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書評

イラン・パペ(脇浜義明訳)
『イスラエルに関する十の神話』
                        法政大学出版局、2018年


 もう40年以上も昔、レバノンのベイルートにあったパレスチナ難民キャンプを訪問し、パレスチナ解放闘争に触れるツアーを何回か企画していたことがある。そんなに深く知りもしないのに、ヘタな英語で訪問団の通訳を引き受けて、帰り際に、「今度はもっと英語がうまい人を通訳で連れてこい」とお叱りをうけた苦い思い出もあった。でも、この時、「パレスチナ解放闘争がめざす目標は、パレスチナという地にアラブもユダヤも共に平和に暮らす社会をつくり出すことだ」と、出会った兵士たち誰もが、普通に語っていたことに強い衝撃を受けたことを忘れることはなかった。

 以来、パレスチナは自分が目標とする社会変革の象徴となっていったように思う。冷戦崩壊後の中東情勢変化の中で、PLO(パレスチナ解放機構)が代表するパレスチナ解放闘争がパレスチナ国家の現実的樹立に動いて、1993年のオスロ合意に至った時も、遠く離れた日本でニュースを聞きながら、「で、次の展望は?」と自問自答する程度しか、具体的にかかわることはできなかったのだけれど……。

 イスラエル建国から70年となる昨年、雑誌『現代思想』の5月号が「パレスチナ特集」を組んでいた。そこに掲載されていた対談で、初めてイラン・パペの存在を知ることとなった。『パレスチナの民族浄化』の著者として、イスラエル国家建設の経緯を「民族浄化」と断定しうる事実解明を、イスラエル生まれのユダヤ人自らが行った衝撃の大きさは想像できる。「新しい歴史家」と呼ばれるパペのような研究者が数多く生まれ、イスラエル国内で激しい非難にさらされて、多くのユダヤ人が国外へ流出している事実も、この特集の中で初めて知ることができた。

 そして、昨年11月。ベイルートのパレスチナ難民キャンプへも一緒に行ったことのある脇浜さんから、「今度、パレスチナ関係の本の翻訳を出版したから、書評を書いてや」と頼まれたのが、本書だった。

 この本は、イラン・パペが、イスラエルに関して流布している常識とされる言説が、いかに作為的につくられたデマによって塗り固められているのかを、平易に解き明かした10章から構成されている。パレスチナは民なき地ではなかった。ユダヤ人は国なき民でもなかった。シオニズムはけっして民族解放運動ではなかった。まして、イスラエルが民主主義国家であることはできない――等々。そして、オスロ合意の限界性に触れて、パペはこう語っている。

 「もしもユダヤ人とパレスチナ人が正しい民主主義的原則のもとで関係を再構築する方向へ進むようになれば、事実上死に体となっている二国間解決案とパレスチナ分割という地理的論理は、もう不要になる。さらにまた、入植でできあがったイスラエル国家(1967年以前)と西岸地区の入植地の区別も不必要になる。必要な区別は、入植者の地理的居住区による区別ではなく、パレスチナ人との関係の再構築、イスラエル政治体制の変革、ユダヤ人とパレスチナ人の平等化を論じようとする人々と、それを望まない人々の間の区別である。」

 建国から70年。イスラエルで生まれ、イスラエル建国後に育ったユダヤの人たちの中に、かつてベイルートでパレスチナ解放闘争を闘っていたパレスチナの人たちから聞いたのと同じ解放の内実が語られ始めていることに、感慨を禁じ得ない。もちろん、現実は重く、途方もなく大きな困難が行く手をはばんでいる。しかし、パペは希望の光は確実に強くなっていると語る。イスラエルの政治状況が右傾化へと進む中でも、光は強くなっているのだ、と。

 パレスチナ問題を学ぶ入門書としても貴重な本書の出版に感謝したい。

                                                  (津田道夫:当研究所事務局)




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