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連載 ネパール・タライ平原の村から(82)

交信する人、受信する人

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その82回目。


 深夜、妻ら少数民族プンマガルの儀礼があり、親戚の自宅に招待された時のことです。小部屋で10時頃、ジャグリと呼ばれる呪術師3人が、太鼓や真鍮の皿を桴で銅鑼のように打ち鳴らします。プンマガルに伝承される土着の祖神パルパケリの神話を唱える儀礼が始まりました。

 そして、年老いた呪術師の一人が小刻みに震え始めます。日本では七福神の弁財天として知られるヒンドゥー教の女神、サラスワティーが乗り移ったのです。プンマガルの儀礼は、いつもサラスワティーを招くところから始まり、その後、時に激しく真鍮の皿を叩き、呪文を唱えるように土着神パルパケリの神話が続きます。

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 儀礼の途中、この家の呪術師の一人が虚ろな目で手を伸ばし、何かを要求します。家族の一人がその意味を察して、慌ててタバコをくわえるよう口元へ持って行き、ライターで火を付けます。タバコを要求したのは、呪術師本人でなく、のりうつっている祖神パルパケリの方であるとのことです。

 延々と続いた儀礼が佳境にさしかかる頃。またこの家の呪術師が突然、口を大きく膨らませ、虚ろな表情から一転、目を大きく見開き、キョロキョロと周囲を見渡しました。呪術師の家族らが「どうしたのよ?」「何してるの」と驚き……「そうか!ハヌマーンだ」。

 再びその意味を察して、供え物として用意してあったバナナをちぎり、皮を剥いては口元へ持って行き食べさせます。

 「ハヌマーン?」呆気にとられていた僕ですが、サルの顔をしたヒンドゥー教の神様ハヌマーンが急にのりうつり、それで呪術師はサルの仕草をしていたのだと、遅れて僕も理解しました。一同大笑いして、儀礼は深夜2時頃終わりました。

 その後、「家の西方から、あなたたちを悪霊が見ているから、気を付けなさい」「しかし、寝る時に枕元に鎌を置けば大丈夫」と、この家の呪術師が助言します。そして呪術師となったきっかけを語ります。

 「山岳部にいた幼少期、インドのダージリンでグルカ兵(傭兵)として働く父がなくなった知らせを聞いた」「歩いてダージリンからの帰路(1ヶ月以上と思われる)、あと1日で家にたどり着くその日、弟も力尽きて亡くなった」「自分も病気となったある日に突然、何かが私に憑いて……」。

 土着の祖神と複数の神様が混じったこの儀礼、実はヒンドゥー教のクリシュナ神生誕を祝う儀礼であったと、後になって知りました。ヒンドゥー教的なプンマガル独自の儀礼であったのです。

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 呪術師が神様と交信する……。僕には解明できない、あるいは受け入れがたい、非科学的な知見が所々で見られるここでの暮らし。それでも、近隣や親族らが集まる様々な儀礼が生活に根付いていることを実感します。

パラボラ
■石葺き屋根にパラボラアンテナ。山岳部ミャグティー郡
 一方、儀礼があった隣の部屋では、若い世代の子どもらがテレビのリモコンで無数のチャンネルを換えながら、受信した衛星放送を延々楽しんでおりました。異文化にいるようで、異文化でないような日常生活に浸かっています。 

                                   (藤井牧人)







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