に挟まれて一時身動きができなくなり、冷や汗をかいた。ターミナルの敷地内にはうずたかくコンテナ群が積み上げられていて、風景を圧倒していた。軽自動車でウロウロするのはとても場違いな感じがして、慌てて通り過ぎた。

■咲洲庁舎から夢洲を望む

 コンテナターミナルとIR、万博とは背中合わせの位置だ。万博の入場者は半年で約2820万人だと推計されている。ちなみにUSJの入場者は年間で約1400万人。また、IR整備計画ではIRの来訪者は年間2000万人だと見積もられている。IR、万博を目指して多くのクルマやバスが行き交い、混雑することになるだろう。コンテナターミナルの稼働が今後制限されるのではないかという危惧も聞こえる。はたして、コンテナターミナルとIR、万博は共存できるのだろうか。


夢洲開発の問題点

 今現在も法律上は産業廃棄物の最終処分場、浚渫土砂や建設残土の埋立地であり続けている夢島。そこに万博やIRなどの集客・商業施設を誘致するということには端から無理があるのではないか。

 IR、万博計画や夢洲開発に関する問題点を指摘されている桜田照雄さん(阪南大学教授・カジノ問題を考える大阪ネットワーク代表)によると、1987年の埋立て開始から2006年に土壌汚染対策法に基づくガイドラインが公表されるまで、夢洲に運び込まれる浚渫土砂、建設残土には環境規制が事実上存在しなかった。産業廃棄物は夢洲の1区(北西部)、メガソーラーが設置されている地区に運び込まれている。PCBやダイオキシンなど有害物質を多く含む焼却灰や震災ガレキの焼却灰なども含まれ、高度な管理を要するとされている。IR、万博が計画されている2、3区(中央部)には浚渫土砂や建設残土が投棄されている。浚渫土砂は河川から流れ込み大阪湾に堆積する土砂で、特に高度成長期にはヒ素やフッ素など工場排水などによる汚染が顕著だった。建設残土にもアスベストや様々な化学物質が含まれていると考えられる。IR事業者が調査したところ、土壌汚染や液状化対策が必要だとして、790億円の追加費用が発生したことはすでに述べたとおりだ。府・市は「カジノに税金は一切使いません」(松井大阪市長、2016年2月)、「IRは民設民営事業なので、公でお金を出すものではない」(吉村大阪府知事、2021年7月)と断言していたが、言をひるがえし、昨年12月の記者会見で、松井市長は「地盤改良や土壌汚染対策は、土地所有者である大阪市の責任としてやっていく」と述べた。その意味は計り知れず大きい。

 大阪市はこれまで土地売却や貸借契約において、瑕疵担保責任を負わないという契約を結んできた。咲洲、舞洲の開発に際しても、土壌汚染や液状化対策は業者の責任で対応するという契約だった。しかし今回このような瑕疵担保責任を負うという特別な契約を結んだことで、以前の契約者から提訴されるリスクが生まれるし、また今後の契約にも大きな影響を与えるだろうと言われている。

■地下鉄「夢洲駅」あたりを望む
 さらに、大阪湾の特殊な地盤の問題がある。大阪湾は海底から20mほどの厚さで軟弱な沖積層があり、その下に硬い粘土層や砂や礫の層が交互に重なった数百mの洪積層があると考えられている。沖積層は埋立てによって大きく沈下することが分かっていたが、さらにこれまでは沈下しないと考えられていた洪積層も少しずつ沈下することが分かってきた。関西空港では、運営会社によると開港当初からは3~4mの地盤沈下があり、現在も少しずつ沈下が進んでいる。護岸のかさ上げなど土木技術を駆使して対応しようとしているが、災害の危険性が指摘され、2018年の台風21号による水没などは記憶に新しい。夢洲でも関空と同様の地盤沈下は必至だと言われる。しかもそれはIR工事中のことだけではなく、これから数十年にもわたる将来の問題だ。先に述べた土地改良費、790億円には地盤沈下対策費は含まれていないことに留意する必要がある。松井市長の言葉は、将来にわたる地盤沈下対策を含む液状化対策について大阪市が責任をもって対処するということを約束したものだ。なんとも恐ろしい表明だと言わざるを得ない。


