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新型コロナウイルス感染症をめぐって
気候変動と感染症
今回の事態に対する論点整理 補足



 世界的な流行(パンデミック)を引き起こした新型コロナウイルス感染症(Covid-19)をめぐって、前号では自然史的な歴史幅で見た人類と感染症との関係、また私たちが暮らす現代世界の基本構造を規定している「近代世界システム」の歴史幅で見た人類と感染症との関係について検討した。

 自然史的に見れば、ウイルスや細菌などの病原体は決して私たちの外部から襲来する災厄などではなく、生態系を形成する一つの要素である。それ故、人類は好むと好まざるとに関わらず、長い年月をかけて病原体との間に共生関係を築いてきた。

 一方で、この500年にわたる「近代世界システム」の中では、それ以前に比べ、こうした共生関係がたびたび破られ、今回の事態も含めて広範囲で大規模な感染症の流行を繰り返してきた事実に注目すべきである。それは、資本主義の進展とともに人間が自然史的な共生関係を上回る規模と速度で生態系に影響を及ぼした結果と捉えることができるだろう。

 そう考えた時、私たちは同じような内実を持つ、もう一つの巨大かつ切迫性を持った問題に気づかないわけにはいかない。すなわち気候変動である。


気候変動:「自然世界」と「近代世界システム」

 この数年、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんの活躍によって、気候変動に関する世界的な注目が高まった。ところが、今年に入って新型コロナがパンデミックの様相を見せるや、注目は一気に新型コロナへと移行したかのように見える。

 わずかに、感染拡大を防ぐために世界各地で行われたロックダウンや移動制限などに伴う経済活動の鈍化などによって、意図せざる形で温室効果ガスや大気汚染物質の排出量が急減したことが報じられたり、「ポスト・コロナ」の経済再生の一環として、「脱炭素社会」の実現に向けた投資を促す「グリーンリカバリー」が取り上げられる程度である。

 とはいえ、気候変動と今回の事態との間には、内在的な連関が存在する。紙幅の都合で前号では触れられなかったため、ここで前号の論点整理を補足しておきたい。

 一般に、気候変動の要因には、自然なものと人為的なものがあるとされる。自然要因としては、大気自体に内在するものや海洋の変動、地球の公転軌道の変化、火山の噴火による大気中の微粒子(エアロゾル)の増加、太陽活動の変化などが指摘される。

 他方、この間とくに注目されているのが、人間の活動に伴う二酸化炭素など温室効果ガスの増加やエアロゾルの増加、森林破壊による温室効果ガス吸収量の低下といった人為的要因である。

 実際、国際的な専門家でつくる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、気候システムの温暖化に疑う余地がないこと、温暖化の主な要因とされる二酸化炭素の増加は、人間による化石燃料の使用が主な原因だと指摘した。これに基づいて、気候変動に関する国際的枠組み「パリ協定」では、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすること、そのためには世界全体の二酸化炭素の排出量を2050年までにゼロにすべき――との目標が設定された。

 このように、地球の物質的な諸条件、それらによって形成された生態学的環境といった「自然世界」を基礎としつつも、「近代世界システム」の中で形成された人間活動が影響を与え、自然世界の再生産に変容をもたらしているという構図は、前回触れた感染症をめぐる構図と非常によく似通っている。

 ただし、気候変動の場合は、産業革命以前と以後といったように、感染症と比べて人為的要因の影響がとくに明白であり、気温上昇の限界値や削減すべき温室効果ガスの排出量という形で、具体的な対応策も明らかになっている。それに比べると、感染症は未だ「傾向性」や個別の事例から全体構造を類推する段階だと言えるのかもしれない。


気候変動と感染症

 ところで、感染症と気候変動が類似の構図を持つとして、両者の間には何らか相関関係はないのだろうか。

 すでに見たように、感染症の拡大防止策として経済活動を鈍化させたことで、結果的に温室効果ガスや大気汚染物質の排出が減ったという事実はある。もっとも、それは長期的な気候変動にはほとんど影響しないレベルらしいが(「コロナ禍の温室ガス削減 長期的には「ほぼ影響なし」 英科学誌で発表」『毎日新聞』2020年8月7日)。

 また、新型コロナ感染症の症状である肺炎は大気汚染の条件下ではより重篤になる傾向があるという(石田雅彦「新型コロナ感染症:「大気汚染」と感染・重症化の関係とは」『Yahoo! news』2020年6月23日)。

 しかし、それだけではない。感染症と気候変動の内在的な連関については、すでに専門家による一定の総括が行われている。「地球温暖化の感染症に係る影響に関する懇談会」の協力の下、環境省が2007年3月8日に公表したパンフレット『地球温暖化と感染症―いま何がわかっているのか?』は、次のように指摘している。

