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日本の農業政策と海外への農業開発支援を問う講演会 報告

転機迎える農と食のグローバリゼーション

ブラジルとモザンビークからの証言


 昨年11月、大規模農業開発を問うブラジル、モザンビーク、日本の三カ国民衆会議が東京で開催され、その一環として、ブラジルとモザンビークから来日した農民運動家を招いて、これからの世界と日本の農業を考える講演会が京都で開催された。主催は耕し歌ふぁーむ、グローバル・ジャスティス研究会、ATTAC関西グループ他による実行委員会。以下、当日の模様を簡単に紹介する。


 ブラジルでは1970年代から90年代に日本の援助によってセラード(後述)農業開発協力事業が進められ、「ブラジルの緑の革命」「不毛の大地を穀倉地に変えた奇跡」と賞賛されてきた。モザンビークでは、このセラード事業をモデルにしたプロサバンナ(後述)事業が進められ、また日本政府はモザンビークの資源開発や港湾・鉄道などのインフラ整備への巨額の支援も行っている。これら巨大な農業開発は現地の生態系や小農民に、そして私たちの暮らしになにをもたらしているだろうか。

 一方で、日本政府はTPPや日欧EPAの発効、日米二国間交渉など、農業を切り捨て、食糧輸入への依存を強め、農業への企業参入と大規模化を進めようとしている。このような日本の農業をめぐる状況は、実はブラジルやモザンビークでの大規模農業開発とリンクしている。日本の農業の進むべき道は、グローバルな視界を背景にして、小農たちの声に耳を傾けることによって、はじめて見えてくるのではないだろうか。折しも昨年12月には、国連総会において、「小農および農村で働く人びとの権利宣言」が採択され(日本は棄権)、今年からは小農を基盤にした農と食の強化をはかるべく「家族農業の10年」が始まる。

 農と食をめぐるグローバリゼーション、巨大資本に支配されてきた世界の農業はいま、転機にあるのだと言えるかもしれない。

日本からの報告

 最初に、自らも京北地域の過疎の村で、京野菜など伝統野菜栽培を営みつつ、小農・有機農業について研究を行っている松平尚也さんからの報告があった。

 松平さんはまず、アグリビジネスのグローバル化によって巨大資本による種子、農業資材などの寡占化が進み、それによって各国の農業モデルが変容を強いられ、世界で小農民の土地からの排除が行われていることを指摘した。しかし一方で、大規模な工業的農業は生産のために多くの水資源や化石燃料を消費するにもかかわらず、生産される作物は大豆やトウモロコシなど畜産飼料や油糧用の割合が多く、人びとが口にする食べものの7割は小農によって生産されているという報告がある。そのことが国連での小規模・家族農業の再評価につながっているのだという。

 モザンビークで計画されているプロサバンナ事業は、日本のODAを使って行われる「日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム」であり、1100万ヘクタール(日本の耕地面積の2倍にあたる)を対象に行われる大規模農業開発事業である。2030年には大豆1400万トン、トウモロコシ1400万トンの生産が見込まれ(2011年、日本の大豆輸入量400万トン、トウモロコシ1600万トン)、現地の人びとに多大な益をもたらすと謳われているが、現地の農民たちは後に報告するエレナさんの話にあるように、決してプロサバンナ計画を望んでいるわけではない。

 さて、プロサバンナ事業で、大規模な生産が見込まれている大豆についてだが、日本は世界第4位の輸入国であり、大豆の自給率は7%。大豆需要のうち7割は油糧用で、食用大豆のうち75%は輸入大豆となっている。食用大豆は豆腐、煮豆、納豆、味噌・醤油などに使用されているが、輸入大豆がないと日本の食文化は成り立たないのが実情だ。しかしその状況はなかなか人びとの目には見えない。

 戦後、日本は食糧増産の掛け声の下、大豆の生産に励んだが、工業立国という方針の下、1961年に完全自由化されるとともに、生産が激減した。また、1972年には大豆需給の逼迫を受けた米国の大豆禁輸、いわゆる大豆ショックをきっかけにして、ODAによる海外での生産地開拓に力を注いだ。ブラジルにおけるセラード開発はその中心だ。