IR推進法をめぐって

 夢洲開発の問題をいったん離れて、IRカジノについて考えたい。

 カジノは日本語では賭博場だ。カジノを開設すれば賭博場開設図利罪、カジノでお金を賭ければ賭博罪として刑罰に処される。しかし賭博が人を引き寄せるのも事実だ。日本には競輪、競馬、競艇などの公営ギャンブル、宝くじ、サッカーくじなどがあり、テレビCMでもさかんに人々を誘っている。さらに日本には世界に名だたるパチンコ文化がある。その数は1万店を越え、売上げは年間十数兆円とも言われている。なぜこのような賭博が許されているのかと言えば、「違法性の阻却」という判断によってだ。いろいろと条件があるようだが、簡単に言ってしまえば、特別法によって公益に資することが担保されているようだ。パチンコの場合はギャンブルではなく、遊戯と解されている。現金が飛び交うことは公然の秘密だけれども、そこは業者と警察、行政が癒着して結び合い、それをパチンコファンが取り巻いているという構図だろうか。

 賭博は違法だけれども金になる。1999年に、当時の石原慎太郎東京都知事は、お台場(臨海副都心)にカジノ誘致を表明した。それに対しては法務省がダメ出しをして頓挫したという経緯がある。2006年には小泉純一郎内閣が観光庁を設置し、日本の基幹産業として観光産業を育成し、特区でカジノを設置するという考え方を発表。それに乗って、2009年には橋下徹大阪府知事がカジノ誘致を表明した。

 2013年に東京五輪招致が決定する中で、五輪までにカジノをオープンさせて、五輪とカジノで大量の外国人観光客を呼び込もうという思惑で、2014年には安倍晋三政権が成長戦略に、IRの検討を進めると明記。IR推進法(正式名称は特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律)は、カジノ合法化に反対する圧倒的な世論を抑え込んで、自民、公明、日本維新の会の賛成で、2016年に成立した。さらに2018年に、IR実施法が成立し、カジノの具体的な運用方法が整備された。

 IR(Integrated Resort)は統合型リゾートとも呼ばれ、カジノのほかホテルや劇場、国際会議場や展示会場などのMICE施設、ショッピングモールなどが集まった複合的な施設で、ビルの上に巨大な船が乗ったマリーナベイ・サンズで有名なシンガポールが発祥だと言われている。様々な施設が集まる中で、収益性の高いカジノはIR全体のエンジンとして機能する。折しも訪日外国人観光客(インバウンド)が年間3000万人を突破する中で、さらに観光産業の活性化を図ろうとするものだっただろう。

 IR実施法によって、①IRは民間事業者によって一体として設置・運営されること、②都道府県又は政令市による民間事業者との区画整備計画の共同作成と認定申請、③認定の上限は3とする、その他、日本人の入場制限や入場料(日本人、6000円)、カジノ事業者の納付金などが定められた。

 IR実施法の制定に従って、10以上の自治体が候補の名乗りを上げ、あるいは検討を開始したが、新型コロナウイルス感染拡大の影響でカジノ事業者の撤退が相次いだことなどによって、現在では、大阪府大阪市(夢洲)、長崎県佐世保市(ハウステンボス)、和歌山県和歌山市(和歌山マリーナシティ)が有力だと言われている。自治体と事業者との区域整備計画申請の期限は今年、2022年の4月末で、年末までに、国はIR開業の候補地を正式決定する予定だ。


大阪IR「区域整備計画」

 大阪では当初、万博との相乗効果を狙って、2024年の開業予定とされ、松井市長によると海外大手7社が事業者として応募と伝えられたが、夢洲のインフラ未整備の状況やスケジュールの厳しさ、またコロナ禍による事業見通しの不透明さなどから撤退が相次ぎ、結局、応札はMGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの連合体1社のみだった。大阪府・市は2021年9月にMGM・オリックス連合(大阪IR株式会社)を正式に事業者として選定したと発表。年末には区域整備計画案を公表、2022年2月16日に正式発表した。IR開業は2029年秋から冬ごろに延期された。
 ■大阪IRのイメージ図

