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連載 ネパール・タライ平原の村から(114)
もう一度ティルさんに会いたい

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その114回目。


 妻のティルさんが新型コロナに感染し、5月7日に亡くなりました、52歳でした。

 4月からインド、ネパールで新型コロナ感染者が増え、再ロックダウンが噂される中、慌てて山岳部に5歳の里子を引受けに出かけたティルさん。深夜に疲れて戻って来て、いつものように休めばよくなると思っていたら、3日目にはひどい頭痛、下痢、食欲不振、熱、筋肉痛、そして味覚障害の症状が出たので、4月29日に病院で点滴を受け、翌日 PCR検査で陽性と診断されました。

 その後、コロナ感染者指定の県立病院に入院したのですが、ティルさん、薬を飲み込めず、水が甘く感じて飲めず、食事は砂を口に入れるようだと吐きました。5月4日深夜、症状がよくならず、酸素吸入器の不足の情報もあり、コロナ専門の医科大病院へ移動。それから3日後の5月7日。

 訳のわからないチューブや機材を鼻や口につながれたティルさんに、感染予防ガウンを着た僕は、コップの水をスプーンですくい、少し口を湿らせる。それを何度か続けたら、もういいと手を振って、満足そうなかわいい顔をするティルさん。でも数秒したら、また水がほしいと。何度もそれを繰り返し、少し落ち着いたら、看護師に僕は外に出るよう指示されました。

 3時半頃。隔離室に入室すると、歯を食いしばるような苦しい表情で、すでにティルさんの呼吸は止まっていました。隣のベッドのおばちゃんが、「『水、水、水……』って言っていたけど、誰も気付いてくれなかった」と。しばらくして、ティルさんの目を閉じてもらい、ようやく顔の緊張が緩んだようで、この10日間で一番心地良さそうな表情になり、永遠の眠りにつきました。

 もう1ヶ月以上が過ぎたけど、ティルさんが最期の日「死にそう、死にそう」と、呼吸できず苦しむ姿が思い浮かび、僕は今も苦しい。入院中、僕に怒ってばかりいたティルさん。今思うに、自分自身にイラ立っていたのでは? まさか、自分がコロナに感染するなんて、と。

 亡くなる2日前、もう助からないのではと、胸が張り裂けそうな思いで僕が入室した時。ベッド上で、点滴でむくんだ手足を寂しそうにさすっていたティルさん。思い返すと、死が近いかもと思い詰めてつらかったのでは? なのに僕は、ゆっくりよくなるからとか、諦めないよう励まそうと努めました。でもティルさん、きっと身体だけでなく心も痛かったのでは? 本当は泣きたかったんじゃないか? 死と向き合う時間を新型コロナは与えてくれない。何より感染は防げていたと後悔、心残りで僕の心はいっぱいです。

 今、行動規制(ロックダウン)中のネパールですが、平穏な日常にティルさんがいない。水牛の乳を搾る時、おばあちゃんと鎌で草刈りをする時、ティルさんが植えたライチの実をもぐ時、蚊帳の中で子どもらと雑魚寝する時。ふっとティルさんが思い浮かび、溢れる涙をこらえてみるけれど、鼻水が止まりません。

■在りし日のティルさん(2020年)
 前を向かないといけない、死んだ人はもう戻って来ないとわかっているけれども、ティルさんに会いたい。年老いたその先に死がやって来るとばかり思っていたけど、現実はそうではなかった。

             (藤井牧人)



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