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RCEP交渉の現状と問題点


アジアの民衆の目から見た自由貿易協定


 TPP(環太平洋連携協定)はトランプ政権による米国の離脱によって座礁したが、日本が関わる自由貿易協定はTPPだけではない。むしろTPPの行き詰まりによって、RCEP(アールセップ:東アジア地域包括的経済連携)などの交渉が加速される怖れがある。自由貿易協定の本質は何なのだろうか? それは私たち民衆にとってどのような意味を持つのだろうか? TPPに関して交わされた多くの議論をふまえて、少し違う角度から考えてみたい。


 RCEPの第17回交渉が去る2月27日から3月3日まで、神戸で開催された。それに合わせて、「RCEPに対する国際市民会議」によって、RCEPの問題点について探り、交渉に関する情報を発信し、また各国のNGOとの交流を求める会合がいくつか開催された。そのうちフィリピンとベトナムのNGOを交えた集まりに参加したので、その概要を報告する。

報道も説明もないまま……

■内田聖子さん(PARC:アジア太平洋資料センター)


 2013年5月から交渉が始まったメガFTA(自由貿易協定)であるRCEPの参加国はASEAN10ヵ国(ブルネイ、ミャンマー、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)と、ASEANとFTAを締結している中国、インド、日本、韓国、豪州、ニュージーランドの、計16ヵ国。経済規模は2300兆円(世界貿易の約3割)、人口では世界全体の約半分の約34億人もの広域経済圏になる。交渉分野はTPPなどと同様に広く、モノとサービスの貿易から、投資、経済的・技術的な協力、知的所有権、ISDS条項(投資家対国家紛争解決制度)など広範囲にわたっている。

 RCEPについては、政府からの情報もほとんどなく、マスコミでも報道されていない。日本ではほとんど知られていないというのが実情だ。米トランプ政権の離脱によって座礁したTPPは日米が基軸のメガFTAで、対中包囲の意味もあったというのが大方の見方であり、それに対してRCEPは中国主導のメガFTAであると言われているが、実態は違う。

 日・豪・ニュージーランドなどの「TPPグループ」や韓米FTAを締結している韓国などが、座礁したTPPから高い自由化を求めるルールや知的財産権などの資本に有利な条項、ISDSなどの有害な条項を運び出し、持ち込もうとしている。とりわけジェネリック医薬品をめぐる医薬品特許や、農民たちによる種子の自家採種をめぐる知的財産権、特許権の問題など、途上国の人びとの暮らしに直結する条項が提案され、アジア諸国への脅威ともなっている。

TPP、RCEP、ASEANの関係
TPP、.RCEP、ASEANの関係
 貿易と私たちの暮らしとの関係を考えてみる必要がある。とりわけ、環境、貧困・格差、労働者の権利・人権の問題について、自由貿易、資本の自由がなにをもたらすのか。今回のRCEP神戸会合のために来日されたフィリピンとベトナムのNGOの人たちからの報告を聞き、認識を深めていきたい。


人々の決定権を超えて進む怖さ

■アントニオ・サルバトールさん(フィリピン)


 国際貿易問題、労働問題を専門とする弁護士で、1995年のWTO(世界貿易機関)設立以来、開発・投資の問題に取り組んでいる。人権、労働、農民問題や、インフォーマルセクター(非公式な経済活動)など、さまざまなグループにより新たに設立された「フィリピンの公正な貿易」グループなどで活動。

 以前は、関税やさまざまな規制については国の法律に基づいて決められていたが、WTO交渉以来、権限は各国の立法機関から取り上げられ、ルールは少数の人たちによって私たちの知らないところで決められるようになった。国と国との協定や条約ではなく、少数の交渉担当者によって決められる契約になっていて、一般の国民、特に農民や周辺化された人たちの手には届かないものになっている。