 整備計画案によると、府・市と大阪IR株式会社の契約は35年で、30年延長が可能とされた。初期投資は1兆800億円、延べ床面積は77万平方メートル、展示場施設は2万平方メートルとされた。来訪者は年に2000万人(うち国内1400万人)、うちカジノ来訪者は1600万人(うち日本人1067万人)。売上げはIR全体で5200億円、うちカジノは4200億円。経済効果は1兆1400億円。府・市への年間収入額は1060億円(折半)、市への賃料は25億円。

 整備計画案で特に問題となるのは、MICE施設が当初の10万平方メートルから2万平方メートルに縮められたことだ。咲洲にはインテックス大阪という日本最大級の展示施設があるが、そのわずか3分の1以下。「世界水準の成長型IRを誘致し、実現する」(吉村洋文知事)にしてはセコイと言わざるを得ない。IRのエンジンとしてのカジノという位置づけは退き、カジノが自己目的と化しつつあるのではないか。カジノの売上げは4200億円。粗利は7%として、約6兆円の賭博になる。ちなみに、中央競馬は2兆3千億円。かなり大規模な賭博場だ。またこれを単純に一人当たりに平均すると、毎日60万円を賭け続けることになる。どうやってこれだけの賭博を実行するのだろう。

 ちなみにシンガポールの有名なIR、マリーナベイ・サンズの来場者は年間4500万人、カジノの収益は2400億円。大阪IRは半分以下の入場者で、倍近い売り上げとなる。果たして現実的な数字だろうか。また、カジノの収容人数は1万1千人とされているのに対して、一日当たりの入場者は平均して約5万4千人以上となる。どれだけ詰め込むつもりなのだろう。

 初期投資1兆800億円は、半分弱の約5300億円を関連企業の出資でまかなう。MGMとオリックスが40%ずつ、20%を他の参加企業(インフラ、建築関係の関西企業など20社)が出資。初期投資の51%にあたる約5500億円は三菱UFJ銀行と三井住友銀行が融資する。桜田照雄さんは、カジノの事業計画も含めて、日本人による日本人のための日本人のカジノだということが明確になってきたと言う。日本人の客から巻き上げた寺銭を融資銀行と出資企業が巻き上げるということだ。大阪IRのカジノにはバカラ台やルーレット台の他に、6400台ものゲームマシーンが設置されるという。それらによって、24時間365日、年間約6兆円の賭博をさせることになる。粗利の16%という破格の販売促進費を使って、大々的に宣伝し、コンピュータ、インターネットを使って、最新の賭博をフル稼働させるだろう。また魅力的なギャンブル・ゲームを開発するためにセガや任天堂などのゲーム・メーカーは大いに力をふるうことだろう。今ゲーム漬けの子どもたちもターゲットになるだろう。

 1兆1400億円というIRの経済効果についても留意が必要だ。そこには負の経済効果は含まれてはいない。経済効果とは足し算、足し算で計算されるもので、負の効果は含まれないからだ。経済効果にはカジノでの負けは計算外だ。カジノでの負け、負けが込んだ借金、ギャンブル依存による失業、家庭崩壊、犯罪増加、生活保護、依存症対策など、負の経済効果は膨大で、公表された経済効果を優に上回るという韓国での試算もある。MGMによるとカジノ来場者の2%がギャンブル依存症になると見積もられている。毎年、日本人の約20万人が依存症になるという計算だ。IR建設・運営をめぐる巨大な利権の一方には、市民社会に対する大きなダメージがあるのだということを考えなければならない。

