連載 ネパール・タライ平原の村から(75)
頭の中には“地図”がある
ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その75回目。
12月中旬から1月中旬にあたるプース月。
「水牛はトテ(和名不明)とカニョ(クワ科イチジク属)の枝葉を好んで喰うが、アサール月・サウン月の雨季には、あまり喰いつかない」。
「反対にサラノキ(沙羅樹)は、つい先日までよく喰いついていたが、プース月の寒季になると、あまり喰いつかなくなる」。
「センダンやダヴダベ(カンラン科)は、特にヤギが好み、樹皮まで食べ尽くすので、乾くのが早くて、薪にも良い」。
敷地の境界や家の裏手奥にある屋敷林(約10アール)の飼料木から、ヤギ・水牛に与える飼葉(枝葉)を刈り取って来ることを日課とする、義母や妻から聞く話しです。
「一本だけ残してあるケムナ(和名不明)は、あまり家畜は喰いつかないけれど、乾かした樹皮と葉柄の部分は煮出せば咳・風邪に効く飲み薬になる。確か他には、バンダーリさんの敷地に一本だけあった」。
同じく、実をすり潰して煮出すとさまざまな薬効があるとされるハリタキは、「家にはないけれど、タパさんの敷地とカルキさんの敷地にある」と妻は言います。
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もともと、ジャングルに薪拾いに行き、家畜を引き連れて放牧するのが子どもの頃の日課だった妻の場合。用途に応じて利用する植物が、家の敷地だけに留まらず、どこに植えられてあるのか、誰の敷地に自生してあるのか、さまざまな樹木の生育場所をよく把握しています。また、日常の立ち話の中で、さまざまな情報が交わされます。そうした日常生活の蓄積から、頭の中には、地図があるのです。
妻は語ります。家に二本あるグアバは、「母が近所のラナさんが行商してたのを買い、食べて見たところ美味しかったので、(実が落ちて)発芽してある苗をもらって育てた」。
バナナは「十数年前、(去年亡くなった)父が、隣村の親戚から株分けしてもらって来たのを植えて増やした」。「この品種は家にしかなかったけれど、今ではバッタライさんの家にも、セティさんの家にも、どこにでも見かける」。
譲り受けた苗をまた、譲ったりするうちに、どんどん近所で増えていったとのことです。
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■屋敷林の中にあるジャックフルーツの木 |
また、木材として、家畜の飼葉や良質な薪として、儀礼時に葉で皿を作るなどして重宝されるサラノキは、「隣家にある立派なサラノキの種が自然と落ちて発芽した」とのこと。あちらこちらで自生してある飼料木の苗を、そのまま育てたり、移植したりして増やしたりもします。
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地域では近年、都市化で多様な樹木群は減少しつつあります。それでも、生活の必要に応じて、有用な植物や樹木の種や苗を譲ったり、譲り受けたりしながらの暮らしがあります。そして、単に食用になる植物もしくは収入になる植物のみが、“有用”とは限らないことに気付かされます。
(藤井牧人)
【参考文献】 南真木人「カースト社会の森の民」、池谷和信編『熱帯アジアの森の民』人文書院 2005年