 私たちはグローバル化そのものに反対しているのではなく、私たちの国家の主権でルールを決めていくことを求めている。むつかしいが、国会の中に人びとの権利を擁護するしくみを作ること。2005年からは、人びとと政府、省庁との対話の制度を作り、働きかけてきた。また、司法の領域での働きかけも行ってきた。2006年には比日EPA(経済連携協定)を再検討することを要求する訴訟を起こした。最高裁では、協定は政府の権限であるとして敗訴したが、司法長官は、人びとの権利を損なうものが含まれているという私たちの主張を受け入れた。それによって比日EPAは、国会での議論が2年以上もかかってようやく批准されたが、私たちはEPAにともなう国内法の条項がフィリピン憲法に反するという主張を行い、異議をとなえている。


自由化に侵害される民衆生活

■マージョリー・パミントゥアンさん(フィリピン)


 アジア太平洋地域の貿易と開発に関わるNGOのネットワーク「アジア太平洋リサーチ・ネットワーク」の事務局長で、マニラを拠点に自由貿易協定の影響について訴える活動を行ってきた。RCEPの問題点を見るために、RCEP以前の通商協定がフィリピンにもたらした影響について指摘したい。

 1995年に制定された鉱山法による鉱山開発の自由化によって、カナダ、オーストラリア、中国、日本の企業による鉱山開発が行われ、漁民、農民、先住民の土地が奪われ、開発に反対する多くの活動家が殺された。長年にわたる人びとの闘いの結果、現在の政権の新しい環境長官によって、5つの開発が中止され、23の鉱山の操業が中止された。しかしこの勝利は完全なものではない。

 フィリピンは現在、ASEANの一員として、オーストラリア、カナダ、中国、日本と通商協定を結んでいる。日本との二国間のEPAにはISDS条項は含まれていないが、日本政府はその条項を入れるよう圧力をかけている。鉱山開発の問題でも、ISDS条項による訴訟が懸念される。ISDSでは、圧倒的に企業のほうが有利であり、実際に別の例で、フィリピンはベルギーの企業に何十億ドルもの賠償金を支払っている。また、たとえ勝訴したとしても、多額の訴訟費用が必要であり、その負担は耐えがたい。

 RCEPの協定では、労働問題に対する影響も心配だ。フィリピンには外国資本を誘致するための輸出加工区があり、そこには政府も影響を及ぼすことができない。労働組合も認められず、劣悪な労働条件がまかり通っている。不当労働行為があっても、政府も警察も介入ができない。実際に先月、日本企業の住宅関連工場で火災があったが、消防も警察も立ち入ることができず、犠牲者の正確な数も分からないままだ。火災についての隠蔽工作が行われている。
 このように自由貿易は市民や労働者、農民の生活を守らないことが明らかだ。RCEPも同様のもので、私たちは議会内でも街頭でも、先住民族の人びとも含めてともに闘っている。


国家の政策にも大きく影響

■ヴ・ゴック・ビンさん(ベトナム)


 NGOの「人口・家族・子供研究所」で活動をしていて、多くのNGOと関係をもち、さまざまな社会問題に関わっている。

 ベトナムは人口が9000万人で、急速に増えている。高齢者の問題を抱えていて、20年先には年金が払えなくなるだろうと言われている。1日に2ドル未満で暮らす貧困層が10%を越えている。少数民族の貧困率は60%にもなる。一方で、富裕層はアメリカ、オーストラリア、日本に子弟を留学させ、シンガポール、タイで高度な医療を受けている。このように大きな貧富の格差がある。また外国資本の進出にともなって、今フィリピンの方が指摘されたような経済開発に関する問題も大きくなっている。

 ベトナムの場合は政治体制の問題がある。政党は共産党ひとつだけで、共産党員は社会のどこにでもいて、実権をにぎっている。政府の公務員や国会議員になるためには党員でなければならない。労働組合もひとつだけ。大衆組織である青年組織や女性同盟、農民組合は共産党の指導下にある。つい最近までNGOは認められていなかった。

