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寄稿:寄附講座「食と農の安全・倫理論」に参加

はじめに

関西よつ葉連絡会からも講師の一人として参加した、京大寄附講座のシンポジウム。参加者の一人から当日の模様を示す報告が届けられたので、以下に掲載する。

倫理的な規範よりも運動の指針として

京都大学で開催された寄附講座「食と農の安全・倫理論」に関西よつ葉連絡会も講師として参加しましたので報告します。これは、企業や個人から大学院農学研究科に寄せられた寄附によって運営される市民向けの公開講座です。講師の依頼があったとき、よつ葉が「倫理」について語るのは、いかにもミスマッチではないかと一旦は考えた(理由は後で述べますが、倫理とは無縁な職員ばかりだという意味ではありません)のですが、食と農に関心のある聴衆に「よつ葉」を知ってもらう機会だと思い直し、府南共同購入会代表の渡邊了さんに講師をお願いして参加しました。

2月28日に開かれた、今回で第3回目となるシンポジウムは「食べ物産業としての農業―生産からの倫理を考える」と題され、農産物(食べもの)によって結ばれる人と人との関係を通して、農産物の生産者および流通業者がどのような倫理観を抱いてきたかについて議論されました。末原達郎農学部教授の開会挨拶によると、それまでの2回は、食品安全や危機管理について食品企業や行政・大学に求められることを中心に議論してきたそうです。これを受けて今回は、もっとも川上に位置する農業生産に焦点をあてた議論とするために、生産と流通の現場を担う三人を講師に迎えたシンポジウムが企画されたとのことでした。

農業の意味と使命

当研究所にも学習会の講師として来ていただいたことのある辻村英之准教授による解題に続いて、まず橋本慎司さん(市島町有機農業研究会、国際提携ネットワークURGENCI運営委員)の「消費者との相互交渉でうまれる生産者倫理」と題するお話がありました。関西における有機農業先進地・市島町での産消提携運動30年の実践を踏まえ、農家が自ら都市の住民に話しかけることの大切さ(これがなければ有機農産物はただの差別化された商品)や、大手企業の有機農業への参入の中で、いま改めて「何のための有機か」が問われていることなどを強調しておられました。

つぎに登壇された井村辰二郎さん(金沢農業・農産工房金沢大地代表)は年間耕作面積240ヘクタール(大豆・麦は二毛作)という日本最大規模の有機栽培農家です。しかし大規模化は結果であって、「食べてくださる方」とともに有機農業を「千年産業」として後世に残していくことが使命だと考えているというお話でした。

「風景の死滅」に抗して

三番目によつ葉から「生産・流通・消費をつなぐ:よつ葉憲章・有機基準がめざすもの」と題して渡邊さんが講演されました。「摂丹百姓つなぎの会」による地場野菜、「自前の農場・工場」、「モノより人」など、対外的によつ葉を説明するときの定番はこの報告では割愛します(誤解のないように書き添えますが、そういう話もちゃんとされていました)。青森県出身の渡邊さんは、都会へ出てからしばらく帰ることのなかった故郷に、ある機会があって帰郷したときの集落の変貌から話を始められました。高度経済成長による「故郷」喪失ということですが、これがそのまま自分の感性の摩滅でもあることは、同じ歳で地方出身の私にはよくわかります。固有の風景がローラーで潰されるように均一化されることへの違和感、それは70年代の始めに「風景の死滅」として議論されたものです。渡邊さんはそうした流れに抗する可能性を探るようにしてよつ葉で働いてきたのだろうと想像しました。

運動の指針としての「よつ葉憲章」

ですから、講演の中での渡邊さんのJAS有機批判も、それが上からの単一の基準を押し付け、各地の農業の多様性・地域性・主体性を損なうものだというところにポイントが置かれていました。また、消費者(買う側)の利益のみが尊重されることも、同様の結果を農業生産にもたらすものとして批判されます。ここで冒頭のミスマッチの話に戻れば、確かによつ葉は会としての環境倫理や生命倫理の原則を書いているように読める「よつ葉憲章」を掲げていますが、これを倫理的な規範だと受けとめている職員はいないのではないかと思ったのです。むしろ規範や基準や制度を上からかぶせられることを拒否しつつ、国家と資本制経済システムからの自律を目指し、それとは異なる人と人との関係のあり方を自分たちの日常の中に作り出そうとする方向性が「よつ葉らしさ」であって、「よつ葉憲章」も倫理的な規範というよりは運動の指針だと私は思っています。

さらに現場と学問の交流を

シンポジウムの最後に、秋津元輝准教授の司会によるディスカッションが行われました。結論としては有機栽培と慣行栽培の分断が問題であって、どちらも含めた農業の再生が目指すべき方向だろうというところに議論が集約されて終了しました。

なお、当日に要請があり、秋には農学部の1年生約30人がよつ葉見学に来られることになりました。また、よつ葉のカタログ『ライフ』では、辻村准教授が取り組まれているタンザニア「ルカニ村・フェアトレード・プロジェクト」のコーヒーの取り扱いも始まっています。今回の講座への参加を、研究者・学生のみなさんと生産・流通現場の交流がいっそう深まるきっかけにしたいと思っています。(下村俊彦:関西よつ葉連絡会事務局)


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