 さて、IRカジノ推進の一方の旗頭とも言うべき融資銀行についてだが、近年、ESGという考え方が広がっている。環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を考慮し、気候変動などの社会的公益性や持続可能性を重視した企業活動を行なおうというものだが、投資にこのESGの考え方を取り入れることを原則とした国連責任投資原則(PRI)に三菱UFJ銀行と三井住友銀行も署名している。この原則は当然のこととして、武器、麻薬、ポルノ、ギャンブルを排除している。しかし、桜田さんたちが銀行と話し合ったところ、IRには1兆1400億円の経済効果があり、つまりそれだけの公益があるという答えだったという。しかしIRカジノの負の社会的・経済的な効果を考えるとき、その公益性は大いに疑問だ。

 さらに、カジノに関してはマネーロンダリングの問題がある。銀行が融資に参加するということは、MGMの口座を銀行に開くということだ。カジノがマネーロンダリング(資金洗浄)の抜け道であるということは周知の事実であって、大阪IRがマネーロンダリングの舞台になる危険は大きいと言わざるを得ない。責任投資原則に署名した三菱UFJ銀行や三井住友銀行はどのように判断するだろうか。


増大する追加負担

 2月15日、大阪府・市はIR事業者と「基本協定」を締結したが、そこにはさらに重要な規定が記されていた。一つは、「地盤沈下」「地中障害物の撤去」「土壌汚染対策」「液状化対策」「その他」について大阪市の負担とすること。一つは「基本協定の解除」の条件として、事業者は国から正式に認定を得た30日後に協定の解除の是非を判断することができ、解除の場合、さらにその後の60日以内に通知すればよいこと。また、解除の是非を検討する条件として、今後日本政府が決めるルールや大阪府・市の対応に不満だったり、コロナ禍で「鎖国」状況が続いていたり、見込みほど観光客が呼び込めないなどと判断すれば、事業者は「降りる」ことができるという。

 業者が自己都合で撤退した際の違約金が6億5千万円なのに対して府・市は35年契約に縛られ、途中解約には巨額の賠償金が発生する。なんとも甘いというか、府・市とともに底なし沼に引きずり込まれるような基本協定だが、IR事業への応札が大阪IR株式会社しかないため、松井市長と吉村知事は必死で取りすがっているのだろうか。道連れにされる市民としては大きな迷惑だと言わざるを得ない。

 松井市長は年末の区域整備計画案の公表時に、夢洲の土壌対策に790億円の追加負担が発生すると発表した。このことはすでに述べたとおりだが、さらに万博跡地はエンターテインメントの拠点として整備する方針で、その土壌対策に788億円が追加で必要となることが発覚した。道路、上下水道、鉄道などのインフラ整備には1319億円。特に大阪メトロ中央線延伸工事では、地中障害物の撤去やメタンガスの防爆対策などで129億円の追加負担が発生し、メトロ延伸部の整備費は計346億円になる見通しになった。夢洲整備に合計で2897億円の負担となる。さらに夢洲へのアクセス道路としての阪神高速淀川左岸線の整備に1000億円の追加負担が発生し、総工費の見積もり額は、当初の2.5倍の約2900億円となる見通しになった(市が45%を負担)。あわせて、大阪市の年間税収7500億円の半分以上にも上る。府・市と事業者との基本協定によって、液状化対策や土壌汚染対策に加えて地盤沈下対策を市が負担することになり、さらに不確定な負担が確実に発生するだろう。

 また消費税、法人税、固定資産税などの扱いがどうなるのかも決まっていない。交渉によっては事業者がへそを曲げる恐れがある。さらに南海トラフ地震をはじめ震災や台風被災時の被害は誰がどう負担するのか、リスクの配分も決められていない。そういう意味では大阪市の負担は底知れないと言える。

 IR開業までのプロセス

 夢洲の造成費用はこれまでおよそ6000億円だと言われている。IR事業者からの年間25億円の賃貸料と土地売却代などで賄う予定とされる。35年間のIR事業期間で約1000億円の賃貸収入を見込み、残りの5000億円を土地売却や賃貸によって工面する予定だが、土壌汚染と軟弱地盤の発覚によって土地評価額は下落することが必至で、とても賄いきれる金額ではない。さらにこの上に膨大な追加負担がのしかかってくる。港湾局が所管する港営事業会計は破たんを余儀なくされ、一般会計へのしわ寄せは避けられないと指摘されている。