 海外に多くの労働者を輸出している。フィリピン、インドネシアに次ぐ人数で、50万人ほどが海外の建設現場や工場などで働き、ベトナムへ送金している。日本にも8万人ほどが来ているが、多くは労働法規の枠外にある研修生という立場だ。

 現在、日本を含む10ヵ国と二ヵ国間協定を結んでいる。TPPとRCEPを含む5つのFTAを交渉している。ベトナムは高い失業率に苦しんでいて、労働者のさらなる輸出や経済開発のために、政府はFTAを推進しているが、問題があるのはフィリピンの場合と同じだ。ただ情報は政府からの一方的なものしかなく、市民もNGOも関心を持つことすらできないのが現実だ。そのような社会状況で、いま神戸で行われているような市民による行動は、ベトナムでは考えられない。


せめぎ合う各国の思惑

 三人のお話のあと、内田さんからRCEP神戸交渉についての報告があった。26日にNGOなど、市民社会に向けてのステークホルダー(利害関係者)会合があり、日本、オーストラリア、ASEANの交渉代表が出席した。当初、外務省はこのような場を開催する予定ではなかったが、NGOなどの働きかけで開催が決まった。それ自体は歓迎すべきことなのだが、残念ながら、その場は対話ではなくモノローグの場にしかならなかった。報道ではRCEPは中国主導などと言われているが、むしろ日・韓・豪・ニュージーランドの声が強く、ASEANやインドなどとせめぎ合っているようだ、ということだった。

 RCEPの参加国は、TPPグループ+韓国と、タイ・フィリピン・インドネシアなどの中進国グループ、ラオス・カンボジア・ミャンマーなどの後発開発途上国、それに社会主義の中国、ベトナム、大国インドというように、経済的にも政治的、文化的にも非常に多様な国々であり、それぞれの思惑があり一筋縄では捉えられない。そういった多様な国々を包括する自由貿易協定にTPPレベルの自由化を押し込むのにはかなりの力業が必要なのではないか。

 質疑として会場から、自由貿易協定による経済的な発展を開発途上国は求めているだろうが、先進国の巨大資本がなだれ込むことによって、途上国の自立的な発展がむしろ疎外されるのではないかという疑問が出されたが、フィリピンの例を見ても、その危惧は正当なものだろう。

 またベトナムの報告者からは労働問題について、ILOなどの国際的な基準を入れるように働きかけたいという話があったが、環境と労働についての条項はTPPには入っていたが、RCEPの交渉分野には入っていないという問題がある。フィリピンの報告者は比日EPAには労働条項があるが、ILOの協定について最小限以上の規制は入れないということで、労働者の権利を擁護するというよりも、投資家の観点からの条項になっていて、期待はできないということだった。

※     ※     ※

 最後のまとめとして内田さんから、TPPやRCEPなど、いろいろな二国間、多国間の貿易協定があるけれども、こっちが良くて、あっちが悪いという話ではなく、どの協定も貿易のルールを変えて、大企業、大資本に有利になるようにされている。国どうしの大きな問題だけれども、私たちの暮らしに大きな影響がある。とりわけ、ミャンマーやラオスなど、発展途上段階にある貧しい国の人びと、それから各国における先住民族の人びとに対する影響が大きい。お互いにつながり合って、引き続き闘っていきたいという結びの言葉があった。

 RCEPは中国主導という見方もあって、あまり注目されてこなかったけれども、TPPに関する議論では取り上げられることが少なかったアジアの民衆の観点から、自由貿易協定というものを捉えかえすことが求められているだろう。

 今回の神戸での会合に続いて、5月にはフィリピンでの会合が予定され、「今年末までの合意をめざしたい」(フィリピンのロペス貿易産業相)という声もある。また頓挫したTPPについても米国を除く11ヵ国での発足が模索されている。引き続き注視していきたい。
                            
(下前幸一:研究所事務局)


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