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アソシ研リレーエッセイ
国家も含めて「システムチェンジ」



 「気候変動と感染症」(本誌第187号)でも触れましたが、今回のような感染症と気候変動は現れ方こそ異なるものの、自然環境や生態系に対する人間の関わり方、とくにこの500年ほど私たちの生活を規定している「近代世界システム」に基づく人間と自然との関係という点で、深く関連する問題です。

 一口に言って、この500年ほどの人間社会のありさまは、それ以前と比べ、自然に対して深く、激しく、大規模に侵害を行ってきました。感染症と気候変動はその産物と考えられます。とすれば、ワクチンや抗ウイルス薬で感染症を封じ込めたり、温暖化ガスの排出権取引で気温の上昇を防ぐといった対応は、つまるところ対症療法でしかないことが分かります。災禍は元から断たなければなりません。

 「気候変動ではなくシステムチェンジ(System Change Not Climate Change!)」。気候変動に取り組むグローバルな運動に集う人々、とりわけ若い世代の中で、こうしたスローガンが叫ばれているのは、まさに問題の根源がどこにあるか、曇りなき目で見据える洞察の鋭さを物語っています。

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 さて、去る9月22日、中国の習近平国家主席は国連総会の一般討論で、二酸化炭素(CO2)排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにCO2排出量と除去量を差し引きゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すと表明しました。

 これは衝撃的な話です。というのも、2019年のCO2排出量で見ると中国はダントツの第1位、2位の米国と比べても2倍近く、世界全体の3割近い排出量を叩き出しているからです。

 これまで中国は基本的に自らを発展途上国と位置づけ、途上国には発展する権利があり、さんざんCO2を排出し続けてきた先進国こそ真っ先に排出抑制に取り組むべきだとの論陣を張ってきました。

 こうした先進国と途上国の立場の違い、米国トランプ政権による「パリ協定」(気候変動対策の国際条約)脱退などもあって、この間、国際交渉が行き詰まりを見せる中、中国が極めて野心的な目標を示したことが、世界に衝撃を与えたのです。

 “本当にやる気があるのか? できるのか?”

 “米国に優位を見せつけるパフォーマンスでは?”

 そんな疑念も生じていますが、実際、中国はこの間、政府主導でエネルギー転換を推進しています。太陽光や風力など再生エネルギーの領域では、世界的な大国になりつつあります。

 もちろん、これから有望なグリーンの産業部門で主導権を握ろうという、産業政策の意味合いもあるでしょう。

 いずれにせよ、感染症に関しても気候変動に関しても、中国の動向が世界の行く末を左右する状況にあることは間違いありません。

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 とはいえ、そんな中国は大きな問題を抱えています。あらゆることが共産党=国家の主導で行われ、市民社会の自発的な動きを統制せずにはいられないことです。

 中国南部桂林に住む女子高生の欧泓奕さんは、グレタさんの活動に触発され、自らも2019年5月、桂林市庁舎前で7日間にわたって気候変動対策を求めるデモンストレーションを行いました。

 ところが、これに対して警察は「違法活動」との理由で連行し、両親に通知した上で、これ以上継続しないよう警告したそうです。その結果、欧泓奕さんは市庁舎前での活動中止を余儀なくされました。

 しかし、“気候危機は人類にとって最大の脅威”と確信する彼女は、別の形で活動を継続することにしました。「Plant for Survival(生存のための植樹)」と銘打ち、仲間たちと桂林周辺で植樹活動を始めたそうです。その根性に感服します。

 気候変動にしても感染症にしても、国境にとらわれることはありません。だから、対応も国境にとらわれることなく行う必要があります。ところが、現実には国家が課題や対策を囲い込み、国益とのバランスで判断される状況が続いています。

 国家が国境にとらわれない取り組みを行えないとすれば、それを担うのは国家を超えた民衆の連携です。しかし、それは本質的に国家の利害に鋭く抵触する部分を孕んでいます。この点をどう突破していくのか、システムチェンジにも問われる問題です。

                                       (山口 協:当研究所代表



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