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市民環境研究所から

誰のための科学、研究か

戦争法が制定され、「駆けつけ警護」などという憲法違反行為を強行する安倍政治を阻止出来ないままに2016年は終わった。我が国の歴史に汚点の残る年となったが、その中で多くの人々と、これまでの経緯を越えて歩き続けられた年ではあった。これも福島原発崩壊後の反原発集会を「オール京都」で続けようと動いた京都の市民運動の成果であろう。

それにしても京都の民進党の質の悪さは目に余る。円山公園での「バイバイ原発」集会にも、「戦争法反対」集会にも、参議院の福山議員以外、一人も来ない。長年支援してきた者として愛想が尽きた。さらに失望を禁じ得ないのは、大学人の不甲斐なさである。講義の中で少しでもフクシマについて話した先生がいるか、3年前に京大生何人かに質問したが、返事は「ノー」であった。戦争法にしても同じである。「自由と平和のための京大有志の会」の数名の教員だけががんばって論陣を張っているが、自然科学系の教員では一人二人しかいないという。まさに京大壊滅とさえ思える。

安倍内閣は文系学部を「不要」と言い、必要なのは経済を活性化する、金儲けに使える分野だけだと言う。自然の摂理などはどうでもよく、自然と共生する豊かな人間社会を考える研究などは要らないと言う。

京大構内に「先端科学研究棟」なるビルがある。iPS細胞関連分野やエネルギー研究部門などがここに入っている。金儲けの出来る科学分野とはさすがに恥ずかしくて言えないから、「先端科学」などと名付けている。科学のどの分野も先端なのに。こんな恥ずかしい命名が横行している日本の大学では、文科省関係の研究費予算は激減され、特に研究室維持すなわち学生教育に必要な資金はほとんどないという。研究費がないことは大問題であるが、現場の研究室単位で自由裁量ができる教育費のないことはもっと問題である。研究を研究者の自由な発想で実行することなどもはや不可能な状況であり、教員は競争的資金を取得するために知恵を絞っている。

この状況をつくり出した上で登場させたのが、防衛省提供研究費の増大である。2017年度は100億円を越えるとか。軍事に関係する自然科学部門の研究費支給である。「デュアルユース」なんていう分からない言葉を使って始まった。防衛省のデュアルユースとは、軍民両用、軍民転換、軍民統合などを表す言葉らしい。要は軍事に使える技術を研究するなら研究費を支給するという政策である。筆者の時代には産学協同ですら神経をすり減らしたが、いまや軍学協同どころか軍事技術を大学で研究者が開発する時代に入ったようである。現場を離れた筆者にはどのような形、経路でこんな研究要請が来るのか想像できないので、現役の研究者に電話で聴いてみた。研究費のなさの実情を聴いた後に出て来たのは、防衛省からの研究費申請要請の激しい状況だった。どんな研究題目なのかと聴いてみると表面的には学術的なタイトルで「○○に関する生態学的研究」でよいが、内容はそうではないという。電話の向うでも言いにくそうなので、例えば「イスラム国の兵士にだけ寄生するダニの発見」のようなものかと訊ねたら、「まさにそのようなものです」と言う。科学研究は公開が原則だが、この研究費で得た研究成果はとても公開はできないだろう。研究費が乏しくなっている大学研究者の心は暗い。

筆者は1970年代から各地の公害問題に取り組んできたが、競争的資金などとは縁遠いが、誰のための研究かを考え、金なしでも十分に市民社会に貢献できたと思っている。現役研究者も「研究とは」「科学とは」「誰のための科学か」を考え、現在の政治社会状況と対決してほしい。今年は大学も正念場の年である。

(市民環境研究所代表 石田紀郎)

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