 輸入に依存する農政、グローバル化のなかで、国内では農村は疲弊し、耕作放棄地が増加、高齢化が進んでいる。見えない大豆は見えない農業・農村問題そのものを象徴している。政府は農業競争力強化支援法(2018年)にみられるように、大規模化と企業参入を推し進めようとしているが、それに対して、農民主体の「多様な農業や農家で農村を持続する。暮らしを目的とした」小農の運動が日本でも始まっている。

 概略以上のように述べて、松平さんは今回の講演会を催した背景説明と問題提起を行った。


セラード開発の状況

 松平さんに続いて、ジャーナリストでブラジルにおけるスラムの実情やアマゾン先住民の状況を長年にわたって調査してきた下郷さとみさんからセラードとはどういう地域か、そこでどのような開発が行われているのかについて、報告があった。

 セラードは熱帯雨林のアマゾン流域の南に位置する熱帯草原(サバンナ)で、イメージとしてはよく紹介されているアフリカの草原と似ている。面積は日本の5.5倍であり、ブラジル全体の24%を占める。1万種以上の植物(そのうち半数以上が固有種)や、驚くほど多様な哺乳類、鳥類、魚類などが生息し、非常に変化に富んだ豊かな生態系を保持している。JICA(国際協力機構)によると「不毛の大地は南半球最大の農業地帯に生まれ変わった」というセラード開発だが、1970年代後半からの大規模開発によって、豊かな草原の50%が失われた。

 大豆の生産量では、ブラジルは第1位の米国についで第2位であり、それにカナダが続いている。日本に輸入されている大豆の生産国もこの順位になっている。大豆は主に油糧用と飼料用に使用されていて、大豆やトウモロコシを飼料にして鶏肉や豚肉、牛肉が生産されている。特にブラジル産の鶏肉は日本に多く輸出されていて、主に外食産業やコンビニ向けに提供されているということだ。

 現在はセラード開発の「成功」を受けて、新しい開発地域としてセラードのマトピバと呼ばれる地域の開発が進められている(マトピバ計画)。経済成長が著しい東南アジア、南アジアに向けて、大豆をはじめとした豆類やトウモロコシ、綿花などが生産されているが、そこではひとつの農場の区画が数千ヘクタールから数万ヘクタールというような広大な面積を占めている。 

 セラードからアマゾン南部へと開発がどんどん進んで、日本のNGOや下郷さんたちが支援に入っている先住民保護区や自然保護区は緑の孤島のような状態になっている。一本の木もない開発地域と保護区の境界線は宇宙からもはっきり分かるという。乾季には開発地域は砂漠のような状態になり、森の中も砂嵐に見舞われる。乾燥のために、頻繁に火災に襲われて、多くの森林が消失している。

 来年には新大統領として極右派でブラジルのトランプと称されるジャイル・ボルソナロが就任するが、外資の積極的な導入やアマゾン開発を掲げていることもあり、先行きが懸念される。国際社会に問題を提起する必要があると、下郷さんは報告を結んだ。


ブラジル小農運動

 下郷さんによるセラード開発の概況説明を受けて、大規模な工業的農業に対抗する小農運動を進めるジルベルトさんから、ブラジルにおける小農運動の取り組みとその意義についての報告があった。

 ジルベルトさんたちのブラジル小農運動は、国際的な小農組織であるビア・カンペシーナ(農民の道)に属して活動している。ジルベルトさんは特に在来種の種の分野を担当し、ビアカンペシーナでは小農の連帯、種の保存、アグロエコロジーをテーマに活動しているということだ。小さな農業と大規模な工業的農業との違い、対比をジルベルトさんはスライドを使いながら紹介した。

 小農たちの担っている農業・食糧生産は、キャッサバ、いも、米、トウモロコシ、ピーナツ、葉物野菜など多品種にわたり、家族や地域コミュニティーをベースにして営まれている。小さな農業は、家族や地域の食を支え、家畜を飼い、水を守り、生物の多様性を守り、自然環境に配慮する。農業資材を地域で調達し、農業技術も自分たちで伝え、伝統的な基盤のうえに、新しいものを取り入れる。

