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国家間の対立は「偽装」に過ぎない

はじめに

去る11月23日、大阪YWCA山西記念館にて、「日本とオーストラリアのEPA(経済連携協定)を考える」と題する催しを実施した。三連休の初日で参加者こそ少なかったが、関西では日頃それほど話題に上ることの少ない日豪EPAについて、正面から考える希有な機会となった。

日豪経済連携協定(EPA)の問題点

主催は、アジア農民交流センター、ATTAC関西グループ、関西フィリピン人権情報アクションセンター、そして当研究所からなる実行委員会である。この四者は昨年6月に自由貿易協定(FTA)に関するシンポジウムを行って以来、折に触れて広く呼びかけ、貿易自由化の進展に警鐘を鳴らす企画を、数度にわたって実施してきた。

折しも2日前の21日には、世界貿易機関(WTO)のラミー事務局長がドーハ・ラウンド交渉の年内合意断念を表明しており、貿易自由化は今後ますます、二国間交渉たるFTA/EPAを中心にして展開される可能性が高い。

そんな中、脱WTO/FTA草の根キャンペーンの一員であり、今年9月には豪州シドニーでの「APEC対抗アクション」にも参加された、日本消費者連盟副代表の山浦康明さんをお招きし、日豪EPAの問題点についてお話いただいた次第である。

日本農業への甚大な打撃

山浦さんによれば、日豪EPA交渉では、これまで3回の会合が行われたが、双方の立場を述べ合ったのみで、未だ具体的な品目や数値をめぐる段階には至っていない。ただし、基本的な枠組みについては、昨年12月にまとめられた「日豪経済関係強化のための共同研究・最終報告書」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/pdfs/houkoku_ja.pdf)から推察できるという。

日豪EPAに関わる両国の官僚、財界人などを網羅して作成された同報告書は、「包括的かつWTO整合的なFTA/EPAが日豪両国に大きな利益をもたらす」と結論付けた上で、交渉対象として「物品及びサービスの貿易、投資、資源及び食料の供給の安定確保」をはじめ、あらゆる課題を列挙している。

まさに「包括的」の言葉どおりだが、それだけに影響も甚大だ。なかでも懸念されるのが、農業への打撃である。日本がこれまで締結したFTA/EPAは基本的に非農業国を対象としており、農業国との間でも、重要品目については予め交渉対象から除外する形で対処してきた。ところが、日豪EPAでは農業問題に関する扱いを棚上げしたまま、交渉開始が先行している。

関税撤廃となれば、世界有数の農畜産品輸出大国たる豪州からの大規模流入は必至だ。実際、日豪EPAに関する動きが浮上して以降、北海道をはじめ、牛肉、米、小麦、砂糖、乳製品などの生産に壊滅的打撃を被る、との試算が相次いで公表されている。ちなみに、北海道庁によれば、農畜産業ほか直接関連する部門、間接的に影響を受ける部門を合わせ、道内の損失は約1兆3700億円、結果として約8万8000人が失職するという。

もっとも、こうした事情を受けてか、報告書では「『段階的削減』のみならず『除外』及び『再協議』を含むすべての柔軟性の選択肢が用いられる」と記されている。事実、交渉の中で豪州側は、この間の干ばつで生産量が減少し、日本への輸出余力が落ちている、と説明しているらしい。だが、豪州側にとって農畜産品の輸出増大は最大の利点だ。中途半端な合意で済むとは考えにくい。

豪州農業にも大きな被害が

ところで、日豪EPAで予想される農業への打撃は、日本側に限られない。なるほど、短期的に見れば豪州から日本への輸出増大は間違いなく、そのため豪州の農家の多くが日豪EPAに期待を寄せていることも確かである。しかし、すでに干ばつが恒常化している中、さらなる輸出に向けて増産に拍車をかければ、農業の基盤となる自然環境に多大な負荷を重ねる結果となる。また、遺伝子組み替え作物導入への道を開くことにもなる(実際、11月27日には、新たに東部2州が遺伝子組み換え菜種の生産を認めると発表)。

もちろん、グローバルな競争と構造調整が進むことで、比較的小規模な家族経営農家は淘汰され、資本力の強大なアグリビジネスの独り舞台となる。そこに投資を行っている日本の食品産業や商社もまた、「勝ち組」の一角を占めるだろう。とかく国家的な利害対立として捉えられがちなFTA/EPAだが、その実態は、国境を越えた強者の連合が各々の国の弱い産業部門を駆逐し、自らの利害を貫徹していくための手段に他ならない。

ちなみに、太古以来の生態系が残るとされるタスマニア島では、毎年2万2000ヘクタールもの原生林が伐採され、その9割が製紙用の木材チップとして日本に輸出されているという。日豪EPAの締結によって生じる事態を、先行的に示唆していると言えよう。

経済協力と安保協力の一体化

日豪EPAが「包括的」なのは、経済面にとどまらない。先の報告書には、日豪EPAが「多くの共通の価値と関心を有する民主的な市場経済先進国であるオーストラリアと日本との戦略的関係を発展させ、深めていく」と記されているが、これは今年3月に発表された「安全保障協力に関する日豪共同宣言」の中で多用される「共通の価値」「共通の関心」という文言と見事に合致している。

近年、東アジア地域の「統合」枠組みについて、ASEAN(東南アジア諸国連合)10ヵ国を中心に、日本、中国、韓国を含む「ASEAN+3」の13ヵ国構想が浮上する一方、それに豪州、ニュージーランド、インドを加えた16ヵ国構想も存在する。

ASEAN諸国へのFTA/EPA攻勢を通じて前者を推進しようとする中国に対し、日本の狙いは、後者の枠組みの中で中国の影響力を低下させることにある。さらに、これらを「地域主義」として警戒し、自らの影響力を確保しようとする米国は、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の21ヵ国構想を対置している。

こうした動向を踏まえれば、日豪EPAは経済面での二国間協力という以上に、経済と安全保障の一体化を通じて戦略的同盟関係を確立するための協力と捉えられる。既存の日米、豪米に加え、日豪の安保協力が形成された現在、中国を対象とする環太平洋的な日・米・豪の同盟関係を強固なものにするためにも、日豪EPAは不可欠なのだ。

アジアレベルでの草の根的な連携を

加盟国に一律の基準が適用されるWTOに比べ、FTA/EPAは対象国ごとに基準や内容が異なり、問題点を掴みにくい側面がある。個別課題に取り組む運動相互の連携も、未だ弱いのが現状だ。実際、山浦さんによれば、豪州における遺伝子組み替え作物の自由化に懸念を抱く人々が、必ずしも日豪EPAを焦点にしているわけではないという。

しかし、対抗運動の進展も間違いなく存在する。例えば、今年4月に公表された「日豪自由貿易協定はいらない」と題する共同声明だ。これは、日豪の農民運動団体・市民団体・NGOが、文字どおり共同で作成したものである。豪州側の集約は、地域組織、教会グループ、労働組合など90以上の団体および個人からなるAFTINET(公正な貿易と投資のための豪州ネットワーク)が担当しているという。9月の「APEC対抗アクション」への参加も、こうした関係に基づいて可能になったとのことだ。

先に見たように、FTA/EPAにまつわる国家間の利害対立は偽装されたものに過ぎない。とすれば、それを暴露し、問題点を明らかにできるかどうかは、双方の草の根的な運動の展開、その連携にかかっている。日豪EPAに限らず、アジアレベルでこうした連携を形成し、対抗のネットワークを形成していく必要があるだろう。(山口協)


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