 夢洲におけるIR事業は、本当にこのまま続けてもいいのだろうか。あまりにもずさんな計画で、開発事業費やカジノ運営によるおびただしい負担は府民・市民に押し付け、建設利権や事業利権、営業利権を事業者、出資社、銀行が分け合うという構図になっているのではないか。疑問点満載のIR事業だと言わざるを得ない。


市民無視の行政に抗って

 このような疑問だらけの夢洲開発、大阪IRの推進事業だが、さらに最近、2月18日以降に情報公開によって明らかになった事実がある。2020年1月の事業者募集に応募したのはMGM・オリックス連合1社だけだったのだが、2021年1月に事業者がIR用地のボーリング調査を行ったところ、土壌汚染や液状化の恐れが判明した。それに対して2月には松井市長は公費投入を決定していたことだ。6月には公費投入を会議で明言し、その上で9月26日には事業者を決定している。以上の事実を市民が初めて知ることになるのは12月21日の区域整備計画案の発表においてだ。主権者たる市民あるいは市議会も知らないところで、松井市長の独断で物事が進められていた。すべて既に決まったことが市民には12月末に知らされ、それからきわめて短期間の公聴会と、途中で中止された住民説明会で意見を聞き置いたとされた。以上の経過を府議会・市議会はあっさりと追認したことになる。

 さらに問題なのは、区域整備計画に記された来場者数や売り上げなどの数字は、事業者が提示したもので、府・市はそれを鵜呑みにしているのだという。これら数字の裏付けとなる元データは事業者から府・市には知らされているのだろうか。どちらにせよ開示されたのは黒塗りの資料だけだ。府・市は主権者たる府民・市民にデータを開示しないまま契約を進めようというのだろうか。しかもこれまで述べてきたような、府民・市民にとって極めて問題のある契約を。これは背任に近い行為だと言えるのではないだろうか。

 圧倒的多数の民意を踏みにじって進められるIRカジノ計画において、代議制民主主義はすでに機能していないと言える。知事、市長を握り、府議会、市議会において多数を占める大阪維新の会であり、それに追随する公明党だが、彼らはIRカジノ計画だけの賛否で選ばれた者たちではない。であるならば、問題が多発している現状も踏まえて、府民・市民の意志を改めて問うのが筋だろう。


住民投票の実現へ向けて

 夢洲へのIRカジノ誘致をめぐり、住民投票を実現するために「カジノの是非は住民が決める 住民投票を求める会」が発足し、府知事に住民投票条例の制定を直接請求する署名活動が3月25日から始められている。

 有権者の50分の1の有効署名を集めて提出すれば、知事は20日以内に府議会を招集し、意見を添えて条例案を提出しなければならない。府内の有権者は昨年12月1日時点で約733万人。50分の1では約14万6600人となる。住民投票を求める会では5月25日までの2カ月間で20万人分の署名を集めることを目標にしている。

■住民投票の実現を求めるチラシ
 府・市はすでに整備計画に同意しているので、府は4月28日までに国に整備認可を申請する。国による整備計画の認定は夏以降だと考えられている。住民投票を求める会ではそれまでに住民投票を実現し、国による認定を阻止してIRカジノ計画を中止に追い込みたいと考えている。

 IRカジノ計画をめぐっては、横浜市と和歌山市で住民投票条例の制定を求める署名活動が行われた。横浜市では2021年1月、法定数の3倍を超える19万筆以上の署名を集め、当時の林文子市長は条例案を横浜市議会に提出したが、自民系と公明党の反対で否決された。2022年1月には、同じく法定数の3倍以上の2万筆以上の署名を集めた和歌山市でも市議会で否決された。これらの結果だけを見れば、住民投票条例の直接請求の運動は無力のようにも思われるが、その運動はIR反対の世論を喚起する上でも大きな力になっている。

