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連載 ネパール・タライ平原の村から(80)

「アイデンティティ・クライシス」の日々

 ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その80回目。


 このたび、4月の終わりから5月の上旬にかけて一時帰国しました。ネパールでは家にテレビは置いていないのですが、3週間の一時帰国で実家に戻ると、食卓の真ん前にテレビが、でんとあります。暮らしの中心には、水牛ではなく薄型テレビといった感じです。

 あり過ぎるチャンネルをリモコンで換えながら、東でパワハラ・セクハラがあれば、西で謝罪する人、しない人がいて。南では、スマホでバーチャルな友だち探しをして、北では、ツイッターで見知らぬ人にさらわれる事件が起きる。ツイッターとラインの違いはよくわかりませんが、そんなニュースで満ち溢れた日常、そのことに異文化を感じた、1年ぶりのニッポンです。

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 滞在中、うろうろさせられる巨大な消費装置、イオンのショッピングモールに、まったく用事のない僕ですが、家族の買物でついて行くこととなり、うろうろすることとなりました。陳列棚に並ぶ電子レンジを見ては、スイッチの数、機能がたくさんあり過ぎることに違和感を覚えて。陳列棚に整然と並ぶステンレスのボトルを見ては、サイズや種類、数があまりにすさまじ過ぎることにも、違和感を覚えます。

 軒並みどれも同じように見えるモノだから、“そんな、たくさんのモノを売らないといけないのですか?”“そんな、無くても困らなさそうなモノを買わないといけないのですか?”と問いたい気分に陥ってしまいます。そういう僕も、無くても困らないハンディクラフトを売って、それなりに生計を立ててもいるのですが……。

 ともかく、そういう大量のモノの洪水、消費の空間、ショッピングモールというのは、いつの間にか、郊外にあるのが当たりまえの世の中だったことを知りました。5月1日付『朝日新聞』の天声人語で一部触れられていた、㈱バンダイ子どもアンケートレポートによると、子どもの普段の遊び場所に関する質問の回答として、ショッピングモールが上位にあるそうです。親が子どもの頃に遊んでいた場所に関する質問の回答にあった「空き地・寺社・裏山」は大きく減って、親と子で遊ぶ環境が変化していることがレポートされていました。時代によって変わりゆく遊びに関して、今後とも動向を追っていきたい、というコメントが載っていました。

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 ネパールに移ってから8年が過ぎて、異文化を見る視線で日本を見ている僕ですが、実はネパールにいる時も、やっぱりどこか馴染めないような、どこか異文化を見る感覚で日常を過ごしてもいます。日本人でもネパール人でもないような、そんな感覚です。

子ども
  ■3年前の地震で被災したラスワ郡ガッタラン村で、村の道案内をしてくれる子どもたち
 かつて、京都の市街地から中山間地の日吉町胡麻に入植した橋本昭さんが、同じく移住して数年過ぎた時、“自分は都市民ではないけれども、地元の胡麻原人でもない感覚を覚えた”という話を聞いたことがあります。こういう状況を“アイデンティティ・クライシス”と言って、笑っておられました。

 いろんな方にお会いして、いろんなことを見つめ直す、一時帰国となった次第です。  

                                                                 (藤井牧人)




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