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たべもの協同社会と“農的文明”

はじめに

以下は、日頃から当研究所にご協力いただいている本野一郎さんから届けられた、公開シンポジウムにおける報告の概要である。「地球を耕し命を育くむ ―『食』のグローバリズムを考える」と題する、このシンポジウムは11月17日、筑紫女学園大学短大部現代教養学科の主催で行われた。「国内や世界全体の農業・食糧政策がどうあるべきかを、食、農、環境、エネルギー、経済などさまざまな視点から総合的に考え、解決への糸口を探ります」との主旨である。他のパネラーは、山下惣一(農業・作家)、宇根豊(農と自然の研究所代表)、本郷尚(国際協力銀行)の各氏。コーディネーターは田中尚道氏(近畿大学)。報告概要は、本野さんの年来の主張がコンパクトにまとめられている。

1.自給経済・交換経済の復権

地産地消、直売所、地場産による学校給食、食農教育、生きもの調査、自家採種運動、有機農業運動、たべもの通貨。地域におけるこれらの活動は貴重であり、希望がある。しかし、つながりを欠いており、分散的であることが農業・農村の後退に歯止めをかけられない原因となっている。

これらの活動を自給経済の復権・交換経済の復権という視点から評価する。

経済の4重構造(自給、交換、市場、公共)がバランスを失っていることが、農業の解体、農村の崩壊を生み出している。バランスの回復によって、「地域の環境、家族の健康」にきちんと焦点を当てた農業・農村の再編への道筋を見通したい。

「自給」が否定され、「交換」が弱まり、「市場」が圧倒し、「公共」さえ市場化する(省益という損得で動く官僚機構!)。

グローバリゼーション(WTOの貿易ルールと軍事力によるエネルギー・ドル防衛)による民主主義の機能不全が目の前にある。農と食の顔が見えない仕組みがある。これでは、地域の環境も食の安全も家族の健康も守れない。自給経済・交換経済による民主主義の復権、公共性の復権という方向を探る。

2.地域はグローバリゼーションの対抗軸

自給経済・交換経済を核として地域を再構成する。その時、地域は他の同様の試みをする地域との連携を視野に入れることができる。

生産者と消費者の提携、村と町の連携、農業体験、産消交流、グリーンツーリズム、生産・流通・消費の協同化、協同組合間共同、協同労働、ボランタリズム、NGO、NPOそしてたべものを軸とした協同体・アソシエーションの形成。

多様な他者、多様な他地域と結ぶことによって初めて、地域の自立が可能になる。こうした意味において地域の本質は、人間関係の形成である。農村地域においては、公共セクターへの従属からいかに脱出するかも課題である。ここから、町に従属しない「たべもの協同体」の形成へ向かう契機を多様に作り出すことができる。

大規模・法人化なのか、価格保証なのか、という選択肢ではないもうひとつの選択肢が必要であり、環境・健康を軸とした農業政策を提案する。これが多数の国民、多数の消費者の支持を受ける農業である。(自給率40%を切ったのは、消費者の支持を受けなかった農業であったからという反省的思考も大切である。)

有機農業推進法の成立と、地方公共団体の推進計画づくりは、第三の道を明示しうる材料として活用できる。このチャンスを見逃さずしっかり取り組む必要がある。

3.協同セクターが目指すたべもの協同社会

公共・市場・交換経済を歴史的にみるとこれらは農村共同体から発生していることがわかる。また、現代社会の構造としてみると農村共同体は自給経済の宝庫であり、協同組合システムを中心とする社会的経済は交換経済の中心を担っている。

このよっつの経済を、よっつのセクターとして再構成した場合、地域が歴史的、社会的に把握できる(自給−農村共同体セクター、交換−協同セクター)。こうした地域の構造把握は、一般的な人間関係としての地域にとどまらず、世界の構造をも映し出している。これは、地域がグローバリゼーションへの対抗軸となりうる可能性を示している。

いま、農村を中心に自給・交換経済の担い手として地域で形成され始めた様々な主体は、開かれた農村共同体セクターとして評価できるものだろう。

協同セクターは、「たべもの協同組合」の概念を軸に動き始めるだろう。この流れは、農村共同体セクターの自立化の動き=多様な結びつきと連動している。

そして、「たべもの生産を支える食・農・環境・エネルギー政策」によって市場セクター、公共セクターとの連携が見えてきたとき、「たべもの協同社会」への道が開かれるのだろう。

4.農業文明から農的文明へのパラダイムの転換

地殻変動が起きている。都市文明に見切りをつけた人々の動向がそれを教えてくれる。

この動きを文明史的にみれば、近未来に引き起こされるであろう石油化学に依存した工業文明の崩壊という局面で起きてくる自己防衛の始まりだと見える。また、肥大化した投機経済が支配する商業文明は、農業・工業を蛸足のように食い散らかして自己崩壊を遂げつつあり、そう長くは続かないと人々は感じている。

しかし、崩壊を遂げつつある商工業文明に従属してきた近代農業は、共に崩壊の道を歩んでいる。振り返って1万年におよぶ農業文明を見てみると、それは、環境破壊の歴史であり、環境が持続しえない農業を選んだ文明は、いま、砂漠の中から遺跡として発掘され現代に警告を発している。いま、環境を破壊する持続不可能な近代農業を選んだ人類は、同じ轍を踏みつつある。

いま、グローバリゼーションを越えて人類が生き延びる選択肢は限られている。人口増加と食糧生産のバランスの展望が必要である。

人類が生き延びるためには、環境破壊的にならざるを得なかった農業文明を反省的に捉え返し、世界中に有機農業を核とした環境保全型農業を実現することである。自給経済の再評価と抵抗拠点としての地域がそれを導くだろう。

またその実現可能性は、持続可能な農業への支援を最優先にする工業を実現すること、持続可能な農業を支えうる商業システムを実現することである。これら農的工業、農的商業を統合しうる農業文明から農的文明へのパラダイムの転換が求められる。(本野一郎:神戸大学農学研究科地域連携センター)


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