 横浜市では2021年8月、市長選挙が行われ、IR誘致が争点となった。誘致の中止を訴えた元横浜市立大教授の山中竹春氏が初当選し、IR誘致の中止が決まった。また、ごく最近のことになるが、2022年4月20日には和歌山県議会は区域整備計画案の承認案を否決した。すでに和歌山市議会が同意し、4月末の国への申請期限を目前にした誘致見送りとなる。それぞれにIR誘致見送りに至った経緯には違いがあるが、住民投票条例の直接請求に向けた署名運動が大きな力になったと考えられる。

 一方で、長崎では、IR整備計画案に資金調達先が開示されていないことについての批判があったが、4月20日、県議会はIR区域整備計画案を賛成多数で押し切って可決。国への申請は大阪府大阪市(夢洲)と長崎県佐世保市(ハウステンボス)の2地域しかなく、定員割れとなった。IRカジノ計画がそれだけ市民にとっては不人気で、疑惑満載のものであることが露呈したと言えるのかもしれない。ともかく4月27日、2地域は区域整備計画を国に申請し、受理された。

 IR事業をめぐっては、政界のうごめき、経済界の目論見、IR事業者の思惑、そしてコロナ感染症の爆発という状況、そして何よりもIRカジノを批判する世論やさまざまな市民の動向など、大揺れの様相だ。だが、なにかが決着したわけではない。市民の意志による民主主義の新しい展望が開かれる可能性もある。行方を注目したいと思う。


舞洲にて―結びに代えて

 夢洲訪問の夕方、ほぼ一日を咲洲、夢洲、舞洲とうろつき回って、舞洲南岸の緑地にいた。海沿いは遊歩道になっていて、一人、二人と人が行き交った。海を隔てて、夢洲の低い影が視界を横切っていた。倉庫のような小さな建物と、その向こうには一点に群がるようなクレーンの姿が見えた。次第に暮れかけていく三月の夕刻。巨大なホテルときらびやかな電飾にライトアップされたIRカジノの姿を、そこに想像してみる。ふと、虚飾のIRと呟いた。

 IRカジノに賛成する人は、ギャンブルは自己責任だと言う。やるもやらないも、勝ちも負けるも、自己責任だと。ギャンブル依存症で野垂れ死にするのも自己責任。カジノ自体に罪はないのだと。しかし、それを本当に自己責任だと言えるのだろうか。ある目的があり、ある成果のために努力し、働き、あるいはともに協力し、その結果、目的を達成し、あるいは失敗する、その結果を甘んじて受ける。それを自己責任というのではないだろうか。しかし、カジノには努力も働きもない。あるのは確率、運だけだ。運が良ければ赤ん坊でも勝つことができる。カジノにあるのは言うなれば空っぽの自己責任、ただの空虚な運試しだけだ。
 ■舞洲から夢洲を望む

 親ガチャという言葉があることを最近知った。どんな親に生まれてくるかによって、人生が決まるというものだ。結構すごい言葉だと思う。生まれてくること自体がギャンブルみたいなもので、その賭けに勝つか負けるかで、つまりどんな親に生まれるかで、人生が決まるというものだ。人生は最初の一回の博打で決まる。

 しかし、親ガチャという言葉は今の日本社会を、その社会の腹の底をえぐり、その本音をあからさまにさらけ出す言葉なのかもしれない。人生はギャンブル。すべては運次第。運が人生のエンジンであって、目標とか、努力とか、汗水とか、協力とか、切磋琢磨とかは意味がない。と言うか、それらは人生を飾る枝葉末節の事柄であって、運が根源だという、まさに空っぽの自己責任だ。それでいいのか。

 自己責任という言葉が、特に弱者、敗者に対して投げかけられるこの社会だが、自己責任を純化して推し進めた果てには、自らを食い尽くして空っぽになった自己責任という言葉の無残な抜け殻が残るだけではないのか。それよりも、自己責任の鎧を脱いで、それぞれの弱さも認め合い、ともに生きる社会、協力し、補い合う社会を目指したいと思う。

                                                  (下前幸一:当研究所事務局)



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