 ブラジルでは1%の大土地所有者が46%の農地を所有しているのだとジルベルトさんは言う。小作や農業労働者として、土地を持たない農民は土地を求める運動を起こしている。具体的には耕作実態のない不耕作地に座り込み、土地を求めて農地改革を要求する。大土地所有者は軍、警察や司法に訴えて、農民を追い出そうとするが、それに対抗する様々な闘争がある。そのようにしてようやく勝ち取った農地で、農民たちは新しく農業を営んでいる。

 小農の営む農業は、農薬も化学肥料も使わず、有機堆肥を施した土壌で、在来種の種を育てる。従って遺伝子組み換えの種苗会社から種を買うということはない。何世代にもわたって品種改良を行い、伝統的な種を受け継ぐとともに交換し、自然を搾取せず、多様性に満ちた生産を行う。大規模な経済開発の別の表れ方として、自然を破壊する地下資源の開発がされているが、小さな農業では自然を搾取するのではなくて、身近にあるものを再利用してムダを出さない農業を進めている。またいろいろな地域の農家との交流も盛んで、種を交換しあったり、技術を教えあったりしている。

 現在、世界の穀物生産・流通は多国籍アグリビジネスによって支配され、その中でも種子、肥料、農薬などの70%を三大メジャーが牛耳っている。遺伝子組み換えで悪名高いモンサントを買収した独・バイエル、スイス・シンジェンタを買収した中国化工集団公司、経営統合した米・ダウケミカルとデュポン。そこで生産される穀物は食糧である前に、まず先物取引される金融商品である。また遺伝子組み換えの種子と農薬、肥料はセットで販売され、農民たちを縛っている。単一換金作物の生産のために農薬が多投され、ブラジルは農薬使用量において世界一だ。また、さとうきびは食糧としてではなく、エタノールの生産に用いられる。まさに経済のしくみが農業を支配する工業的な大規模農業だ。その仕組みがそのままモザンビークに輸出されようとしている。

 しかし私たち小さな農民は、種を自分たちで採って、多様性のある在来種の種を代々受け継いでいく自立した農業を営んでいる。工業的な農業は、栽培する品種も穀物に限られていて、大豆、トウモロコシ、米、小麦、フェジョン豆という5品目に集中しているが、小さな農家は多様性にみちた野菜の生産を担っている。たとえばトウモロコシにしても在来のトウモロコシにはいろいろな種類があるのだとジルベルトさんは言う。

 大規模な農業は莫大な富をつくり出すが、それは一握りの人たちに集中する。しかし本当の豊かさとは何なのかということを考えてほしい。代々受け継いできた多様な作物を自分たちの手で作り、それをみんなで交換しあって、大地の恵みとして食べる、それこそが豊かさではないだろうか。

 工業的な大規模農業と小さな農業という二つの農業のあり方をめぐって、各地でいろいろな問題や紛争が起きているのだとジルベルトさんは指摘し、締めくくりとして私たちに問いかけた、これからどちらの方向に向かうべきなのだろうかと。そして、毎日の食卓に向かうとき、自分自身で問いかけてほしい、この食べものはどこから来て、どんな風につくられたのか、そしてそれは地球の環境にどんな影響があるのかということを。


モザンビ-クからの報告

 続いて、モザンビークで進められつつあるプロサバンナ計画について、モザンビーク農民連合のエレナさんからの報告があった。

 プロサバンナ計画は 正式には「日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム」と言い、「三角協力」とあるように、70年代に日本がブラジルで行なった大規模農業開発事業であるセラード開発を成功モデルとして、日本とブラジルが連携してモザンビークで実施しようとするもので、その規模は中小農民40万人に直接、間接的には360万人の農業生産者に影響を与えると言われている。

 エレナさんによると、しかし、モザンビークに計画がもたらされて6年になるが、農民たちの暮らしにどれほどの影響があるのか、はっきりとした実態が見えない状態だという。いろいろな疑問があるが、それに対する説明はない。日本政府の代表者がモザンビークを訪れて、この計画についての話をしているが、しかし本当にいったいなにが起こるのか、まったく見えない状態だということだ。

 今回、三カ国民衆会議のために日本を訪れて、日本政府の人たちとも会ったが、はっきりした答えは見えない。誰もが決定権をもっていないという曖昧な状態だ。JICAの人たちにも会って説明を求めたが、プロサバンナ計画の正式な調印はまだだということだ。しかし、エレナさんによるとすでにさまざまな影響が現れている。

