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連載 ネパール・タライ平原の村から(105)

近代史上初、サガルマータが見える空

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その105回目。


 3月24日に始まったロックダウン。交通手段の不足と医療施設によって出産前後の医療保健サービスが制限され、3月、4月の妊産婦死亡率が大幅に増加。ヒマラヤトレッキングなど105万人以上の雇用を支えるツーリズム産業は危機的状況に。

 6月1日、インドのロックダウン緩和で交通機関が一部再開され、何万もの帰還者が国境に到着。過密なその場しのぎの検疫施設(多くが学校教室)で長期隔離のため、検査を受けず家に帰った感染者。

 都市では、新型コロナ対策での支出100億ルピーの透明化やPCR検査数の政府対応に若者らが抗議。いつしか「新型コロナよりロックダウンが問題だ」と語られるようになりました。

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 こうした新型コロナ一色のご時勢の中、ちょっと前になるのですが、“おやっ?”と空を見上げたくなるニュースが一つ話題となりました。

 唯一の国際空港があり、外国人が必ず訪れるカトマンドゥ。旅行者は古い歴史的建造物が見られる一方、河川の汚れ、突貫工事、交通渋滞、車両排気ガス……と埃っぽいカトマンドゥを発見することになります。『ネパール・タイムズ』オンライン版によると、ネパールの汚染の3分の1は国境を超えて吹き込む風で、残りは排気ガス、レンガ窯からのスス粒子、燃えるゴミで、死者10万人のうち250人が大気汚染に起因するとのことです。

 2018年4月の「リアルタイム大気汚染データプラットフォーム」の観測によれば、いくつかの国や地域で採用されている大気汚染の程度を示す指標「大気質指数(AQI)」では、中国の北京が153、インドのニューデリーが167だったのに対して、カトマンドゥはそのほぼ2倍であることが同時測定されたとのこと。汚れた空気が滞留しやすい盆地カトマンドゥの大気汚染は、深刻な問題でした。

 それがロックダウン2ヶ月後の5月10日には、都市封鎖と外出禁止で空気が浄化され、カトマンドゥから恐らく近代史上初めて、彼方に世界最高峰サガルマータ(エヴェレスト)が目視されたというニュースが流れました。

 ネパール石油公社によると、ロックダウン最初の1週間で全国のガソリン販売量は6%に減少。カトマンドゥの病院では、慢性閉塞性肺疾患、気管支炎、喘息など呼吸器疾患の患者が記録的に減少したそうです。

 1992年にブラジルのリオデジャネイロで行われた地球サミット「環境と開発に関する国連会議」から続く長期的努力。「リアルタイム大気汚染データプラットフォーム」による観測データが政策立案と決定に与える影響。クリーンエネルギー転換への政治的意思とは無関係に、これまでできないと思っていたことがわずか2ヶ月でできてしまったのです。

 かつてミヒャエル・エンデは、「石油に代わる次のエネルギーが何かは問いではない。加速度的にエネルギー浪費に向かわせる社会制度からどうやって私たちは抜け出すか、その問いこそが本質的です」と語りました。

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 ■200万人以上が暮らすカトマンドゥ
 7月22日、ロックダウン解除が決定しました。カトマンドゥにいつもの大渋滞が戻りつつあります。気候変動学者マンジート・ダカルは言いました。「私たちが望むならカトマンドゥをきれいにすることが可能であることが証明された“だけ”でした」と。




           (藤井牧人)



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