連載 ネパール・タライ平原の村から(117)
悲しみを表現する
ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その117回目。
妻ティルさんが亡くなって1ヶ月頃の話。
僕が家に帰り、裏手の戸口に回ると、寝そべっていた2匹の犬「ハチ」(同じ名前)が大喜びで駆け寄って来ます。それでしばらくすると、すぐに家の表側の道路へと飛び出します。が、しばらくしてトコトコと裏手へと戻って来ます。亡くなった、帰って来ることがないティルさんを迎えに行っていたのです。そんな日が1ヶ月以上続きました。
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家族の中でもいろいろな喪失体験がありました。とくに姪っ子は、食欲がなくなり、吐き気、頭痛、睡眠不足といった身体症状が出ました。何よりティルさんの幻覚が見えたり、魂が家の周りをさ迷っている、自分にとり憑くと。
それで日本であれば診察へ行くのですが、おばあちゃんはプン・マガルの呪術師を呼ばなければと大慌て。ただ呪術師も風邪を引いていたらしく、それで「お祓いの仕方は伝えておいたから」と、替わりに親戚のおじさんが家に来ました。結局、日にち薬で姪っ子の体調は良くなりました。
娘に先立たれたおばあちゃんは、毎日目を真っ赤に腫らしています。それでも元気に日課の水牛に与える草刈りを続けています。そして僕にティルさんの「夢を見たか?」と聞いてきます。
一度は、ご近所のラミさんの家を尋ねて玄関口に腰かけ、自家製のダヒ(ヨーグルト)を出された時、隣でティルさんが「お母さん、このダヒおいしいから食べてみて」と言ったのが“聴こえた”とのこと。
もう一回は夕方。芽が出始めたシマルタルール(キャッサバ)の枝を肩に担ぎ、振り返って「これ残っていたから植えてくるわ」と言って、歩いて行ったのを“見た”と。一緒にいた10歳のロージも“見たのよ”と言います。ちょうどキャッサバを植え付ける時期、ティルさんと僕は病院にいたりして手が回らず、今年は植えることなく終わりました。
ティルさんが、たまに遠出して家に帰ってきた時、2匹のハチが大喜びで駆け寄り、ロージが「マミ!マミ!」と大はしゃぎでティルさんに駆け寄っていたのを思い出します。
ティルさんは何かおやつを買って来るから、というのもありますが、同時に母ティルさんに会うとほっとするからだと思うのです。僕は牛舎で水牛に水を与えたりしていて、それを遠目に見ながら、あぁいいなぁと僕自身も何だか暖かい気持ちになったのを覚えています。
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それでティルさんが亡くなってちょうど1ヶ月目の日の夕方。台所にいると2匹のハチが騒がしくなり、ロージが外で「マミ!」と突然叫んだように聞こえました。
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■ロージと仔牛 |
今、4ヶ月が経過して、家族に不思議な喪失体験はもう聞かなくなったけれども、僕の心の苦痛はじわじわと、ずっと続いています。
(藤井牧人)