 工事にともなって、事故が起こっているし、大勢の農民たちの土地が取りあげられて、立ち退きを強いられている。政府が提供する移住先は痩せた土地に安普請の家で、風で屋根が飛ばされたりしている。結果的に農民たちは家も土地も失っている。以前は、列車に乗って農作物を市場に運んでいたが、客車は廃止されて、石炭など地下資源の運搬に使われている。農民たちは作物の商いができなくなり、またすごく長い車輌のため、通過に何十分も待たなければならない。そのために救急車が通ることができなくて、病人が亡くなってしまったということもある。

 そもそも、このプロサバンナ計画は、モザンビークの農民たちの求めに応じて始まったものではないのだと、エレナさんは強調した。計画の立案において、農民たちやコミュニティーの人たちの意見を聞き取ったこともない。JICAの職員によると、地元との調整は現地のコンサルタントが行っているという答えで、多くの資金がコンサルタントに流れている。しかしコンサルタントは一部の賛成派の意見を聞いただけで報告書をつくっていて、実際には多くの農民たちはこの計画に反対している。

 JICAの職員は、この計画がモザンビークの農民たちに利益をもたらす良い計画だと言うが、当事者である私たちがいらないのだと言っているのだ。本当に利益を得るのは誰なのかとエレナさんは問いかける。

 私たちは私たちの畑を守っていきたい。子や孫の世代に受けわたしていきたいのだと。大地は命そのもの、大地を守ることで水が守られる。その大地の命に支えられて私たちは農を営んでいる。プロサバンナ計画はそれを踏みにじるものだ。それはまた、モザンビークの農民たちの間に分断を持ち込んでいる。一部の賛成派と反対派、計画が進められる地域とそうでない地域。

 JICAや日本政府の人たちは、どうしたいのですかと私たちに問う。しかし私たちはこれまでさんざん訴えてきた。今回、外務省の人たちを前にプロサバンナ計画の廃止を求める宣言文を読み上げた。私たちの声に耳を傾けるつもりがないのなら、こちらもそれをずっと訴え続けるしかないと、エレナさんは報告を結んだ。


手のひらの大豆から思うこと

 週末、スーパーマーケットに足を踏み入れると、おびただしい食品の数々に圧倒される。しかし、日本の食糧自給率は38%。それぞれの食べものの来し方をさかのぼっていくと、虚飾の向こう側に、この国と世界の現実が見えてくる。資本主義的な取り引きは、食べものの履歴を消去してしまうが、農も食も決して一国的な営みではない。それは世界システムの一環なのだ。ブラジルとモザンビークの小農運動をになう人たちの話を聞いて、そのことをあらためて突きつけられた気がする。

 松平さんは報告の中で、見えない大豆が象徴する現実のことを語っておられた。それは一方では国内における農村の疲弊、耕作放棄地の増加や高齢化という現実であるとともに、海外(ブラジルやモザンビーク)における大規模農業開発や、それにともなう環境破壊、小農民たちの生活破壊でもある。豆腐、味噌、醤油という日本の食文化の根本がブラジルのセラードやモザンビークのプロザバンナに直通している。見えない大豆の見えない現実を見つめたい。

 関西よつ葉連絡会では大豆クラブという試みが行われていて、13年になる。日本の農村から大豆づくりがどんどん消えていく時代にあって、日本の食の中心的作物であった大豆を自分たちでまず栽培して、豆腐や味噌、醤油に加工してもらう取り組みだ。地場の農家だけでなく、会員の皆さんにも家庭のベランダや庭で大豆づくりに挑戦してもらう。

 ただ消費者としてできあがったものを購入するだけではなく、小さくても大豆作りから関わってみることで、毎日の食をめぐる手触りとでもいうもの、食べものが農とつながっているという実感を取り戻す試みだと言えるだろうと思う。

 私も軒先のプランターで、今年もわずかながら収穫を得ることができた。手のひらに載るほどの大豆だけれども、そこから日本の食をめぐる現実、ブラジルやモザンビークへとはるかにつながっている現実に思いを馳せたいと思う。

                                                                               (下前幸一:当研究所事務局)




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