 ※温暖化の進展により、日本脳炎、デング熱などを媒介する蚊など、媒介動物の分布が北方に拡大するとともに、個体数が増加する可能性がある。

 ※コレラのように汚染された水が原因となる水媒介性感染症は、特に上下水道の設備が不十分な途上国を中心として、温暖化が進むと水温が上がり、汚染の原因となる菌が増加し、悪影響が大きくなることが懸念される。

 ※すでに、人を刺したり噛んだり、感染症を媒介するなどの“衛生害虫”の生息域が拡大していることが確認されている。例えば、強い毒を持つセアカゴケグモやどう猛なオオミツバチなど、海外から進入し、冬期の低温に弱いと言われる生物の分布が北上している。

 ※日本には侵入していないものの、世界各地で見られる感染症のうち、温暖化との関連の可能性が示唆されているものは次のとおり。

 アフリカのリフトバレー熱は、蚊が媒介生物となるが、温暖化による雨量の増加により、蚊も増加し、人への感染の可能性も増加。

 アメリカ大陸のハンタウィルス肺炎症候群は、ネズミが媒介生物となるが、温暖化による雨量の増加により、ネズミの餌が増加し、ネズミの数が増加。これにより人への感染の可能性も増加。

 コレラ菌は海水中のプランクトンと共生している。海水温が上昇し、プランクトンが増殖すると、コレラ菌も増加することが予測される。

 ※日本での影響が懸念されるものは次のとおり。

 日本近海で、下痢や皮膚疾患などを起こすビブリオ・バルフィニカスという菌が検出される地域が、近年北上している。

 デング熱を媒介するヒトスジシマカの分布域が年々北上している。


根本的な変革の必要性
 
 今回の新型コロナウイルスの場合、動物から人間への感染の過程が完全に解明されたわけではないため、上記のような気候変動の影響について明確に指摘することは未だ難しい。

 「気候変動は多くの種類の病気、とくに昆虫が媒介する熱帯病を悪化させると予想されているが、今回の新型コロナウイルスはそのリストには入っていない。新型コロナ感染症の原因となるSARS-CoV-2ウイルスが、コウモリに見られるウイルスと密接に関連していることを示唆する科学的証拠はある。」
(Climate change affects everything - even the coronavirus, Washington post, Apr. 15, 2020)

 気候変動によってコウモリが従来の生息地を失い、新たな生息地に移行したとの情報は寡聞にして知らない。むしろ前回見たように、感染症の罹患確率が高まる要因としては、人間による野生動物の生息地への侵入の頻度が増し、野生動物との接触が増えること方が大きいのかもしれない。安定した生息地が減少することで、これまで以上に動物同士、動物と人間の接触が増え、病原体の移行が促進されるからだ。ただし、以下の指摘は留意すべきだろう。

 「気候変動はこうした問題をさらに悪化させていると研究者は言う。気候変動は一部の動物の個体数を縮小させ、病気の予防に必要な遺伝的多様性を奪う。また、他の動物は移動を余儀なくされ、新たな種類の動物間、動物と人間との間の相互作用を生み出している。研究では、いくつかの人獣共通感染症の発生を干ばつや洪水などの異常気象と結びつけているが、これらは地球が温暖化すればするほど一般的になると予想されている。」(同前)

 今回の新型コロナをめぐっても、今後こうした観点から検証が行われていくことを期待したい。

 とはいえ、これらを直接的影響とすれば、間接的影響についても想定しなければならない。先ごろ発生した九州豪雨でも問題となったが、気候変動によって自然災害が頻発するような状況になれば、十分とは言えない衛生環境の下で避難生活を強いられる人が増え、感染症の拡大を促す条件をもたらすことは想像に難くない。

 また、とくに途上国では気候変動が干ばつなどによる食糧不足を惹起する可能性が少なくない。食糧不足は健康面での脆弱性をもたらすだけでなく、しばしば政治的対立へとつながり、紛争や人道的危機によって公衆衛生に必要なインフラの維持が困難になる可能性も高まる。これも感染症の拡大を促す大きな要因となる。 

 こうしてみると、気候変動と感染症は現れ方こそ異なるものの、実は自然環境や生態系に対する人間の関わり方、とりわけ近代世界システムにおけるそれという点で、質的に密接に関連した問題であることが分かる。とすれば、感染症は感染症、気候変動は気候変動といった課題別の対策だけでなく、前回参照したジョン・ベラミー・フォスターの言うように、両者を貫く根本的な変革の必要性について避けて通ることはできないように思われる。

                                        (山口 協:当研究所代表)



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